8
「ゴァァアアアッ!!」
応接室全体がびりびりと震えるほどの咆哮。
見上げるほどの巨体に、思わず息をのむ。
「まあすごい……」
「あぶねーだろストラ! 急にキレんじゃねーよ!!」
わたしの前に出たアルさんが、上を見て叫ぶ。
天井がやけに高いと思っていたけれど、こういうことがあるからなのね、と妙に納得してしまった。
「白蛇だなんて縁起が良いこと」
「まつ江ちゃん、肝据わってんね……」
「いえいえ、こんなに大きな蛇はさすがに初めて見ましたよ。わたし、長野県の生まれなんですけれど、子供の頃アオダイショウを捕まえて──」
「まつ江ちゃん、その話はあとで聞くから! いまそれどころじゃ──」
鱗に覆われた胴体が蠢き、しゅるしゅるとわたしの周りを取り囲んだ。
「この娘を喰ってしまえば、少しは静かになるでしょうか」
「…………っ」
蛇の冷たい瞳が鋭く光る。
チロチロと舌をだし、獲物を見据えるような目つきに、畏怖の念を覚えた。
緊張が走る中、レイさんの鋭い声が響いた。
「そこまでだ、ストラスール」
一歩前に出て、険しい顔で言い放つ。
「私が勝手に魔法を使ったんだ。この方に罪はない」
「しかし──」
蛇の尾がイライラと床を叩き、鈍い音とともに振動が響く。
その時、ドレスの裾をバサリと持ち上げたリディアさんが、ハイヒールのかかとで父親の尾を勢いよく踏みつけた。
「────ッ!?」
「先生に無礼な真似をしたら、お父さまとは二度と口を利きませんわよ!」
リディアさんはまっすぐストラさんを見つめている。
叫び声を飲み込んだストラさんの代わりに、アルさんが顔をしかめて呟いた。
「痛ったぁ〜……」
わたしとレイさんが皺ばんで頷く中、白蛇は霧のような青白い光に包まれた。人の形へと収縮し、元のストラさんの姿に戻る。
「リディア……」
怒っているような、苦しんでいるような声でストラさんが娘を呼ぶが、リディアさんはぷいっとそっぽを向いてしまう。そして、こちらへ駆けてくると、わたしに向かって優雅に手を差し伸べた。
「先生、こちらへ。お疲れになったでしょう?」
柔らかな声音につられて手を取ると、両手で優しく包み込まれる。
その温かさに、ほっと気が抜けるようだった。無意識のうちに、気を張り詰めていたらしい。
「詳しい話はあとにして、ひとまずお部屋でお休みしましょう」
リディアさんが窺うようにレイさんを見ると、彼はゆっくりと頷いた。
「侍女をつけるまで、先生のお世話はお前に任せる」
「あら、新しく探す必要なんてありませんわ。わたくしが先生にお仕えします」
「リディア!」
ストラさんの叱責するような声に、リディアさんは冷たい視線を投げる。
思わず、と言った様子でストラさんは口をつぐんだ。
「お父さまも、少し頭を冷やしてくださいませ。それでは、失礼いたします」
「……先生!」
おざなりに一礼したリディアさんに手を引かれ、部屋をあとにしようとしたところで、レイさんがわたしを呼び止めた。
振り返ると、レイさんは深く頭を下げていた。止めさせようとしたストラさんを、アルさんが押し止める。
「私の身勝手な願いのせいで、先生に多大な迷惑をかけてしまいました。申し訳ございません」
「レイさん……」
この状況を完全に理解したわけではないけれど、レイさんがずっと本心で話をしてくれていることは分かる。
彼の謝罪を胸にしまって、わたしはリディアさんとともに応接室をあとにした。