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「そんな、なぜですか!?」
「その……」
悲愴感を滲ませるレイさんを見て言い淀んだその時、バーンッと扉を破る音と同時に、大声が響いた。
「レイヴィダス様っ!!」
見ると、まるでお姫さまのような見た目の女の子が、息を弾ませて立っていた。
柔らかそうな金色の髪に、長い睫毛。白い頬がほんのりと上気しているのが愛らしい。
彼女は年頃の女の子らしい桃色のドレスの裾をバッサバッサと翻し、足早にストラさんへと近付いた。
「はしたないぞ、リディア」
「それどころではありませんのよ、お父さま!」
まあ。ストラさんのご息女だったのですね。
リディアと呼ばれたお嬢さんは、まくし立てるように話を続けた。
「わたくしが培養していた人工精霊が一体いなくなってしまって。錬成途中に容器から出てしまっては自我がきちんと育たな──、あら?」
リディアさんの視線が、ピタリとわたしに向けられた。
と思った瞬間、飛びつくような勢いで抱きしめられた。
「わたくしの人工精霊ちゃん!」
「あらあら、まあまあ……」
わたしより少しだけ上背のある彼女の頭をよしよしと撫でると、ぎゅうぅーっとより強く抱きしめられる。
「勝手に持ち出したのはレイヴィダス様ですか!? ロリコンも大概になさいませ!!」
「ロリコン前提で話をするな! 違いますからね、先生!?」
まあ、好みは人それぞれですからね。
「先生!? 達観した笑みを浮かべないでください!!」
「先生?」
きょと、と首をかしげるリディアさんに向かって、レイさんが不適に笑った。
「フフフ……。聞いて驚くがいい、リディア」
「なんですの」
「この人工精霊の中に、かの滝松黒江先生の魂が入っていらっしゃるのだ!!」
「本当ですかっ!?」
リディアさんはわたしに抱きついたまま耳元で叫んだ。
そんなに大声をださなくても、聞こえていますよ。
「本当なんです。ごめんなさいね、こちらのお身体、勝手にお借りしてしまいました」
「そんな……構いませんわ! 滝松先生にお会いできるなんて、夢のようです!」
彼女はさらに、ぎゅうぎゅうと腕を絡ませてくる。女の子のわりに力が強くて、さすがにちょっと息苦しい。
腕の中でもがいていると、リディアさんは興奮気味に顔を近付けてきた。
「先生! わたくし、お聞きしたいことがございますの!」
「なんでしょう?」
「『恋手帖』の勇一郎とカイの関係についてなのですが……」
リディアさんの目が真剣な光を帯びた。ストラさんと同じ縦に細い瞳孔が、よりいっそう細くなる。
「勇一郎×カイですか!? それともカイ×勇一郎ですか!?」
「ユウ……カイ……?」
誘拐事件が起こる話なんて描いた覚えはないけれど、わたしが忘れているだけかもしれない。
いくら身体が若返っていても、記憶力まで若返っているとはかぎらないものね。
わたしは必死に記憶を手繰った。
「わたくしはリバ可なのですが、知人がカイ×勇一郎しか認めぬと言い張って──」
「カイユウ? リバ?」
早口でまくし立てるリディアさんだけれど、なにを言っているのかさっぱり分からない。
疑問符を飛ばしていると、レイさんが止めに入ってくれた。
「そこまでだ、リディア! 先生の神聖な漫画に腐女子の妄想を持ち込むなと何度言ったら──」
「レイヴィダス様こそ、きちんとお読みになっていて!? 二人の信頼関係あってこその──」
言い合いを始めた二人に挟まれて、どうしましょうと戸惑っていると、それまで黙っていたストラさんが低い声で言った。
「二人とも、いい加減にしてください」
ストラさんの目が鋭く細められる。
彼の周囲の空気がひやりと冷たくなり、身体が大きく膨れ上がったかと思った次の瞬間──
ストラさんは、鋭い牙を持つ巨大な白蛇の姿へと変貌した。