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「ボクもクロエって呼んデいーい?」
スライムさんがぴょこぴょこと跳ねながら、無邪気な声で訊いてくる。
その仕草が可愛くて、わたしは思わず笑みをこぼした。
「いいですよ。あなたのお名前はなんていうの?」
すると、傍らにいたストラさんが代わりに答えた。
「スライムに個体名はありません」
「まあ、そうなの?」
てっきりそれぞれに名前があるのだと思っていたけれど、そうではないらしい。スライムさん自身も「そうナノー」と気にした様子もない。
「でしたら、わたしがこの子に名前をつけさせていただいても?」
「構いませんが……」
ストラさんは少し言い淀んで、片眼鏡を押し上げた。
「魔界での命名行為は、即ち契約行為となります」
「契約? 保証人か何かですか?」
それなら避けるべきだと思い慎重に尋ねると、ストラさんはわずかに口元を引き締めて言った。
「主従関係です」
「主従関係……?」
「このスライムを、あなたが使い魔として使役するということです」
飼い主とペットみたいなことかしら。
それとも漫画家とアシスタントみたいな関係かしら。
「まあ、使い魔と言ってもスライムですから、話し相手くらいにしかならないでしょうが」
「話し相手くらイにナルよ!」
スライムさんがぽよぽよと元気よく返事をする。
保証人でないのなら契約しても大丈夫だろう。
「もしよかったら、わたしにあなたの名前をつけさせてもらえないかしら?」
「いいヨー!」
スライムさんが嬉しそうに跳ねるのを見て、ストラさんが顎に手を当てて思案顔をみせた。
「問題は、人工精霊のあなたに魔力があるのか……ですね」
「魔力、ですか?」
首をかしげると、ストラさんは淡々と説明を続けた。
「魔界に住まう者は、多かれ少なかれ必ず魔力を保有しています。魔力が強ければ強いほど様々な権利が与えられ、安定的かつ文化的な生活を営むことができるのです」
「それじゃあ、魔王であるレイさんは魔界一の魔力の持ち主なのね」
「今はスライム以下ですけどね」
吐き捨てるような言い方に、思わずプッと笑ってしまった。
レイさん本人が聞いていたら、どんな顔をするかしら。
「人工精霊はわずかな魔力しか持たないと言われています」
「魔力が少ないと主従関係を結べないの?」
「その通りです。自分より強い魔力の持ち主とは契約することができません」
つまり、わたしがスライムさんより強い魔力を持っていないと、契約は成立しないということだ。
「しかし、あなたの身体はリディアの造った特別なものです」
ストラさんの口調に、どこか誇らしげな響きが混じる。
「スライムくらいでしたら契約できるかと」
「リアは優秀なのねぇ」
「私の娘ですから」
「うふふ、そうですね」
ストラさんは一瞬だけ表情を和らげたが、すぐに咳払いをして姿勢を正した。
「……では、スライムに手をかざして、私の言葉を繰り返してください」
わたしはストラさんの言う通り、スライムさんの前にかがんで手をかざした。手のひらがほんのりと温かくなる。これが魔力なのかしら。
スライムさんはじっとこちらを見つめながら、わくわくした様子で揺れている。
「遠き呼び声に応えるものよ──」
わたしはストラさんの言葉をなぞった。
スライムさんの弾力のあるゼリーのような体が、淡く光を帯び始める。
「我が声を、我が魂を、我が願いを受け取りて、いま、ひとつの絆となれ。永遠の印としてこの名を捧げる──」
「さあ、名前を!」
ストラさんが出し抜けに言った。
「いきなりですか!?」
急に言われても、すぐには思い浮かばない。先に教えてくれれば良い名前を考えておいたのに。わたしは慌てて頭を働かせた。
紫色のものといえば茄子。いや、茄子はダメよね。紫芋、葡萄、菫、藤。
スライムさんの色に合わせた名前を考えて、必死に考えをめぐらせる。
呼びやすくて、可愛らしくて、それでいて馴染む名前。
「……『ゆかり』ちゃん!」
その瞬間、スライムさんがひときわ大きく飛び跳ねた。
ふわりと宙に舞い、まるで喜びを表すかのようにピカッと光る。
その様子を見て、わたしは契約が成功したのだと確信した。
「うまくいったみたいです、『ストラ』さ──」
嬉しさのあまり、ストラさんにハイタッチを求めるように手を向けた瞬間、パンッと澄んだ音が響き、まるで魔力が波及したかのように、ストラさんの身体が一瞬、白く輝いた。
「ケーヤク、うまくいっタね!」
「え……?」
満面の笑みを浮かべるスライムさんこと、ゆかりちゃん。
そして、呆然と立ち尽くすわたしとストラさん。
「まさか……」
「もしかして……」
わたしとストラさんは目を見合わせて、同時に叫んだ。
「ええぇぇぇーっ!?」