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周平①

 朝六時、須田周平はいつものように庭で育てている野菜の手入れをしていた。

 一家で蛇神村に越してきて半年。

 どうにか村の生活に慣れてきたところだった。


「須田さん」


 プチトマトを入れたザルを手にして、家に入ろうとした周平は、後ろから声をかけられた。

 隣家の槐皐月えんじゅさつきだった。


「おはようございます」


 と周平は、皐月に丁寧に頭を下げた。

 皐月は薄茶の和服姿。

 常にきちんとした身なりの皐月に、周平はいつも感心させられる。

 その姿を見ると、こちらの気持ちも引き締まった。


「今日、宇佐美さんがお見えになるのよ」

「はあ……」

「新しい駐在さん」

「ああ、東京から偉い人がくるんでしたね」

「今夜、うちでお夕食をご一緒にいかがかと思いまして、お誘いしたいんですけど、駐在所に誰もいないの」

「まだ早いんじゃないですか?」

「あそこでしばらくお住まいになるようですし、何かご不便がないか確認したかったんですけど、鍵がかかっていたの」


 蛇神村の村長、槐善之は足が不自由らしく、めったに人前に姿を見せない。村の雑事は妻の皐月が引き受けていた。

 周平たち一家が村に移住する際にも、皐月には何かと世話になった。


「僕、仕事に行くついでに駐在さんを起こしに行きます。皐月さんが気にしていたって伝えときます」

「よろしくお願いします」


 そう言うと皐月は、自分の家に向かっていった。

 背筋がピンと伸びた皐月は、七十代の女性にしては背が高い。

 皐月を見ていると、周平は厳格だが情のある中学の担任を思い出した。


 通用口から家に入ると妻の千香子がベーグルにクリームチーズを塗っていた。


「おっ、プチトマトきたね。周平くん、ベーグル焼けたよ」

「どうもありがとう。車で食べるよ」


 村に来てから食事が美味しいせいか、ズボンがきつくなった。

 千香子には言っていないが、周平は朝食を抜いて、一日二食に切り替えた。


「彩音は?」

「シャワー」


 周平は時計を見る。

 長い髪の女子中学生が洗髪を済ませ、セットするまでの時間を計算した。


「僕ちょっと、駐在さんのところに行ってくる。すぐ戻るよ」

「あの駐在、特別に表彰されてから調子に乗ってるよ! なんで、あんなのが表彰されんだろ!」

「……一つの仕事を三十年続けるなんて、立派だよ」

「周平くんはわかってないんだよ。あいつどこ行っても、つかいもんになんないから、ここにいるんだよ!」


 つかいものにならないなんて、人に対していうものじゃないと周平は思ったが、口には出さなかった。

 千香子だけではない。

 駐在の田所は、なぜか人気がない。


「周平くん、駐在に用事あるんでしょ? 早く行って、戻ってきてよ」


 そうだったと、周平はそそくさと家を出た。

 軽自動車を走らせて村の中心へと向かう。

 

 蛇神村は、ほとんどの家が川沿いに並んでいた。

 奥まったところにも家はあるが、大抵空き家だ。


 周平の家の隣は畑を挟んで小春の家。

 小春の家からラジオ体操の音楽が聞こえてきた。

 六時前に起きて畑仕事をして、ラジオ体操をしてから朝食をとる——村中が知っている小春の日課だった。


 小春の家の隣は、やはり畑をはさんで秋子の家だ。

 秋子は先週、亡くなった。

 秋子の家の前を通る時、玄関から黒いジャージ姿の男が出てきた。

 男は軽く手を上げて周平に挨拶をする。


 周平はペコリと頭を下げ、家の前を通り過ぎた。

 サイドミラーにはジョギングを始めた男の姿が映る。

 男の名前は水無瀬隼人。秋子の孫だった。

 秋子の遺品整理のために残っているが、今週いっぱいで村を出るらしい。

 

 秋子の家を通り過ぎ、なだらかな坂を下り始めると駐在所が見えた。

 そのすぐ横には、蛇面へびづら神社へと続く長い石段がある。

 周平は念の為、駐在所の前で車を止めて、引き戸を開けようとした。

 やはり鍵がかかっている。

 中を覗いても、スチールの机とパイプ椅子しか見えない。

 人影はなかった。


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