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「鬼人族の領地で、魔獣の異常行動だと?」
「はい。普段はおとなしい魔獣が、突然牙を剥いて襲いかかってくる事例が急増しているそうです」
わたしの部屋の前で拗ねていたレイさんを応接室へ引っ張り込んで、ストラさんは淡々と告げた。物騒な内容だけれど、語り口はいつも通り冷静だ。
「刀威殿が、視察に来いと要請してきました」
「えぇ〜、めんどくさい」
レイさんは体を椅子の背にもたれさせ天井を見上げ、だらりと手足を伸ばしている。自分だけ部屋に入れなかったのが相当気に食わなかったらしく、完全にふてくされていた。
「刀威さんというのは、どういった方なんです?」
日本語の響きに近い名前が気になって、わたしはつい口を挟んだ。
「亜人種の魔族で、額に角を持った鬼人族の長です」
「額に角……鬼のことですか?」
「ご存知でしたか。もしやクロエ様の世界にも鬼人族がいるのですか?」
「いる、というか……」
わたしが思い浮かべたのは節分の鬼だ。赤や青の肌をしていて筋骨隆々。そして虎柄のパンツを履いている。
「……ええと、刀威殿の下着の柄までは分かりかねます」
ストラさんが真面目に返すので、わたしは思わず吹き出してしまった。
「ごめんなさい。多分、わたしが思っている鬼とは違うわね。それで、その刀威さんという方のいるところで、問題が起こっているのね?」
「はい。これまでにない事態です」
ストラさんは静かに頷いたあと、レイさんとわたしを交互に見た。
「そこで、お二方には鬼人領へ調査に行っていただきたいのです」
「先生も? 危ないだろう」
それまでだらけきっていたレイさんが、すぐさま身を起こした。
「どちらかというと、危ないのはスライム以下のレイヴィダス様のほうです」
「うっ……」
「アルフォルを同行させますし、刀威殿もいるのですから大丈夫でしょう」
それに、とストラさんは言葉を続けた。
「漫画の取材にもなるかと思ったのですが」
「取材……!?」
レイさんが勢いよく立ち上がる。さっきまでの気怠げな態度はどこへやら、うきうきした様子でこちらを向いた。
「ぜひ行きましょう、先生!! 取材旅行です!!」
あまりの手のひら返しに笑いそうになりながら、わたしもこくりと頷いた。
あくまで視察と分かってはいるけれども、内心わくわくしてしまう。
それに、単なる好奇心だけではない。レイさんの魔力を受け継いだ以上、魔界のためにできることをやらなくては。
「決まりですね」
こうして、鬼人領への視察、兼、取材旅行が決定した。