17
「おはようございます」
「先生っ! 今日もなんとお可愛らしい──」
朝の食堂に入ると、レイさんが相変わらず騒々しく駆け寄ってきた。
大きな体に反して、まるで子犬のようだと思っていると、本物の犬耳を持った人物が割り込んできた。
「おはよー、クロエちゃん! 今日も可愛いね!」
「あ、ありがとうございます……」
爽やかに声をかけてきたのは、狼人族のアルさんだ。
可愛いのはアルさんのほうだ、と彼のふわふわの耳を見上げていると、レイさんがむっと顔をしかめた。
「邪魔をするなアルフォル。今は私が先生に挨拶をしていたんだぞ」
「え〜、気づかなかったな〜」
「貴様!」
二人のじゃれ合いを眺めているうちに、ひとつの疑問が頭に浮かんだ。
アルさんは狼人族、ストラさんとリアは蛇人族と言っていた。
では、レイさんは何族なのかしら。
頭の角から連想すると、羊、山羊、牛などの草食獣が浮かんでくるが、なんだかどれもしっくりこない。
うーん、と頭をひねっていると、ストラさんが静かに近付いてきた。
「クロエ様、こちらへ。騒がしい者たちに囲まれていては、落ち着いて食事ができませんからね」
「ストラさん」
名前を呼ぶと、彼はふんわりと微笑んだ。
初対面の時のツンとした態度からは想像できないような柔らかな表情に、思わずきゅんとしてしまう。
いい歳をして恥ずかしいったら。照れ隠しにストラさんを小さく睨む。
「わたしのことはクロエと呼んでくださいと言ったでしょう」
「主となられた方を呼び捨てになどできません。どうか、クロエ様とお呼びすることをお許しください」
「うぅ……」
息子より年下の男性にかしずかれるのはどうにも落ち着かない。
けれど、こちらをキリッと見つめるストラさんに引く気はなさそうだ。
わたしは諦めて息をついた。
「……分かりました。お好きなように呼んでください」
「ありがとうございます。昨夜はその後、大丈夫でしたか? お身体に障りなどは……」
「少し疲れてしまったけれど、おかげでぐっすり眠れましたよ」
「そうですか」
にこやかに歓談するわたしたちを見て、アルさんとリアが驚愕の表情を浮かべた。
「ストラが──」
「お父様が──」
「デレている!?」
同時に叫んで慌てふためく。
「昨夜って何だ!?」
「身体に障り!? わたくしがいないところでいったいどんなお楽しみを……!?」
「静まれ」
レイさんの声が食堂に響く。
「この二人には、事情を話しても構わないな、ストラスール?」
「はい」
「……なんかあったのか?」
アルさんが訝しげに尋ねると、レイさんは視線で椅子に座るよう促した。全員が着席するのを待って口を開く。
「まだ推測の段階だが、先生の魔力に関することだ。リディア、先生のお身体となった人工精霊の錬成はいつも通りか?」
「ええ。調合も魔力の照射時間も変えておりませんわ」
「ならば、使えるのは下位魔法だけだな?」
「個体によっては中位魔法の一部も使用可能かと存じますが、クロエがなにか……?」
リアが少し心配そうにわたしを見る。
一拍おいて、レイさんが告げた。
「……先生が契約魔法を行使し、ストラスールを従属させた」
「お父さまを!?」
リアがテーブルに手をついて、ガタリと椅子から立ち上がる。
自分の父親が従属させられたなどと聞いたら、気分を害するのは当たり前だ。
「リア……」
なんて声をかけたらいいのかしら。
そっと名前を呼ぶと、わたしの心配とは裏腹に、リアは満面の笑みでこちらを向いた。
「素晴らしいですわっ!!」
「……え?」