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 それからというもの。


 ──ドンドンドンドン!

 唐突に響いた激しいノックの音に、わたしはベッドの上で跳ね上がった。


「なっ、なに!? 地震? 騒霊現象!?」


 あたふたと身を起こすと、扉の向こうから元気すぎる声が響いてきた。


「おはようございます、先生!!」


 声の主に心当たりがありすぎて、脱力するしかない。


「レイさん……」

「入ってもよろしいでしょうか!?」

「駄目です。お断りいたします」


 拒否しているのに、どうしてか得意げな声が返ってくる。


「形から入ってみようと思い、編集者っぽいコスプレをしてきました! さあ、今日こそ連載に向けた打ち合わせをしましょう、先生!!」

「嫌です」

「なぜです!?」

「今のわたしは、連載なんてできる状態ではありません」


 少し前に『異類恋手帖』のネームを見せて以来、レイさんは手を替え品を替え、毎日のように催促に来るようになってしまった。

 あれは感覚を取り戻すための一歩でリハビリにすぎない、と何度言っても納得する気配はない。昭和の編集者か、というくらい根性論で押し通そうとしてくるのだ。


「先生なら大丈夫です!!」

「無茶言わないでくださいな」

「早く続きが読みたいんです〜!!」


 レイさんの声が、どんどん情けない調子になっていく。もはや懇願というより泣き落としに近い。

 けれど、ここで折れるわけにはいかない。描くと決めた以上、自分が納得できるものを作りたい。長い空白期間を埋めるには、それなりの修練が必要だ。


 そもそも、わたしは魔界に転生したばかりなのだ。この世界にも、この身体にも、まだまだ全然慣れていない。そんな状態で漫画の連載など、できるわけがないのである。


「とにかくここを開けてください、先生〜!!」


 まさか勝手に入ってきたりはしないだろうけれども、執念がすごい。


「……困ったわねぇ」


 さすがにどうにかしなければ、と頭を抱えた時、ストラさんの顔が思い浮かんだ。彼ならこの状況を解決してくれるに違いない。

 わたしは脇机を手探りした。


「ええと、介護呼び出しベル──」


 もとい、バトラーズベルを探すけれども見あたらない。

 そうだ、あれを鳴らすとレイさんがすっ飛んでくるから使わないように片付けてしまったのだった。


「そうだわ! ストラさんに教わったことを試してみましょう」


 主従契約を結んだ相手には、魔法で声を届けることができると聞いた。

 直接喚び出すには上位の召喚魔法を使う必要があるけれど、呼びかけるだけなら魔力の消耗が少ない下位の補助魔法が便利らしい。使用するにあたっての慣用呪文はあるものの、魔法は集中力のほうが大切なようで、呪文は忠実でなくてもいいとのことだった。

 とりわけ、今のわたしの魔力なら、念じるだけでも魔法を使えるであろうとストラさんは言っていた。とはいえ、魔法に慣れていない、且つ呪文を覚えていないわたしは、急場しのぎの文言を唱えることにした。


「よし、やるわよ──」


 レイさんのノックが再び鳴り響くなか、わたしは集中するべく両手を胸の前で合わせて目を瞑った。


「観自在菩薩 行深般若波羅蜜多時 照見五蘊皆空 度一切苦厄……」*

*般若波羅蜜多心経

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