29
「──っせい!!」
鋭く振り抜かれた剣身が、光の玉に衝突した。
刹那、空気がビリビリと震え、まばゆい閃光が爆ぜる。わたしの放った光の玉は弾け飛び、そのまま中空で霧散した。
「よかった……」
アルさんの無事を確認して、ほっと胸をなで下ろした、その瞬間。
チリッ、と左頬をなにかがかすめた。熱いような、痛いような、どちらともつかない衝撃に、一瞬、思考が停止する。
「……っ」
遅れてやってきた頬の鋭い痛みに驚いて手をやると、ぬるりとした感触が伝わった。
遠くから、リアの悲鳴が聞こえた。同時に、駆け寄ってくる複数の足音。その音に合わせるように、どくん、どくんと心臓が速くなる。
「クロエちゃん!!」
「クロエ様!!」
次の瞬間、ぐっと誰かに引き寄せられた。
「先生、失礼します!!」
声と同時に、顎をぐいっと持ち上げられる。
気がつけば、レイさんの端正な顔がごく近くにあった。
「あ……」
呆けたまま目を合わせると、彼の表情は驚くほど険しく、眉間には深い皺が刻まれている。その手はわずかに震えていた。
「早く止血しないと」
どうやら、打ち返された魔力の残滓が飛んできて、わたしの頬を切り裂いたらしい。
レイさんは上着の内ポケットから、白い布を取り出した。金糸で刺繍が施された、高価そうなハンカチだ。
「それ……」
「じっとしていてください」
そんなもの使ってはもったいない、と言う間もなく、レイさんはそのハンカチをそっとわたしの頬に押し当てた。
「うっ……」
「すみません、少しだけ我慢を」
レイさんの真剣な眼差しに、わたしは一瞬、痛みも、息をするのも忘れそうになった。
怪我をしたわたしよりも痛そうな顔で、レイさんが言う。
「私のせいで、申し訳ございません」
「どうしてレイさんが謝るの」
こうなったのは、わたしが魔力をうまく操れないからであって、彼のせいではないというのに。
けれど、レイさんは静かに首を振った。
「私が魔力を失わなければ、こんなことには……」
「レイさん……」
わたしが言葉を探していると、凛とした声が割って入った。
「おどきになって!!」
青ざめた顔の男性陣をかき分けて、そのままレイさんを突き飛ばしたリアが、わたしの前に勢いよく躍り出た。
「リア……」
「大丈夫ですからね、クロエ」
彼女はそっとわたしの顎に手を添えると、頬に唇を近づけてきた。
「え!? ちょっ……」
「慈しみの光よ」
触れるか触れないかのところで何事かを呟くと、ひんやりとした感覚が肌に伝わり、熱を持っていた患部に染み込んでいった。痛みがスーッと引いていく。
「……気持ちいい」
「回復魔法ですわ。傷も残っておりませんから、安心なさって」
「すごいのねぇ」
口吻でもされるのかと身構えてしまった自分が恥ずかしい。
そんなわたしの様子を見て取ったのか、リアは唇に指先を当てて、風に乗せるような仕草でキスを投げてきた。
「ふふっ。期待しました?」
「もうっ、リア!」
「先生っ!!」
わたしたちのやり取りを遮るように、レイさんが再び割り込んできた。
わたしの肩を掴むと、ぐっと顔を近付けてくる。
「先生! 痛みは大丈夫ですか!? 視界がぼやけたり、めまいなどは!? ……ああ、まだ少し頬が赤い。リディア、先生は本当に大丈夫なんだろうな!?」
「あら。わたくしの治療では信用なりませんか?」
「そういうわけでは……」
レイさんがへどもどとわたしの肩から手を離した途端、今度はアルさんが飛び付いてきた。
「クロエちゃ〜ん!!」