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「……広いわねぇ」


 静まりかえった廊下に、わたしの足音だけがコツコツ響く。

 右を見ても左を見ても、同じような扉と豪奢な装飾が並んでいて、方向感覚を狂わせるには十分だった。すでに来た道の確信が持てなくなっている。


「このまま迷子になったら徘徊老人だと思われてしまうわ!」


 なんとか元のお部屋に戻らなければ、と数歩進んだところで、足が止まった。


「どちらから来たのだったかしら……」


 わたしは迷子になっていた。


「困ったわねぇ」


 途方に暮れていると、不意に背後から、子供のような甲高い声が聞こえてきた。


「おねーサン、どうカしたの?」

「ちょっとお部屋の場所が……」

「分からナクなっちゃっタの?」

「実はそう──」


 振り向くと、ぷるんとした紫色のゼリーのような物体が落ちて──いや、佇んでいた。

 よく見ると目と口がついている。バスケットボールほどのサイズのそれは、ぷるぷると揺れながら話しかけてくる。


「迷子になっちゃっタ?」

「きゃぁあああーっ!! 水羊羹のお化けーっ!!」

「ミズヨーカンってなァに?」

「違うの!? それじゃあ寒天!? ところてん!? わらび餅かしら!?」

「……なにソレぇ」


 どうやら食べ物のお化けではないらしい。

 ぽよぽよと不思議そうな声をあげる物体に、わたしは慎重に問いかけた。


「あなた、いったい……なに?」

「おねーサン、スライム知らなイの?」

「スライム……?」


 そういえば、孫が遊んでいたゲームにそんな名前のモンスターがいたような。


「浩介の遊んでいたゲームじゃ、水色のおにぎりみたいな姿だったけれど……」

「コースケ?」

「あ、浩介っていうのは長男のところの子供でね」


 ふと懐かしさが込み上げて、スライムさん相手に孫語りを始めてしまう。


「孫の一人なんだけど、これがまた可愛くて」

「コースケはカワイイ……」

「そうなのよ~。浩介はもう少しで三十歳になるんだけど、最近、急に漫画家になりたいって言い出して──」

「コースケはさんじゅッさい」

「そうそう。それで──」


 その時、冷静な声が割り込んできた。


「こんなところでなにをしているのです?」

「あら……?」


 スライムさんに熱心に話しかけるわたしを見下ろしていたのは、この国の宰相さんだった。


「ストライク・レインウェア・シルバーウィークさん……!」

「わざとですか?」


 彼は深々とため息をついた。


「ストラスール・レンサイト・シルヴィスです。スライム相手になにを話し込んでいるのです」

「コースケはかわイくてサンじゅっさい!」

「は?」


 誇らしげに飛び跳ねるスライムさんに、ストラさんは困惑した顔になった。


「こちらのスライムさんに、孫自慢を聞いていただいておりましたの」

「はぁ、左様で……」

「この時間までお仕事ですか?」

「ええ。どこかの馬鹿が魔力をスカスカにしたので、警護を強化しなくてはなりませんからね」


 考えるまでもなくレイさんのことだ。

 自分の仕える主を馬鹿呼ばわりするあたり、ストラさんは容赦がない。


「私のせいで、ごめんなさいね」

「いえ…………」


 ストラさんはしばし沈黙した後、深く息をついた。


「八つ当たりのようなことを言って申し訳ございません。あなたのせいではない、むしろあなたは被害者だと理解はしているのですが」

「被害者だなんて、そんな……。たしかに驚きはしましたけど、新たな生を得るという貴重な体験をさせていただきました。クロエとしてなにができるのか分かりませんけれど、精一杯頑張りますね」


 ストラさんは少し驚いたように私を見つめると、それから静かに微笑んだ。その表情があまりにも柔らかなものだったので、つい見とれてしまいそうになる。


「あなたは想像以上にたくましい方のようですね」

「たくましい……」

「それに精神的に自立している」

「まあ、年の功と言いましょうか」


 彼はくすりと笑うと、表情を改めてすっと頭を下げた。


「これまでの非礼、どうかお許しください」

「そんな、頭を上げてください。あなた様の言動は、すべてレイさんを心配してのものでしょう? 謝っていただく必要はありません」

「クロエ殿……」

「できればクロエと呼んでください。一応、そちらのほうが年上ですからね」


 念押しするように言うと、ストラさんは小さく笑った。


「フッ……。そうですね。では、クロエと呼ばせていただきましょう」

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