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「──ったく」
権現造の神社を思わせる荘厳で静謐な建物内に、刀威さんの舌打ちが響く。
「レイヴィダスはゲロにまみれてるわ、人工精霊はパンツの柄聞いてくるわ、お前らなにしに来たんだ」
「まみれてはいない!!」
まだ少し顔色の悪いレイさんが即座に反論する。
「朝食を抜いたから出たのは胃液だけだ!!」
「パンツの柄を聞いたのはわたしじゃありません!!」
「はいはい」
アルさんの悪ふざけに巻き込まれただけだと弁明するも、面倒くさそうに手を振る刀威さんに、軽く流されてしまった。
「──それで、どう感じた」
刀威さんはすぐに真面目な顔になって、声を低める。
「空から見た限り、怪しい気配はなかったが」
「船酔いしていたやつの証言など、信用できるか」
刀威さんはレイさんの言葉を切って捨てると、アルさんに顔を向けた。
アルさんが思い返すように視線を宙に浮かべる。
「気になるものはなかったかな。ここに着くまでに魔獣に襲われることもなかったし」
そして、刀威さんを見てにやりと目を細めた。
「お前、本当は視察を理由にリディアに会いたかっただけなんじゃないの〜?」
「なっ……! そんっ……な、ことはっ……」
あからさまに動揺する刀威さんに、レイさんがきょとんとした様子で追い打ちをかける。
「なにか用事があったのか? すまない、此度は置いてきてしまった」
「別に用など……ッ」
言葉が続かなくなってしまった刀威さんの反応が微笑ましくて、わたしはやんわりと声をかけた。
「リアには、刀威さんが様子を気にしておいででしたと話しておきますから、ご安心くださいな」
「余計なことはしなくていい!!」
「大丈夫ですよ。ちゃんと伝えますからね」
「クソッ、人工精霊のくせに田舎の祖母ちゃんみたいなとぼけた受け答えをするな!!」
あら鋭い。まだまだ外見年齢と精神年齢の釣り合いが取れていないようね。うっかり見抜かれないように気を付けなくちゃ。
「それよりさ」
と、アルさんが再び話を戻した。
「魔獣の異常行動って、具体的には?」
「ああ……。普段はこちらの姿を見るだけで逃げていくような小型の魔獣が襲ってきたり、今まで人里に現れたことのない中型以上のやつが山林から降りてきたり。この辺りには生息していないはずの魔獣の目撃情報もあったな。しかも、どいつもこいつも凶暴化してやがる」
刀威さんの口調は淡々としていたけれど、思いのほか深刻な事態に不安が広がる。
「いつからだ?」
「ひと月ほど前からだったか……」
その言葉に、思わずビクリと肩が震えた。
ひと月ほど前というと、わたしが魔界に転生したあたりではないかしら。
つと背中に冷たいものが走る。
わたしがこの世界に来たことで、なにがしか影響が出てしまっているのだろうか。
刀威さんの話を聞きながら、ざわざわと胸の奥がざわめいていた。




