あねさんころがし③
「宇佐美さん、何を考えているんです」
呼ばれて宇佐美は、隼人に顔を向けた。
「田所さんの死体の在りかでも考えていましたか?」
昼間は目を合わせようともしなかった男は、どことなく悲しそうな顔で笑みを浮かべている。
「誰も田所さんが亡くなっているとは思っていませんよ」
「そうですか」
「私の考えをお話ししてもいいですか?」
「どうぞ」
「沢木さんが見た、駐在所に担ぎ込まれた男は、田所さんではなかったと思います。もちろん、沢木さんが嘘をついているわけではなく、ただの勘違いです。暗かったですし、足の悪い人ですから、わざわざ至近距離で酔っ払いの顔を確認しようとも思わなかったでしょう。とにかく、キャップにフードを被った男は『田所さんは深夜に駐在所に戻ってきた』と沢木さんに証言させることに成功しました。そして担ぎ込まれた男は、数時間後自転車に乗って村を出た——この時も自転車を倒したり、ベルを鳴らしたりして、沢木さんや小春さんに目撃させ、『田所さんは早朝には村を出た』と思わせたんです」
隼人は一息つき、宇佐美を見た。
「何の目的で、二人の男はそんなことをしたのだと思います?」
「あなたへの配慮でしょう」
「僕への?」
「実際、田所さんは飲みすぎて仕事にならない状態だったんでしょうね。二日酔いの状態で警察庁からのお客様を迎えさせるくらいなら、何か急な用事で早朝に出かけたことにしよう――そんな考えで、飲み仲間たちが協力したのでは? あなたが、早朝に自転車で村を出た警官は田所さんではないと言い出し、事件性を疑ったことで田所さん達は慌てていますよ。今頃は次の対策を考えているでしょう」
宇佐美は顔をしかめた。
「本気でそんなことを考えているんですか?」
ええと、隼人は笑った。
やはり寂しそうな笑顔だ。
「——宇佐美さん」
「はい」
「私、髭を剃ったんです」
「そうですね」
「髭があるのとないのと、どちらがいいですか?」
この言葉は好きじゃない。
流行りなのか東京の人間でも使う者がいるが、突き放すような感じが引っかかる。
だが、こういう時には使ってもいいなと宇佐美は思った。
(知らんがな‼)
それでも、笑顔を作った。
「ない方がいいですよ」
「あなたがそう言うなら、もう二度と伸ばしません」と隼人は嬉しくもなさそうに笑った。
宇佐美は立ち上がった。
これ以上酔っ払いの相手をする気にはなれない。
「隼人さん、もう遅いですし、どうぞお引き取り下さい」
駐在所の引き戸を開け、隼人を促す。
隼人は空になったワインボトルとグラスを持って、立ち上がりながら言った。
「宇佐美さんは、明日、神社に行くんですか?」
「ええ、秋子さんの地図をお借りしていいですか?」
「私もお供させて下さい」
断りたかったが、理由が思いつかない。
「……分かりました。明朝六時に出発しますから、早く帰って休んで下さい」
宇佐美は自ら外に出て、隼人に帰るよう促した。
隼人は外に出た後も、名残惜しそうに宇佐美を見つめる。
(……まだ、何かあるのか?)
訝しむ宇佐美の前で、隼人の手が伸び、頬に触れようとしてきた。
宇佐美は反射的に飛び退き、身構える。
暗がりで、隼人の顔は見えなかった。
「……すみません……酒のせいです……」
「でしょうね」
隼人は頭を下げ、坂を上がって行った。
だが途中で立ち止まる。
「——掃除をしていた時、田所さんの車のキーを見つけました。栞里さんはそれを持って、車で田所さんを探しに行ったんです——田所さんが、駐在所に戻ったとみせかけるために仲間が置いたのかもしれません。あと、流しにはタバコの吸殻がありましたが、田所さんは、吸いません」
朧月夜に溶け込み、隼人の姿はぼんやりと陰のようにしか見えなかった。
「——それと、蛇のお面は、通用口に落ちていました」
そう言うと隼人は坂を上がり、闇夜に消えていった。
駐在所に戻った宇佐美は中から鍵をかけた。
隼人の説にも一理ある。
田所は生きてどこかにいるのかもしれない。
宇佐美が今日一日していたことは、田所殺害の痕跡探しだった。
屋根裏も床下も、駐在所を隅々調べた。
隼人が駐在所を丁寧に拭き上げたのは、犯罪の証拠隠しなのではと思ったくらいだ。
宇佐美にはどうしても、田所はすでに亡くなっているとしか思えなかった。