天草家
柳たちは白薙会に戻った。
ローズブラッドを倒したことの報告が待っている。
幹斗は車を駐車場に入れる。
三人はすぐさま社長室に向かった。
「よく戻ってきてくれた。君たちなら事件を解決できると思っていた。さて、それでは事件の報告を聞こうか」
奈雲はイスに座って報告を待つ。
三人はそのあいだ立っていた。
「ローズブラッドは強敵だった。奴は空間を異界化し、そのあいだ時間を止めていたようだ。配下には巨大なバラ型妖魔ビオグランデがいた。それから、俺たちはローズブラッドと戦った。今回の事件の首謀者はこのバラ型妖魔ローズブラッドだった。こいつは強敵だった。だが、氷に弱く俺は相性が良かった。俺はローズブラッドを倒し、姫乃嬢を救出した。これが事件のあらすじだ」
柳の報告を奈雲はじっと聞いていた。
柳は実のところこの手の報告は苦手だ。
語彙がないわけではないのだが、言葉で相手に何かを伝えるということが苦手なのだ。
それでも柳は精一杯今回の事件のあらましを語った。
柳がうまくしゃべれるかは、相手による。
初対面の相手とはうまく話せないことが多い。
しかし、白薙会のメンバーとは心を開いて話をすることができた。
「なるほど……バラ型の妖魔か……ご苦労だった。三人とも今日はもう休んでいい。報酬などのことは舞葉に任せよう」
「わかった」
「わかりました」
「はい」
柳は詩穂を乗せて車を運転していた。
天草家は白薙会のオフィスからそれほど離れていない。
敢えて言えば、白薙会は新市街地にあるが、天草家は歴史と伝統あるエリアにあるということくらいか。
「兄さんはすごいですね」
「どうした?」
「だって、今日だってローズブラッドを一人で倒してしまったじゃないですか?」
「俺一人の力じゃない。三人で力を合わせたからだ」
詩穂が言いたいのは、詩穂はまだ白薙会に入って日が浅いということだ。
詩穂は今年霊学院を卒業したのだ。
「奈雲さんも言っていましたよ、兄さんの力は突出しているって」
柳は白薙会のエースであった。
柳ほどの力を持つ退魔師はそういない。
「まあ、俺は小さいころから退魔師になりたかったし、小さいころから修行してきたからな。戦闘面では苦戦するとこは少ないな」
柳は戦闘面では優れているが、それ以外の面ではそういうわけではない。
やがて車は家についた。
柳たちは車から降りる。
二人は家に入った。
「あら? 柳さん? 詩穂? 今日はどうしたのですか?」
家で出迎えてくれたのは天草 京華。
詩穂の母で柳のおばに当たる。
京華は茶色の髪を結い上げており、緑の着物を着ていた。
「京華さん、今日は仕事はもう休みになったんだ」
「今日の仕事は終わったの」
「そうですか。それではお茶を用意しましょう」
こうして三人は一家の団らんを過ごした。
夕食後、柳は居間でテレビを見ていた。
そこに京華がやってくる。
「柳さん、今日もお仕事ご苦労様です」
「ああ、ありがとう」
そう言って京華は正座して、お茶を柳の湯飲みに注いだ。
こういったことを京華は自然にやってくれる。
京華は古風な女性だ。
彼女は戦闘力があるわけではないが、雅な文化を身につけていた。
護身術として薙刀の扱いができるくらいである。
「ふふふ……」
「? どうかしたか?」
「いえ、詩穂とはどうですか?」
詩穂は今弓道場で弓を射っている。
これは詩穂の日課だった。
「? それはどういう意味だ?」
「いえいえ、私は早く孫の顔が見たいもので」
「ぶっ!?」
柳がお茶をはき出した。
「けほっ! けほっ! けほっ! な、な、なっ……」
「あら? そんなにむせるような質問でしたか?」
京華は舌を出してほほえむ。
この人はわかって言っているのか。
柳が赤面する。
柳は狼狽した。
実際、この手の話題は苦手だった。
「何を言っているんだ、京華さんは!?」
「柳さんは詩穂をどう思っていますか?」
「いい妹だ」
「それだけですか?」
「それは……」
「異性としてはどうですか?」
「……」
柳はそっぽを向いた。
「私はこの家を柳さんに継いでもらいたいと思っています。その時、詩穂はあなたの良き伴侶となってくれるでしょう。ですから、詩穂と向かい合ってくれませんか? 詩穂はあなたを愛しています」
「そう、なのかな……」
柳はもともと天草家の人間ではない。
彼の実家は『氷鏡家』といって、天草家の親戚にあたる。
柳は養子として、天草家に迎え入れられた。
柳の旧姓は氷鏡だ。
京華は柳の母の妹だ。
柳は色恋沙汰を苦手としている。
それが詩穂と向かい合うことを妨げていた。
「柳さんは詩穂を愛していますか?」
京華はストレートに聞く。
「俺は……詩穂を愛している……」
「それなら、何も問題はありませんね?」
「そういうわけにはいかない」
「どうしてですか?」
「俺は詩穂にふさわしい男なのか?」
「互いに想いあっているのに?」
「それはそうだが……俺には自信がないんだ」
「もう……めんどくさいですね……こう、がばっといってしまえばいいではありませんか?」
「それを実の母が言うのか?」
柳ははんばあきれた。
それは詩穂を襲っていいと言っているのだから。
「俺は本当に詩穂と結ばれていいのだろうか? ほかにふさわしい人がいるのではないか?」
「詩穂には柳さん以外考えられません。やれやれ、これでは孫の顔もすぐには見れませんね。柳さん、あなたが行動をしない限り、二人の仲は進展しませんよ?」
「それはわかっているが……」
柳の中には二律背反する気持ちがある。
詩穂と結ばれたいという想いと自分は詩穂にはふさわしくないという想いが。
柳は庭で素振りしていた。
素振りは柳の鍛錬メニューだ。
戦いでは基礎体力がものをいう。
それゆえ柳も毎日走っている。
それと同時に素振りをしていた。
一振り一振り、意識して鋭く振るう。
すべては実戦で最高の振りを実現するためだ。
「こんばんは、柳さん」
「? ガブリエラ?」
そこに現れたのは大天使ガブリエラだ。
柳に霊刀カガミノミコトを与えた人物でもある。
彼女は柳の守護天使だった。
彼女は金髪の髪を肩まで垂らし、白い衣を着ていた。
「ふふふ……詩穂さんとはうまくいっていますか?」
「……おまえもそれを聞くのか?」
「それでは、誰かほかの方からそれを聞かれましたか?」
「京華おばさんからも聞かれたよ」
「そうですか……きっと周囲の人も応援してくれると思いますよ?」
「俺には自信がない。本当に俺は詩穂にふさわしい男なのか?」
「柳さん、ふさわしいかどうかが問題なのではありません。一番重要なのはあなたが詩穂さんを愛しているかどうかです。それとも、あなたは一生このままでいるつもりですか?」
「それは……」
柳は言葉に詰まった。
柳もこの問題には答えを出さねばならないと思っている。
一番問題なのは、このまま自分の気持ちと向かい合わないことだ。
はあ……。
どうして愛とはこんなに面倒なのだろう?
戦いならシンプルなものを……。
「それより、どうして俺のもとを訪れたんだ? そんなことを聞くためじゃないだろう?」
「さすがは柳さん、鋭いですね」
「で、どうなんだ?」
「危機が、迫っています」
「危機?」
「そうです。この危機は日本全土を巻き込むでしょう。澄空市だけでは解決できません」
ガブリエラは真剣な表情で告げた。
柳はそれが真実であると感じ取る。
「俺は一介の退魔師にすぎない。そんな俺にどうしろと言うんだ?」
「ふふふ……今回の危機は柳さんしだいだということです」
「俺が?」
「柳さんがあくまで危機にい立ち向かうのなら、この危機は克服されるでしょう。もちろん、柳さんだけではありません。人間は一人では不完全な存在です。柳さんも例外ではあり合せん。そこで他者と協力できるかどうかがかかってきます。柳さん、あなたはとても仲間に恵まれているのですよ? それを忘れないでくださいね。それでは」
一陣の風が巻き起こった。
ガブリエラの姿は消えていた。
ガブリエラはいつも何かを知っているが、明らかに不明瞭に伝える。
それはガブリエラが真実をそれ以上語れないからだ。
「仲間、か……」
柳は白薙会のみんなを思い浮かべる。
彼らが鍵となるのだろうか。
今の柳にはそれはわからない。