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「つまりクロエとわたくしは家族同然ということですわね!?」
「お前ちょっと黙ってろ」
前のめりになって顔を輝かせているリアを、アルさんが制する。
「もしかして、レイの魔力がクロエちゃんに丸ごと移動しちゃったのか?」
「察しがいいな。その通りだ」
レイさんの言葉に、アルさんは鼻の頭をこすった。
「レイの魔力がスライム以下になってるって、昨日ストラが言ってただろ?」
「ということは、クロエが新たな魔王に就任ですか!?」
リアの目がキラリと光った。親子揃って過激派である。
「お前たち親子は余程私を王位から引きずり下ろしたいようだな」
「滅相もございません」
昨夜の発言を棚に上げて、ストラさんはしれっと答えた。
「でも、実際どーすんだよ。お前に魔力がないってバレたら、魔王の座を狙う魔族が沸いて出るぜ」
「各地に混乱をもたらしますわね」
アルさんの指摘に、リアも不安げに表情を曇らせる。
「この件は公表するつもりはない。私の魔力が戻るまで隠すつもりだ。これまで通り公務を行い、魔力の行使が必要な時は影ながら先生にご助力いただく」
「つっても、宮廷画家が魔王につきっきりってのもおかしくね?」
「あちこちからやっかみがきますわよ。人工精霊よりもうちの娘をお側に──と言ってくる魔族が何人いますかしら」
たしかに、事情を知らない人からすれば不自然に見えるだろう。
魔力が弱いとされている人工精霊ならなおさら、レイさんの傍近くに侍っているのは違和感があるのではないかしら。
好奇の目は、嫉妬と疑念に変わりやすい。
いらぬ騒ぎは起こしたくないけれど、どうしたものでしょう。
「いいこと考えた!」
アルさんがパチンと指を鳴らした。
「クロエちゃんをうちの養子にすればよくね? これで名実ともにお兄ちゃんだぜ!」
「アルさんのお家の名前で箔付けということね」
「そそ。俺んち一応、伯爵家だから。兄貴が継ぐから俺には関係ないけどさ」
「お待ちなさい!」
リアが険しい顔で机を叩いた。
「そういうことでしたら、クロエはシルヴィス家でお預かりします! 妹……いえ、お姉さまという響きも捨てがたい。なんならお父さまの後妻という選択肢もございましてよ!!」
「お兄ちゃん一択だろ!!」
「妹! 姉! 継子! どれがいいですか!?」
「え、えぇっと……」
二人に迫られ困っていると、ストラさんが助け船を出してくれた。
「二人とも、そこまで。クロエ様を困らせるな。なにか言ってくる者があれば私が黙らせる。問題はない」
それは問題ないと言えるのかしら。
首をかしげるわたしに、ストラさんが含み笑いを返してくる。
「この城の使用人は人工精霊のほうが多いので、普段はそれほど警戒しなくても大丈夫でしょう。レイヴィダス様は、貴族の子女を行儀見習いで城に上げるのを好みませんからね」
「あら、そうなんですか?」
レイさんは小さく肩を丸めて視線を落とすと、そのままずるずるとテーブルに突っ伏した。
「…………んの……が……です」
「え?」
ぼそぼそと声がするが、内容が聞き取れない。
「もう少し大きな声でお話しいただける?」
そう言うと、レイさんが一瞬ぐっとつまった。
訊いてはまずかったかしら、と思ったのも束の間、レイさんは下を向いたまま自棄気味に叫んだ。
「三次元の女子が怖いんです!!」
「……あら、まあ」
思わぬ告白に驚いて、レイさんの後頭部をただじーっと見つめてしまう。
寝る時にあの角は邪魔そうね。重くないのかしら。
などと余計なことが頭をよぎった時、レイさんがガバッと顔を上げた。
「あっ、先生のことは怖くありませんから!!」
「そう? よかったわ」
そういえば、靴を履かせてくれたりエスコートしてくれたりしたものね。
要介護者は対象外ということなんでしょう。
「ついでにリディアと、リディアの造った他の人工精霊も大丈夫です。彼女たちは必要以上にこちらに興味を向けませんから」
「そんなだから六百歳すぎても結婚できないのですわ」
「六百……!?」
リアの言った途方もない数字に目を丸くしていると、レイさんがようやく元の姿勢に戻った。
「驚くほどの年齢ではございません。人族で言えば二十八歳ほどです」
「あら、そうだったのね」
レイさんは内孫である浩介と同じ年齢だったらしい。
そういえば浩介も彼女がいるなんて話は聞いたことがなかったわね。
「三次元の女子はキャーキャー騒いでギラギラした目で寄ってくるくせに、私が漫画などのエンタメについて語りだすと途端に『キモい』だの『コワい』だのと罵ってくるので苦手なのです」
「あー……」
オタクあるある、なのかしら。浩介も同じことを言っていたような気がする。
ただし、レイさんと違って寄ってくる女の子はいないようだったけれど。
「レイさんはおモテになるのねぇ」
「こんなんでも一応、魔王だからな」
いいよなー、と言ってアルさんが笑う。
魔界というのは、思った以上に魔力が重要視される世界らしい。
なんだか創作の良いネタになりそう。
「そうだ、先生」
レイさんの呼びかけに、わたしは頭によぎった思いを追い出した。
「クロエと呼んでくださいってば」
「しかし……」
「じゃないと返事しません」
「ええっ!?」
慌てた様子のレイさんを見て、アルさんとリアがささやき合う。
「クロエちゃん、小悪魔みたいだな」
「十五歳に手玉に取られる魔王ってどうなんですの」
「いやでも中身はババ──」
ダンッ、とリアがアルさんの足を踏みつけた。アルさんが声に鳴らない悲鳴を上げて、その場にしゃがむ。
わざとらしく咳払いをしたレイさんが、わたしに手を差し出した。
「クロエ……さん! お見せしたいものがあります。ついてきていただけますか?」