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「いったい何畳あるのかしら……」


 案内されたのは、わたしが生前住んでいた家のオープンリビングよりも広い居間と寝室、そして専用の書斎やワードローブまでついた、高級ホテルのような部屋だった。天井は高く、窓には美しい刺繍が施されたカーテンがかかっている。


「こちらのお部屋をお使いくださいませ」


 リディアさんが微笑みながら、椅子を勧めてくれる。


「こんなに立派なお部屋を使わせていただいてもよろしいの?」

「当然ですわ。他にも必要なものがございましたら、なんなりとお申し付けくださいませね」


 いかにも高級そうな椅子に腰かけると、ふわっと包み込まれるような座り心地の良さだった。


「……先生、先程は父が失礼いたしました」


 リディアさんが頭を下げた。


「父はこの国の宰相を務めておりますの。生真面目で責任感が強い人ですから、突然現れた先生のことを、必要以上に警戒してしまったのですわ」

「そうでしたか……」


 この世界の行政制度がどうなっているのか分からないけれど、ストラさんは総理大臣や大統領といったような立場なのだろう。

 巨大な白蛇の姿を思い出し、少し背筋が粟立つけれど、あの時、蛇に睨まれた蛙とはこういう気分なのかもしれない、とどこか客観的な自分もいた。


「怖い思いをさせてしまって、申し訳ございません」

「そんなに謝らないでくださいな」

「でも……」


 わたしは立ち上がって、謝罪を続けようとするリディアさんを長椅子に導き座らせ、自分もその横に腰をおろした。彼女の両手にそっと触れる。


「わたしのいた国では、白蛇は縁起の良い生き物として、信仰の対象になっているんですよ」

「そうなんですか……?」

「ええ。富をもたらすと言われているの。だからわたし、ストラさんの近くにいたらお金持ちになれるかも〜、なんて考えていたのよ」

「まあ……」


 孫に話しかけるような調子で言うと、彼女はぱちぱちと瞬きしてから、おかしそうにクスクス笑った。


「ふふっ。先生ってとっても面白い方ですのね」

「あら、そうですか?」


 しっかりしたお嬢さんだと思っていたけれど、こうしてみると年相応に子供っぽいところもあるらしい。

 ふと、子供や孫たちのことを思い出して、しんみりとリディアさんのことを見ていると、彼女はストラさんについて語り始めた。


「父は本当に頭が固くて。もう少し柔軟な思考を持ってほしいものですわ。漫画についても、まるで理解がないのです。わたくしが漫画を読んでいるのを見つける度に、もっと学問に励めなどと小言を言うのですから」

「あらまあ」


 どこの世界の親も、お小言の内容は変わらないみたいね。

 微笑ましく思ってつい口元を緩ませると、リディアさんはぷくっと可愛らしく頬を膨らませた。


「笑いごとではございませんのに!」

「ふふ。ごめんなさい」

「嫌だわ。わたくし、先生にグチまでお聞かせしてしまうなんて。これでは休まりませんね」


 名残惜しそうに手を離して、リディアさんは椅子から立ち上がった。


「食事の時間になりましたらお迎えに参ります。それまで、ごゆっくりおくつろぎくださいませ」


 なにかあったら鳴らすように、と持ち手に一角獣(ユニコーン)が模られた呼び鈴をテーブルに置くと、リディアさんは小さく一礼して静かに部屋を出ていった。

 広すぎる空間に一人残されて、なんだか落ち着かない。

 ひとまず仮眠でもしましょうか、と寝室に向かうと、一人で使うには大きすぎる豪奢なベッドが鎮座していた。


「スイッチはどこに……って、嫌だわ。介護ベッドなわけないわよね」


 そろりとベッドにのぼり、つい電動リクライニング用の手元スイッチを探してしまった自分に苦笑する。

 ふかふかの寝具に身を預けて天蓋を見上げると、星座絵と思われる刺繍が張られていた。


「まるでお姫さまの気分ね」


 こんな立派な部屋に案内されるとは思わなかった。漫画家というだけでこれほど優遇されるのも少し怖い。


「物語の結末を見届けたい、かぁ……」


 それはきっと、レイさんだけの気持ちじゃなくて、今までわたしの作品を読んでくれていた全読者の想いなのだと思う。


「……向き合うことができるかしら」


 物語と、自分自身に。


 脳裏に浮かぶのは、未完成の原稿。

 あのとき途中で止まってしまったページ。

 手を伸ばせば届きそうで、でもまだ、掴むことができない──


 重たくなっていくまぶたを閉じると、ゆっくりと意識が沈んでいった。

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