「砂に書いたの、見てたくせに」
【おはなしにでてるひと】
瑞木 陽葵
朝の公園、砂場にひとりでしゃがんで文字を書いていた。
書いた文字は、すぐに風で消えそうなくらい軽くて、でも気持ちはそこに残る。
――「今日もがんばれ」って書いたのに、最初に読んだのは、たぶん彼だった。
荻野目 蓮
気がついたら、砂場の隅で砂の城を作っていた。
別に競ってたわけじゃないけど、陽葵の視線には気づいてた。
――「たまには俺の方が先に動いてみるか」って、朝の思いつき。
【こんかいのおはなし】
朝。
土曜の空気は、ちょっとゆるくて、すこしだけ自由。
公園の砂場にしゃがんで、陽葵は指で砂をなぞる。
「今日もがんばれ」
書いたその文字は、ちょっと揺れてて、なんか自分の心みたいだった。
風が、ふわっと吹いた。
……あっ。
見たら、隣の端っこで蓮が黙々と、なにかを積み上げてる。
「なにそれ」
「見てわかんない? 砂の城」
「えっ、めっちゃちゃんとしてるじゃん! てか、いつの間に!?」
「集中するとまわり見えなくなるタイプだよね」
「む……それは……正解だけど!」
立ち上がって、ちょっと砂を握る。
「なんか悔しいなー」
「なんで」
「だって、わたしが先に来てたのに、作品の完成度で負けてるの、くやしい!」
「対抗心、出るとこそこなんだ」
「わたしもつくるー!」
言って、向かい側に座る。
「なにつくるの?」
「秘密」
「へー。楽しみにしとく」
砂の上にちょっとずつ形を描き始める。
丸くて、屋根っぽくて、小さな階段がついてて。
「……なんかこれ、神社っぽいな」
「はは。砂の神様、住んでそう」
「ご利益ありそうじゃない?」
「たぶん“笑顔成就”とかだな」
「ちょ、それ最高じゃん……」
ふたりで、ちいさな城とちいさな神社を見合った。
「写真、撮っとく?」
「うん」
パシャ。
スマホのなかに、朝の時間が封じ込められた。
「……砂って、すぐくずれるのに」
「だから、覚えてるんだろ」
「……だね」
笑って、もう一度、自分の指で砂をなぞる。
今度は、こんな文字を書いた。
「ありがとう」
読まれたのは、風が吹く直前だった。
【あとがき】
砂場って、消えていくものを愛でる場所だなって思うんです。
陽葵と蓮が、何気ない朝に“形にならない想い”を共有する。
そういう時間こそ、ずっと心に残っていくのかもしれません。