30
勢いよく突っ込んできたアルさんに、わたしの体がぐらりと揺れる。
「ごめん! 俺が打ち返したから──」
「アルさんのせいじゃありません! あのまま当たっていたら、アルさんの方が危なかったですよ」
「でも……」
「大丈夫ですから。ね?」
ぺっそりと犬耳を伏せてしょんぼりしているアルさんの肩をぽんぽんと叩いていると、いつの間にか背後に来ていたストラさんが、アルさんの襟首をつまんで引きはがした。
「気安く抱きつくんじゃない」
「だってぇ〜」
「クロエ様、本当に大丈夫ですか」
「ちょっと驚いたけれど、リアのおかげで元通りです」
ほら、と頬を見せると、ストラさんは静かに頷いてからリアに言った。
「よくやった、リディア」
「治せる程度の傷でよかったですわ。心臓に悪いので、あまり心配をかけさせないでくださいませ」
少し怒ったように言ってから、リアはレイさんに視線を向けた。
「レイヴィダス様なんて、今にも泣きそうですわよ」
「えっ」
驚いて振り返ると、レイさんはぐずぐずと鼻を鳴らしていた。
「訓練なんてもう止めましょう! 先生のことはアルフォルが命に代えても守りますから!!」
「自分が、って言えないところがダセェんだよなぁ……」
つっこむアルさんに、レイさんはキッと鋭い視線を投げつける。
「私だって自分で先生を守りたいが、スライム以下の私にできることなど……」
レイさんは血のついたハンカチに視線を落として、悔しそうに目を細めた。
「レイさん……」
みんなに心配をかけてしまって申し訳ない気持ちになるけれど、今後のことを考えると、やはり魔法はきちんと使えるようになっておくべきだ。
わたしはレイさんの手に、そっと自分の手を重ねた。
「そんなふうに心配していただけるだけで嬉しいです。でも、魔法を身に着けることは、自分を守ること、ひいてはみんなを守ることに繋がると思うんです。だから、このまま訓練を続けさせてください」
「先生ぇ……」
顔を上げたレイさんの目に、じわりと涙がたまる。
まったく、この魔王さまは本当に泣き虫だこと。
とても過保護で、そして、とても優しい。
「わかりました。でも、訓練を再開するならストラに補助魔法と支援魔法をかけてもらってください。衝撃吸収と転倒防止、それとも結界の方が安全だろうか……」
「そんなに重ねがけしたら、身動きできなくなります」
ため息をついたストラさんは、思案げな表情で顎をなでた。
「クロエ様。続きは明日にいたしましょう。私の指導にも問題がありました。少し考える時間をください」
「わかりました……」
つい落胆を滲ませてしまったけれど、それはレイさんの勢いある声にかき消された。
「では行きましょう、先生!!」
「え、行くってどこへ……」
めずらしく強引に手を引かれ、わたしはたたらを踏みながら、レイさんのあとをついていった。