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「ねぇねぇ、また飲み会だって。ちょっと迷惑だよね。それにあの二人、沢田さんに室田さん。絶対に会社が嫌になって逃げちゃったと思うんだ」
「そうよね。誘っている方は、私達が誘われて喜んでいると思っているから困るわよね。名目は……フロアの風通しを良くするだったっけ?あんな人達がいなくなればかなり風通しは良くなるわよね」
「本当それ!でも、未だに連絡がつかない二人、心配よね。私達が少しでも手伝えれば良かったけど、あんなに難しいプログラム。それも言語(コンピューター上で動くプロログラムの書式)もいくつも使えるのでしょ?そんな仕事、手伝えないわよね」
夕方に部長から流れた飲み会開催案内のメールを見た女性社員が、給湯室で本音を曝け出している。
上役をある意味天上人のように扱わなければダメ人間扱いされ、公式には否定されているが現実は評価に直結するので、嫌々ながらも表面上は笑顔で飲み会に参加している。
再び無駄に愛想を振りまかなくてはならない時がやってきたので憂鬱な気持ちになって愚痴を言っているのだが、今回は客観的に物事を把握している立場から、未だ沢田と武治が出社せずに連絡もつかない状況について話している。
「正直、これからどうするんだろうね?」
「どうって?」
「決まっているじゃない。あの二人は高い確率で会社を辞めるはずよ?それで、残った開発部隊が同じ量の仕事を同じレベルで出来ると思う?営業も本来の仕事も含めて全部あの二人に押し付けていたじゃない?」
会社の未来に直結する現実が見えて、三人の女性は少し黙り込んでしまう。
「……で、でも。流石に経営者が対処してくれるんじゃないかな?」
「そのうちの一人はコンプラ対応担当役員だけど、あの二人の有り得ない対応って、変わった?」
「そうよね。今だから言うけど、私、匿名の投書箱にあの二人ばかりに仕事が強制的に投げられているって何度か書いたんだ」
「「私も!!」」
力のない平社員が出来る対応はしていた三人だが、逆に言えば少なくとも三人が同様の事象を役員に間接的ではあるが報告しているのに、全く現状が変化していないと理解させられる。
「コレはちょっと……ダメかもしれないわね」
冷静に状況を把握できるので、あの二人が居なくなれば明らかに仕事が回らなくなり、最終的には顧客に迷惑をかけるばかりか評判が下がり仕事を貰えなくなって、行きつく先は倒産まで視界に入ってしまう。
ダメの一言で残りの二人も全てを察し、可能性としては相当低いが二人が戻ってくれる事、更に可能性は低くなりあり得ない域に達しているが、会社の環境が変わる事を期待しつつ自席に戻る。
「おい、早くしろ!」
戻るや否やフロア中がざわついており、間違いなく今日納品の品に関して何かしらのトラブルが起きたのだろうと聞かず共理解した三人は、本当にだめかもしれないと思い転職を決意した。
三人が会社を見限って冷めた目で状況を見ているのだが、当事者……特に担当営業の橋本や開発を統括している部長の高橋が慌てふためいて必死で何かを探しており、情けないと思いつつ静観している。
顧客からのクレームなので事情は部長の高橋にも説明されているのか、今更言っても仕方がない事を喚いている。
「橋本君!君は、しっかりと仕様変更を室田に伝えたのか!」
武治が最後に作業を始めていた画面表示の部分に関する仕様変更について揉めており、納品前にプログラムがしっかりと起動する事だけを確認して顧客に提出した結果、要望の変更が全く行われていないと判明してお叱りを受けた。
顧客側も修正依頼が納期直前だった事から申し訳ない気持ちがあったのだが、話を受けた担当営業の橋本は全てを武治に投げるだけなので何も考えずに安請け合いして仕様変更を了承し、結果これ以上ない程のクレームを発生させてしまう。
「あ!ありました。部長、ありました。きっとこれです!あいつ、こんな所に保管していやがって!」
どうやら橋本は改定作業のフォルダーの中にお目当てのプログラムがあるのを発見して、文句を言いつつも安堵しながら起動する。
起動自体はするのだが、問題の二画面を一つの画面に統合する部分は作業を開始し始めた所で倒れてしまったので、そもそも画面が表示されない。
「ぶ、部長……あいつ、作業を終えていません!」
この一件を皮切りに、沢田や室田に丸投げしていた仕事、本来営業が行わなくてはならない仕事も滞り、慌てて経験者優遇と人員募集をかけるのだが……給湯室で現状を嘆いていた女性が転職活動をする際、転職サイトに自社に対する本音を記入したからか誰も応募する事はなかった。
他の社員も、失踪したと認識された二人と同等の仕事などできる訳も無く、年齢の割にスキルが上がっていない事から同業他社への転職もままならずに、会社は傾き始める。
「私達、来月末で退社させて頂きます。残り一月は溜まりに溜まった有休をとらせて頂きますので、よろしくお願いします。高橋部長!」
このフロアの数少ない常識とも言える三人の女性も次の職が決まって、容赦なく退職する旨を部長に告げる。
「す、少し待ってくれないか?待遇も、もう少し考える。頼む!」
自分は好かれていると思っている高橋だが現実は厳しく、鼻で笑われて没落が始まる。
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