羅道
柳と幹斗は支部長室にいた。
昨夜の件で、大岩から呼ばれたのだ。
柳は一通りのことを報告した。
探知できたポイント・釈尊寺はダミーだったこと。
ガシャドクロにかかわっていた者たちはすでに皆殺しにされたこと。
「とまあ、これが結論だ」
柳が報告を終えた。
要点は押さえたつもりだ。
「なるほどな……こちらは欺かれたということか……」
大岩が大きなため息を出す。
彼は今回の対応でガシャドクロの黒幕に迫れると思っていたのだろう。
急に梯子を外された感じか。
期待が大きかっただけに、失望も大きいのだろう。
まあ、妖術師もこちらを欺こうとしているのだから、うまくいくケースはなかなかない。
「今回は俺たちの対応が遅かった。もっと早く釈尊寺に到着していれば、事態は違ったかもしれない」
「まあ、いかにおまえたちが有能でも無限にできるわけじゃあねえからな。それで、次はどこを探りを入れている?」
「今、羅道さんが軍の基地を探っていますよ。これって結構危ない件ですかね?」
「そうだろうな。羅道が軍の施設を探っているということは、関係者には軍人がいるのかねえ?」
「ところで、調査の結果はどうだったんだ?」
柳が話を変えた。
柳の関心は調査チームがどんな報告をしてきたかだ。
調査の結果によっては、退魔師たちの活動も、変わってくるだろう。
「ダメだったぜ。証拠になるようなものはすべて持ちだされた後だった。あの寺でガシャドクロが操られていたわけではなかったようだ。ガシャドクロはほかの別な場所で操られているってことだな。やはり、誰も生存者がいないと、わからんね」
大岩がかぶりを振った。
これは有力な証拠は出てこなかったということか。
「羅道は今どうしている?」
「羅道と連絡を取ってみるか。少し待っててくれ」
大岩が羅道にスマホで連絡をかける。
「?」
「? どうした?」
大岩支部長が顔色を変えた。
何かあったのか?
「おかしい……羅道と連絡が取れないんだ……これはどういうことだ……?」
「支部長!」
「フォルネ?」
「霊術師たちが探知に成功しました! ガシャドクロの発信源はミサイル基地です!」
その瞬間柳と幹斗は立ち上がった。
「俺たちが至急向かう! ミサイル基地なら郊外にある!」
「なんだか、やばい雰囲気になってきたが……ここで立ち向かわわなかったら、男じゃないね!」
「柳……幹斗……すまねえ……絶対に帰って来いよ?」
「ああ」
「当然です!」
そうして二人はバイクでミサイル基地に向かった。
柳と幹斗はバイクでミサイル基地に急行した。
基地の入口は空いていた。
これは何者かが、招いているのだろうか?
どういう意図があるにせよ、ここでケリをつけるだけだ。
柳には何か今まで正体不明だったものが姿を明らかにしつつあるように感じた。
柳と幹斗はバイクを建物のわきに停めた。
柳は刀を抜く。
この先で戦いがあると思っていたからだ。
「幹斗、気をつけろ。もうすでに誰かがいるぞ?」
「ああ、入口が空いていたからな。武器を持って入ろう!」
二人は地下司令室に向かった。
壁に隠れて、潜入する。
「おい、誰かがすでに中にいる」
「誰だ、そいつ?」
「行ってみよう」
「誰だ! 手を挙げろ!」
柳が相手を確かめる。
それは大柄な男だった。
「柳君、幹斗君、どうやらこの基地のコンピューターでガシャドクロは操られていたらしい」
「羅道?」
「羅道さん!」
そこにいたのは羅道だった。
柳と幹斗は羅道をすり抜けて、コンピューターのコンソールを触る。
だめだな。
いろいろ試してみたが、もう壊されている。
何をやっても無駄か。
データも持ちだされた後だ。
「羅道さん、連絡がつかなかったんですけど、何かありました?」
「何、敵に通信を傍受されたくなかったのでな。ケータイは切っておいたのだ。もっとも、もはやそれも無用だろうて」
「!?」
柳はくるりと回転すると、羅道が突いてきた刀をよけた。
「ほう……なぜかわせた?」
「犯人の戦闘力……あれほどのことができる人間は限られている! それに狙いが心臓なら俺はよけられる!」
「ら、羅道さん!? どうしたんですか!? 柳に何をするんです!?」
「クハハハハハハハ! さすがは天草 柳だ。だが、おまえが一人でできることなどたかが知れている。今この場で果てるがいい!」
羅道の顔が歪んだ。
今の羅道は己の勝利を確信しているだろう。
柳と幹斗は羅道から距離を取った。
「すべて……すべて仕組んだのか? ガシャドクロを使って多くの退魔師を殺して……?」
「そんな!? 羅道さんが!?」
「幹斗、これが現実だ。こいつがガシャドクロを操っていた黒幕だ」
「クフフフフフフ、クハハハハハ、ハーハハハハハハハハ! その通りだ。今回の事件は私が引き起こしたものだ」
羅道が大声で哄笑する。
「なぜだ? いったい何が目的だ?」
「フフフフフ……私の目的はこの国の王となることだ。妖魔を操り、妖魔の力によってこの国を手に入れること。それが私の目的だよ」
「狂っている」
「だが、新秩序の樹立者とはある意味で狂人ではないかね? もっとも、君たちほどの退魔師を殺すのは惜しい。どうかね? 私のもとで働かないかね?」
「は?」
幹斗は思考が停止いたようだ。
柳は目で羅道をにらんだ。
「断る! 俺は白薙会の退魔師だ! 妖魔のもとにはいかない!」
「ふう……それは残念だ。君たちのような優秀な人物を始末するのはまことに残念だよ。それではこれが何か、わかるか?」
「それは……?」
羅道は小型のスイッチがついている筒状のものを見せた。
柳は嫌な気配を感じた。
「このスイッチを押すと、すべてのミサイルが発射される。目標はどこだと思う? 首都『東京』だよ! さあ、ミサイルを発射されたくなければ武器を捨ててもらおうか!」
羅道は二人に武器を捨てることを強要した。
このやり取りの優位は羅道にある。
柳は苦渋の判断を強いられた。
こんな奴に従うのはまっぴらごめんだが、ミサイルを発射させるわけにもいかない。
武器を捨てるしかないのか?
柳はカガミノミコトを放り投げた。
「柳?」
「幹斗、おまえもだ」
「ちっくしょう!」
幹斗も剣を放り捨てた。
「グハハハハハハ! ファハハハハハ! ハーハハハハハハハハ!! 柳、幹斗、これは宣戦布告だ。私は今この時より、日本政府に宣戦を布告する。これが戦争の始まりだ。まずは先制攻撃と行こうじゃないか」
羅道はスイッチを押そうとした。
「やめろーー!」
柳がスイッチを奪おうとする。
だが、遅かった。
ミサイルはすべて東京に向けて発射された。
「柳よ、すべては偉大な計画のためだったのだ。この私がこの国の王となるために必要な……おまえにはわかるまい? 今、この国には新しい支配者が必要だ。私はこの国の在り方を否定した。誰かが、偉大な誰かがこの国を統治しなければならない。もはや愚かで下等な政治家どもには任せてられん。どうした? これで終わりか、柳? そうではあるまい。ここから始めるのだ。我々の未来を!!」
柳は羅道がしゃべっているあいだ、ずっと目を見開いていた。
柳の腹部を、羅道の刀が貫いていた。
柳の目には羅道は映っていなかった。
柳の意識には柳の実の父と実の母がいた。
「柳、退魔師には何としてでも立ち向かわなければならないことがある。妖魔の力は強大だ。私たち退魔師は霊能力を磨く。それは暴力じゃない。大切なものを守るためだ。わかるな?」
「柳、私たちはいつでもあなたを天から見守っていますからね。あなたはあなたが信じる道を行きなさい。この言葉を思い浮かべた時、あなたのそばに信頼できる人がいるといいのだけれど。それはかけがえのないことよ? 信頼は仲間を結び付けるの。もしかしたら、あなたは自分だけで事を解決しようとするかもしれない。でも違うのよ。人は一人では不完全。なぜなら、誰しも欠点を持っているから。それは人が他者と共に在るべきだということ。他者の存在を認めるということ。柳、あなたに主の祝福がありますように」
柳の右手に霊気が集まった。
霊気は金色の光となりて、剣と化す。
「むう!?」
羅道が驚いた。
これは羅道の予定にないイベントだ。
柳はバックして羅道の刀を抜くと、霊気の剣で羅道を斬りつけた。
「ヌオオオオオオオオ!? 天草 柳いいいいいいい!?」
柳は渾身の振りを出した。
きっと普段の素振りが生きてきたのだろう。
柳から霊気が消える。
柳はそのままうつぶせに倒れた。
もはや柳に戦う力は残っていなかった。
柳は動かない。
「クククク……そうだ。これがおまえの力……人間の可能性なのだ。グハハハハハハハハハ! ハーッハッハッハッハッハッハ!」
羅道の笑い声が、基地の中で響き渡っていた。




