表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/34

8

「ゴァァアアアッ!!」


 応接室全体がびりびりと震えるほどの咆哮。

 見上げるほどの巨体に、思わず息をのむ。


「まあすごい……」

「あぶねーだろストラ! 急にキレんじゃねーよ!!」


 わたしの前に出たアルさんが、上を見て叫ぶ。

 天井がやけに高いと思っていたけれど、こういうことがあるからなのね、と妙に納得してしまった。


「白蛇だなんて縁起が良いこと」

「まつ江ちゃん、肝据わってんね……」

「いえいえ、こんなに大きな蛇はさすがに初めて見ましたよ。わたし、長野県の生まれなんですけれど、子供の頃アオダイショウを捕まえて──」

「まつ江ちゃん、その話はあとで聞くから! いまそれどころじゃ──」


 鱗に覆われた胴体が蠢き、しゅるしゅるとわたしの周りを取り囲んだ。


「この娘を喰ってしまえば、少しは静かになるでしょうか」

「…………っ」


 蛇の冷たい瞳が鋭く光る。

 チロチロと舌をだし、獲物を見据えるような目つきに、畏怖の念を覚えた。

 緊張が走る中、レイさんの鋭い声が響いた。


「そこまでだ、ストラスール」


 一歩前に出て、険しい顔で言い放つ。


「私が勝手に魔法を使ったんだ。この方に罪はない」

「しかし──」


 蛇の尾がイライラと床を叩き、鈍い音とともに振動が響く。

 その時、ドレスの裾をバサリと持ち上げたリディアさんが、ハイヒールのかかとで父親の尾を勢いよく踏みつけた。


「────ッ!?」

「先生に無礼な真似をしたら、お父さまとは二度と口を利きませんわよ!」


 リディアさんはまっすぐストラさんを見つめている。

 叫び声を飲み込んだストラさんの代わりに、アルさんが顔をしかめて呟いた。


「痛ったぁ〜……」


 わたしとレイさんが皺ばんで頷く中、白蛇は霧のような青白い光に包まれた。人の形へと収縮し、元のストラさんの姿に戻る。


「リディア……」


 怒っているような、苦しんでいるような声でストラさんが娘を呼ぶが、リディアさんはぷいっとそっぽを向いてしまう。そして、こちらへ駆けてくると、わたしに向かって優雅に手を差し伸べた。


「先生、こちらへ。お疲れになったでしょう?」


 柔らかな声音につられて手を取ると、両手で優しく包み込まれる。

 その温かさに、ほっと気が抜けるようだった。無意識のうちに、気を張り詰めていたらしい。


「詳しい話はあとにして、ひとまずお部屋でお休みしましょう」


 リディアさんが窺うようにレイさんを見ると、彼はゆっくりと頷いた。


「侍女をつけるまで、先生のお世話はお前に任せる」

「あら、新しく探す必要なんてありませんわ。わたくしが先生にお仕えします」

「リディア!」


 ストラさんの叱責するような声に、リディアさんは冷たい視線を投げる。

 思わず、と言った様子でストラさんは口をつぐんだ。


「お父さまも、少し頭を冷やしてくださいませ。それでは、失礼いたします」

「……先生!」


 おざなりに一礼したリディアさんに手を引かれ、部屋をあとにしようとしたところで、レイさんがわたしを呼び止めた。

 振り返ると、レイさんは深く頭を下げていた。止めさせようとしたストラさんを、アルさんが押し止める。


「私の身勝手な願いのせいで、先生に多大な迷惑をかけてしまいました。申し訳ございません」

「レイさん……」


 この状況を完全に理解したわけではないけれど、レイさんがずっと本心で話をしてくれていることは分かる。

 彼の謝罪を胸にしまって、わたしはリディアさんとともに応接室をあとにした。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ