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「んっ……」
意識が浮かび上がると同時に視界に広がったのは、濃藍の天蓋に淡く輝く星座だった。
どうやら、あのまま倒れてしまったわたしを、誰かがベッドまで運んでくれたようだ。
寝室の扉の向こうから、控えめなノックの音が聞こえた。
「どうぞ」
「失礼いたします」
現れたのはレイさんだ。わたしが起き上がっているのを認めると、ほっとしたように肩を下ろした。
「先生、お目覚めでしたか。お加減はいかがですか?」
「ご心配をおかけして、ごめんなさいね。思いがけず徹夜してしまったものだから。でも、肉体が若いからかしら、回復も早くてびっくりしちゃった」
冗談めかして笑うと、レイさんの表情もようやく安心したようにやわらいだ。
「先生。『異類恋手帖』の最新話のネーム、拝読させていただきました」
「あら、もう読んでしまったの? 思い付きのままに描いただけだから、恥ずかしいわ」
「先生……! 私はこの時を、ずっと待っておりました」
レイさんは瞳をうるませ、言葉を震わせながら言った。
「『恋手帖』が、美琴の物語が、再び始まるこの時を……!」
レイさんの目から、決壊したようにどっと涙が溢れだす。
「うぅっ、ぐすっ……」
「えっ!? あらあら大変、泣かないで」
驚きと同時に、心がじんわりと温かくなった。
「お待たせしてしまってごめんなさい。そして、待っていてくださって、ありがとう」
「せんせえぇぇぇ〜!!」
鼻水まで垂らして子供のように泣くレイさんの顔を、わたしは枕元にあったティッシュで拭った。
これほど喜んでもらえるとは思わなかった。どこかくすぐったくて、嬉しくて、わたしまで泣きそうになってしまう。
「レイさんが背中を押してくれたから、続きを描こうと思えたんですよ」
「わ、私が……ですか?」
ティッシュを鼻に押し当てたまま、レイさんがこちらを見つめる。
「ええ。わたしの漫画で『勇気づけられた』『心を揺さぶられた』って、仰ってくださったでしょう?」
あの言葉が、わたしの胸に、確かに火を灯してくれたのだ。
あの言葉で、続きを描こう、と決意することができたのだ。
「あの時に、初心を思い出したんです」
「初心……」
「わたしはね、わたしの紡ぐ物語を通じて、それぞれの理想郷や生き方を見つける道標を示したかったんです。今を生きる読者のみなさんを、少しでも応援できるような、心の支えになれるような、そんな話を描きたかったの」
「先生……!!」
レイさんが再び嗚咽をもらした。
「あらまあ。ふふっ、レイさんは意外と泣き虫さんなのね」
「泣いてません!」
と、言いながら涙で濡れた顔を袖でごしごしと拭う姿がなんだかおかしくて、わたしは吹きだして笑ってしまった。
「──ところで先生」
「な、なんでしょう」
突然スンと素に戻ったかと思うと、レイさんは真面目な顔で言った。
「美琴に下睫毛はありません。カイの一人称は『俺』ではなく『オレ』です。それと、勇一郎の髪型が直前の回より少し長くなってしまっています」
「え……」
そんな細部までチェックされているとは思わなかった。
驚いて目を見張ると、レイさんは自分の胸を叩いて、まさかの宣言した。
「先生。榊くんとやらに代わり、これからは私が、先生の担当編集者になります!!」