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魔空艇がゆっくりと高度を下げ、空の青が山の緑へと溶けていく。
「ほい、到着〜」
アルさんを先頭に乗り物を降りると、目に飛び込んできたのは、どこか懐かしさを覚える風景だった。
岩山と森林が入り混じる、どこか素朴で厳かな景色。建物には木材がふんだんに使われていて、道は石畳で整備されている。無駄を排して、自然と調和するように丁寧に設計されていることが分かる。
日本の山里のような雰囲気に、胸の奥がふっとほどけた。
もう戻れないはずの風景が、こんな場所で思いがけず姿を見せてくれるなんて。
「鬼人領は、魔界の中でもちょっと変わった景観なんだよね」
「……馴染みのある雰囲気でビックリしました。素敵なところですね」
そう答えた時、低く明瞭な声が聞こえてきた。
「遅かったじゃねえか、アルフォル」
現れたのは、精悍な顔立ちの男性だった。
褐色の肌に、鋭い目つき。そして、黒橡の前髪をかき分けるように生えた二本の角。
魔界では珍しい、東洋系の雰囲気をまとった鬼人族と思われる長身痩躯の男性が、毅然として立っていた。
「よっす、刀威。久しぶり」
アルさんが気安げに片手を上げる。
この方が、鬼人領カンナギの領主にして、鬼人族の長、刀威さんなのね。
「なんで人工精霊なんか連れてきた」
ぶっきらぼうな言い方で、刀威さんがわたしを見下ろす。
「この子はクロエちゃん。俺の妹にする予定」
「は?」
「クロエちゃん、この怖〜いお兄さんが刀威くんだよ」
アルさんの雑な紹介を受け、わたしは丁寧に頭を下げた。
「お忙しいところ、お迎えに来ていただいてありがとうございます。わたし、宮廷画家としてレイヴィダス様にお仕えしております、クロエと申します」
すると、刀威さんは少し面食らったように目を瞬かせた。
「この人工精霊、やけにスラスラ喋るな」
「クロエちゃんはリディアの最新作にして最高傑作だからな」
「リディア嬢の……」
刀威さんがわずかに目を見開く。
「芸術家としての腕はもちろん、魔力の保有量も今までの人工精霊とは比べ物にならないから、レイの護衛にもうってつけ!」
──という設定です、と心の中で補足する。
「おい、お前」
「はい、なんでしょう」
わたしが応じると、刀威さんはじっとこちらを見つめたまま、少し口ごもった。
「……リディア嬢は息災か?」
「ええ。お元気で過ごしていらっしゃいます」
「その……婚約者が決まったりだとか、そういった話は」
「特に聞いておりませんけれど……?」
刀威さんが明らかに安堵の息をついたのを見て、思わず口元が緩む。
なるほど、そういうことなのね。
わたしはこっそりとアルさんに耳打ちした。
「刀威さんって、リアにほの字なんですね」
「ほの字ってなに?」
「若いっていいわねぇ〜」
「だからほの字ってなに!?」
問い返すアルさんをよそに一人で盛り上がっていると、刀威さんが辺りを見回して言った。
「レイヴィダスはどこにいるんだ」
「酔いがひどかったから、その辺で吐いてんじゃね?」
「他人の領地を汚すな! おい、どこだ!」
歩きながら周囲に怒鳴る刀威さん。その額を、わたしはまじまじと見つめた。
「あれが鬼人族……」
象牙のように美しい角に見とれていると、アルさんがちょこんと首をかしげた。
「思ってたのと違った?」
「ええ、少し。もっとこう、ムキムキマッチョで金棒を持った典型的な姿を想像していました」
「クロエちゃんのいた世界の鬼人族ってそんななの……?」
「昔話だとだいたいそんな感じです。一般的には虎のパンツを履いていて──」
と、ストラさんにしたのと同じ説明をすると、アルさんは途端に吹きだした。
「ブハッ、マジか。刀威にパンツの柄聞いてみよーぜ!」
「えっ!?」
「おーい、刀威〜! お前、パンツどんなの履いてんの〜?」
止める間もなく、アルさんは刀威さんに向かってその質問をぶつけてしまった。




