彩月家
柳たちは公用車で彩月家に行った。
車の運転をするのは幹斗だ。
幹斗は車やバイクなど、運転技能では白薙会一を誇る。
これには柳も詩穂もかなわない。
助手席には柳が、後部座席には詩穂が座った。
「彩月家ねえ……いったいどんな家なんだろうな?」
「さあな。ただ、仮にも社長の家だ。大きいんじゃないか?」
「結局は行ってみないとわかりませんね」
柳たちはこの時は、まだ彩月家のすごさに気づいてはいなかった。
「これは……」
「すごっ!?」
「なんて大きいんでしょう!」
柳たちは彩月家に来ると感嘆した。
彩月家は閑静な住宅街にある豪邸だった。
門の前で、柳たちはインターホンを押す。
「失礼いたしますが、どちら様でしょう?」
老人の落ち着いた声が聞こえた。
これは執事か?
執事がいるのか?
「えっと、俺たちは白薙退魔師会の者ですが……お嬢様の事件でお話を聞かせてほしくて参りました」
「すぐに門を開けます。しばしお待ちください」
老人の声が途切れた。
幹斗は緊張したようだ。
「おー……まさか執事がいるとは思わなかったぜ。こんな庭付きの豪邸は庶民とは違うってか?」
「幹斗、言葉が過ぎるぞ? 豪邸に住んでいるからといって、庶民と違うというのは早計だ」
「わーってるって! ただ、俺はこんな家には住みたくないね。なんだか、心が落ち着かないからさ」
「ふふっ、庶民派の幹斗さんらしいですね」
詩穂が笑顔を見せる。
天草家は名門でもないが、卑賎でもない。
柳のおばが嫁入りしたこともあって、古風な家柄だ。
「やはり、犯人が脅迫してこないとは信じられないな。こんな家の娘をなぜ犯人は狙った?」
「もしかしたら、ストーカーなのかもしれませんよ、兄さん?」
「ストーカー?」
「はい、ただ好意があっただけではないでしょうか?」
柳は思案する。
妖魔が人間に惚れることはないわけではない。
そういうケースもあるだろう。
ただ、珍しいのは確かだった。
「確かに、詩穂の言う通りかもしれないな」
「おっ、人が来たぜ? 執事さんじゃないか?」
門の奥から一人の老人が現れた。
服装から執事であることが分かる。
「よくおこしになられました。しばしお時間を」
執事が門を開ける。
がらがらと大きな音がした。
「白薙会の皆さまですね? だんな様もお待ちしておりますよ。私についてきてください」
「車を止めたいんですが?」
「それでしたら、家の前にお停めください」
「わかりました」
こういう時、柳は自分のコミュニケーション力がないことを自覚する。
霊学院時代は幹斗が仕事の交渉を、柳が実行を行ってきた。
学生時代から、幹斗のコミュニケーション力は高かった。
それを生かして、柳と幹斗はバディーを組んでいたのだ。
依頼の内容から、仕事の話まで幹斗は手厚くこなした。
柳にはそういったことに対するコンプレックスがあった。
いかに退魔師として優秀でも、仕事が受けられないのでは話にならない。
幹斗は車を家の前に移動させた。
駐車もなかなかのものだ。
三人は車から出て、老執事の後について回った。
執事の名前は『中山』というらしい。
三人は中山さんによって、豪邸の中に案内された。
詩穂は息をのむ。
「木造建築なんですね?」
「そうです。だんな様のご趣味でして」
「へえ、いい趣味しているじゃん」
「どうして木造建築なのかうかがってもよろしいか?」
柳が思ったことを聞いてみた。
「はい、ご主人様は森を愛しておられます。それで家の中でも森を感じられるように木造家屋にしたとか」
「森、ですか……」
「だんな様はエコプロジェクトにも積極的なので……」
「ふーん、なるほどねえ」
「こちらの部屋にどうぞ」
中山さんは広々としたリビングに柳たちを通した。
奥に口ひげを生やした紳士がいた。
年齢はおそらく五十代だろう。
セーターにジーンズといった格好をしていた。
「初めまして、白薙会の皆さん。よく来てくださいました。私が彩月 信仁です」
「天草 柳です」
「添島 幹斗です、よろしく」
「天草 詩穂と申します」
信仁は三人に握手を求めた。
三人とも握手に応じる。
「それでは仕事の話をしましょう。ささっ、かけてください」
信仁氏はソファーを示した。
三人に座るよう勧める。
柳たちはそれぞれ別々のソファーに座った。
「ご依頼の件で私どもはうかがいました。娘さんがさらわれたとか……」
幹斗の言葉に信仁は顔を曇らせる。
どうやら彼は相当娘のことで気にしているらしい。
「そうですね。私にとってはかけがいのない一人娘です。目に入れても痛くないような……」
「失礼ですが、奥様はいらっしゃらないんですか?」
詩穂が気になったことを尋ねる。
柳はそれによって確かにこの場には夫人が同席していないと気づいた。
「家内はもうすでに他界しております。ですので、娘はとても大事に育ててきました。今ではビジネスのことも相談できる、そんな娘なんです」
「そうですか。それでは、今回の事件は痛ましいですね」
詩穂が共感する。
詩穂はほかの人間の立場に立って捉えるのがうまい。
柳は不愛想な挙句、人間の心の動きには鈍感なところがある。
ゆえに、詩穂の気持ちにも今一つよくわかっていなかったのだが。
「ありがとうございます。私はあなたがたにぜひとも娘を救出してもらいたい。私は娘がいなくなって初めてその大切さに気づきました。私は娘を愛しているんです。この気持ちは変わりません」
これは信仁の本心であろう。
柳はこの紳士が立派だと思った。
「今、娘さんは妖魔に囚われていると思います。私どもにお任せください。必ず、娘さんを助けてみせます」
幹斗が断言した。
この程度の会話は幹斗には朝飯前だ。
もっとも実力が伴うかは別なのだが……。
「娘さんがさらわれたのに気づいたのはいつですか?」
「三日前です。この家の庭でさらわれました。この家はセキュリティーにも入っているのですが、それを無効化して娘をさらったのは信じられない思いです」
「妖魔ならセキュリティーの裏をかくこともできるでしょう。どんな妖魔でしたか?」
「それは……緑色をした、バラのような奴でした。人型だったのは確かです」
柳と幹斗、詩穂はうなずき合った。
この特徴は長崎区の異界と共通性がある。
長崎区もバラの妖魔に支配されているからだ。
「なるほど。そこまでわかっているなら話は早いですね。さらった敵のアジトはわかっております。どうか気を落とさずに、お待ちください。私たちは必ず、妖魔を倒してごらんに入れます」
「おお! ありがたい! ぜひ、娘を助け出してください! 私にはもう娘しか生きがいがないのです!」
こうして信仁との会話は終わった。