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「よろしくお願いします!」
いつもは二つに結っている髪を一つにまとめ上げたわたしは、あずき色のジャージに身を包み、お城の中庭でストラさんと向き合っていた。
魔法をきちんと使いこなせるよう、鬼人領へ行く前に、ストラさんに特訓してもらうことになったのだ。
「クロエちゃんがんばれ〜」
「そのクソダサ服はもう着ないでと言ったのに……」
「先生、怪我だけはしないでくださいね!!」
少し離れたところにレジャーシートを敷いて、アルさんとリア、そしてレイさんが座っている。
ちなみにこのジャージは、スライムのゆかりちゃんがどこからか調達してきてくれたものだ。生前──いえ、前世も娘のおさがりの学校ジャージをよく着ていた。汚れても気にならないし、動きやすいのが気に入っている。
「では、始めましょう」
同じく髪を一括りにしたストラさんは、いつもより少し若く見える。さすがにジャージではないものの、彼も動きやすそうな格好をしていた。
「クロエ様の魔力は説明するまでもなく魔界一ですので、方法さえ覚えれば大抵の魔法は使えます」
そう言うと、ストラさんは斜め下に向かって、パチンッと指を鳴らした。直後、地面を押し上げるようにして、ボコッと穴があいた。
「それも魔法ですか?」
「ええ。以前も申し上げたように、魔法は集中力が大切なのです。保有する魔力が強い者は詠唱なしに魔法が使えますから、無理に呪文を覚えようとはせず、集中力を一瞬で引き出す術を身につけたほうが効率的です。まずは、魔力を集める感覚を掴みましょう」
ストラさんを真似て、わたしも地面にてのひらを向ける。
「意識をてのひらに集中させて、体内に流れる魔力をそこに集める想像をしてください」
「てのひらに、魔力を……」
「そして、魔力が集まったと感じたら、今度はそれを地面に向かって放出します」
「地面に放出……う〜ん……」
片手では足りない気がして、両手をかざすけれど、ビクともしない。
「ありゃ完全に便秘の顔だな」
「アルさん……!!」
外野がうるさくて集中できない。というかどうして三人とも見学に来ているの。
と、ストラさんがアルさんに向けて指を鳴らした。アルさんの両足の間から、地面を抉るように尖った岩がズドンと飛び出す。
「ぎゃあっ!?」
「潰されたくなかったら静かにしていなさい、アルフォル」
冷ややかなストラさんの声に、アルさんが一瞬で青ざめる。「キューン」と鼻で鳴いて頭の上の耳を伏せた。
「潰すってなにを……」
「なんでもありません。さあ、集中してください!」
パンッとストラさんが手を叩く。
ただ集中しろと言われても難しい。わたしは目を閉じて、静かに深呼吸を繰り返した。あれこれ渦巻く雑念を少しずつ追い出す。
すると、徐々にてのひらがぽうっと熱を帯びていく感覚があった。
「あ……」
「魔力が集まったら、それを地面に向けて放ちます。地面に穴をあけることを意識して、強く思い描いてみてください。具体的に想像するといいでしょう」
「具体的に……地面に穴……」
思い浮かんだのはショベルカーだけれど、ちょっと大袈裟かしら。
そうだわ、あれにしましょう。
「つるはし!」
叫んだ瞬間、てのひらから雷鳴のような光が迸った。ドンッという重たい音とともに、目の前の地面が盛大に吹き飛ぶ。土煙が舞い上がり、視界が茶色に染まった。
「うっ、げほっ……」
「先生!?」
レイさんの悲鳴まじりの声が響いた。
反動でふらついたけれど、わたし自身に怪我はない。
「大丈夫で……す……?」
晴れた視界の先に現れたのは、ぽっかりとあいた地面の大穴と、目を見開くみんなの姿だった。