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「なんですか、その『恋手帖』というのは?」
ストなんとかさんの眉間の皺がますます深まる。しかし、レイさんは気にも留めず、堂々と胸を張った。
「正式名称は『異類恋手帖』! 主人公の美琴が、神職で幼なじみの勇一郎と、精霊のカイと一緒に、妖精や妖怪といった人外の者たちの困りごとを解決していくところから始まり、物語が進むにつれて、人間界と精霊界を守るための壮大な戦いに巻き込まれていくというファンタジー漫画だ! 少女漫画の草分け的存在であり、滝松黒江先生の代表作でもある! 連載はなんと五十年にも及び、既刊は四十三冊! 現在は休載中で──」
本当によく知っている、と驚いていると、犬耳の青年が手をひらひらさせてレイさんの熱弁を遮った。
「最後まで描ききる前に器の寿命が尽きて、未完になっちゃった感じ?」
「少々よろしいでしょうか、レイヴィダス様」
ストなんとかさんが冷ややかに口を挟んだ。彼の表情は、呆れと怒りが入り交じっているように見える。
「つまり、漫画の続きが読みたいがためだけに、禁忌とされている転生魔法に手を出したと?」
「そうだけど?」
「なんてことを……! ご自身の状況が判っておいでですか!?」
どこ吹く風のレイさんを前に、ストなんとかさんがこめかみを押さえている。
わたし、転生してはまずかったのかしら。
「あの~、もう一度死にましょうか?」
冗談めかして言ってみると、レイさんが悲鳴のように叫んだ。
「何てことを仰るんですか!! ダメです、絶対ダメ!! 先生に謝罪しろ、ストラスール!!」
「なぜ私が──」
「まあまあ」
犬耳の青年が会話に割って入り、軽い様子で肩をすくめた。
「もう術は完成しちゃったんだし、しょーがないじゃん?」
「アルフォル」
アルなんとかと呼ばれた犬耳青年は、金属製の防具を身にまとい、腰には剣を帯びている。一介の騎士と言うには態度が砕けすぎているから、管理職以上の立場ではあるのだろう。
「では、あなたが命懸けでレイヴィダス様をお守りくださるのですね?」
「この人、俺が命を懸けるほど弱くないっしょ」
すると、ストなんとかさんは深いため息をついた。
「弱いんです」
「えっ?」
「上位魔法を使用した今、この人の魔力はスッカスカのスライム並。いえ……」
息を吸い込んで一言。
「スライム以下なんです!!」
「ええーっ!?」
驚きの声を上げたのは、まさかのレイさん本人だった。
アルなんとかさんが呆れたように言う。
「なんでお前がいちばん驚いてんだよ」
「そこまで消耗しているとは思わなかった…」
ストなんとかさんがフンと鼻を鳴らす。
「クーデターを起こせば十中八九成功しますよ、アルフォル」
「殺るなら今ってことか」
レイさんは二人を怯えた顔で睨みつけた。
「物騒なこと言うなッ!!」




