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「ストラさんが来てくれたということは、魔法が成功したのね!」


 思わず声を弾ませて、小走りでストラさんに駆け寄ると、彼は申し訳なさそうに俯いた。


「いえ、その……たまたま通りかかりまして……」

「あら、そうだったの。お経が一番集中できると思ったのに」


 やはり、呪文はきちんと唱えたほうがいいのかもしれない。

 とはいえ、どの魔法も呪文が長くて複雑なため、覚えるのが難しい。扱うのが大変そうだ。


「これでは咄嗟の時に使えなくて困るわね」

「慣れれば先程の詠唱でも使えるようになると思いますよ。よろしければ今度、魔法の訓練を行いましょうか」


 ストラさんは胸に手を当てて、小首をかしげるようにした。一房の髪が肩の上でふわりと揺れる。


「ええ、ぜひお願いしたいわ」

「ところで、私にご用がおありのようでしたが」

「そうなんですよ。実は、レイさんのことなのだけれど……」


 それだけで通じたようで、ストラさんは真面目な顔で訊いてきた。


「消しましょうか?」

「待って!!」


 わたしは即座に両手を前に突き出した。解決方法が極端すぎる。


「冗談です」

「あなたが言うと冗談に聞こえないのよ」

「それは失礼いたしました」


 悪びれずに微笑むストラさん。本当に冗談のつもりだったのか、正直怪しい。


「それで、レイさんのことですけれど。先日『異類恋手帖』のネームをお見せして以来、あのような感じで。喜んでいただけたのは嬉しいのだけれど、こう毎日催促されてしまうと……」

「鬱陶しいですね」

「まあ、その……」

「あなたがそうせよと仰るなら、いつでもあの男を消してご覧にいれますよ」

「だから駄目ですって! わたしのミスで主従契約を結んでしまったけれども、あなたが本当に仕えるべき人は、レイさんでしょう?」


 ストラさんがわたしに仕えることになってしまったのは、事故のようなもので、あくまで成り行きだ。

 それにストラさんは、レイさんの魔力が枯渇していると知りながら、魔王の座を奪おうとも、離れようともしていない。彼の忠誠は、きっとレイさんへの想いに根ざした本物のものなのだと思う。


「……たしかに私は、レイヴィダス様の信念に共感しています。あの方は、先代の魔王と違い、己の力を誇示することなく、魔界の恒久的な安定を望んでおられる。魔力をスッカラカンにするという愚かさもありますが、その在り方はとてもまっすぐで、誠実に思えるのです」


 その声には、確かな敬意がこもっていた。理念に従って仕える。それがストラさんの忠誠の形なのだ。


「ストラさん……」

「失礼、話が過ぎました」


 小さく咳払いをして、ストラさんは照れ隠しのようについっと視線を逸らした。


「それで、消すのが駄目ならどうすればよろしいですか?」

「少し落ち着くよう、お伝えしていただきたいんです」


 今のわたしは、作品と向き合う準備を整えている最中なのだ。焦って描いても納得できるものにはならないし、読者にも物語にも失礼になってしまう。これ以上、みんなを失望させたくない。


「きちんと作品と向き合うためにも、もう少し時間をください、と」

「かしこまりました。きっちり言い聞かせます」


 きっちり、を強調するストラさんに、わたしは苦笑を返した。


「ほどほどにね?」


 レイさんの漫画への情熱も、ストラさんの少し過剰な忠誠心も、有難いけれどどこか申し訳なく感じてしまう。それでも、その熱量をもって関わってもらえることを、嬉しいと思ってしまうのだ。

 創作のことを真剣に語れる相手がいて、受け止めてくれる環境がある。それを大切にしなければ。


「わたし、魔界のことをもっと知りたいわ」


 魔界は未知の宝庫だ。

 空気、景色、暮らし、価値観や文化、様々な種族。目に映るすべてが、わたしの創作意欲を刺激する。見て、触れて、もっと深く感じたい。それを物語に昇華させたい。

 すると、ストラさんは口元にふっと笑みを浮かべた。


「それでしたら、丁度良い案件がございます」

「丁度良い……?」


 わたしはこてんと首をかしげた。

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