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担当営業の余りにも勝手な言い分に唖然としている武治。
「……あれで、俺よりもはるかに稼いでいるんだよな」
部署によって各種の手当てがあるのも日本の企業では一般的なので、営業手当なるモノが担当営業の給料には加算されている。
手当の本来の目的は、初見の人物も含めた顧客から仕事を得る過程のストレスに対する対価なのだが、実際には非常にストレスのかかる部分は武治が全て受け持っている。
その上に営業として仕様変更を開発担当者である武治に確認もせずに了承した挙句、その内容を伝えていないのだから武治が唖然とするのも当然だ。
「でも、これがこの会社の実態……か」
何を評価するにも社内営業の成果、つまり上司に好かれているか否かで全てが決まるので最早改善の余地はないと諦めて作業を開始するのだが、プログラムの変更がそう簡単に終わる訳も無く、本来次の案件に手を付けるはずが全く進まないので、流石の武治も相当イライラしてしまう。
「……こんな会社、潰れちまえば良いんだ!」
転職するにも勇気がいるので、潰れてしまえば嫌が応にも就職活動をしなくてはならない環境になり、逆に踏ん切りがつくとまで考えている武治。
あまりにもイライラするので、時間はないが少しだけ休憩する為に背もたれに体重を預けた所で意識が飛ぶ。
―――ドサッ―――
あろう事かあまりにも過酷な生活をしていたのに加え、理不尽過ぎる対応をされてイライラが最高潮に達した為に脳の血管が切れて意識を失ってしまった。
この時間に同じオフィスにいるのは沢田だけで、これだけ大きな音がすれば異常に気が付き近づいてくるのだが、仰向けに倒れ込んで痙攣している武治を視界に入れても焦る様子もない。
武治の近くで座り込むと、完全に武治の命の鼓動が止まったのを見計らったように優しく話し始める。
「武治君。俺は過去に君の様な人?を作り出した罰でこの世界に飛ばされたんだよ。実際に体験する事が罰で指定期間はとっくに過ぎていたけど、我が身で体感してとんでもない事をしていたと反省したんだ。だから、こんな環境にいる君の仕事が少しでも楽になるように負担を受け持ったつもりだったけど、ダメだったね」
沢田と呼ばれていた唯一と言って良い武治の会社での拠り所となっていた存在は、着替えてもいないのにスーツ姿から法衣の様な服装に変わっており、その両手が優しく光り始める。
「地上にいる時には制約があるので制限された力しか使えないけど、君を若返らせて……少し前に提案した通りに異世界に送ってあげるよ。この世界にいたままでは若返っても環境は変わらないだろう?俺にできるのはそこまでだけど、向こうに行ったら今度こそ楽しい人生を送ってくれな」
この沢田、実際には人々から神と呼ばれる存在なのだが、神と言ってもボーっとしているわけではなく色々な仕事がある中で、部下を使い潰していた素行がバレて罰として地上に飛ばされていた。
正に今受けている対応と同等レベルの対応を配下の者達にしていたので大いに反省し、本当に生まれ変わっており、死亡しては神とは異なり絶対に生まれ変われない武治を不憫に思って異世界に飛ばすと、霞の様にオフィスから消える。
武治も沢田の手から発せられた光に優しく包まれると光の消滅と共に消えたのでその姿は無く、勿論月曜日納期のプログラム修正も本当に一部の修正を始めた状態で放置されている。
翌日は土曜日、翌々日は日曜日。
この間に納期が迫っている案件に対して担当営業から進捗に関する連絡が全くないのも凄いのだが、今までと同じくなんだかんだ言って対応したプログラムが出来ているだろうと言う甘えがあった。
出勤もいつも通り定時数分前、ギリギリの時間帯にオフィスに着くのだが、何時もと異なって非常にザワザワしている事に気が付き、毎週のように飲みに行っている上司の元に行って事情を聞く。
「おはようございます、高橋部長。なんだか騒がしくないですか?何かありました?」
「ん?おぉ、おはよう橋本君。どうやら室田と沢田がまだ出社していないので、珍しい事もあるもんだって話しているだけだよ。室田に至っては先週の金曜日に態度を改めるように指導してやったのに、理解できなかったのだな」
「それはふざけていますね。どうせ少しの寝坊だと思いますから、出社したら俺の方からもガツンと言っておきますよ」
武治に仕事を完全に丸投げしている橋本と部長の高橋は、自分が昇格した要因も社内営業であった事から、本来最も大切にしなくてはいけない部分を見る力が全く養われていないし、その経験も無かった。
周囲の役職者も同じなので改善できるわけも無く、相変らず武治は使えないと互いに認識して席に着き、何時もの何でもない日常が始まる……と思っていた。
「こんにちは!アレ?室田は?沢田もいないの?」
他の部署から仕事の相談でこのフロアに結構な人数が訪問してくるのだが、大概が武治と沢田に用事と言う名の仕事の押し付けをしに来ている。
今日は二人共いないので、全ての訪問者が目的を果たせずに自らの部署に帰る者、このフロアのトップである部長の高橋に相談する者に分かれる。
「高橋部長。例の大口契約の件を室田に頼んでいたのですが、納期は明日です。進捗分かりますか?」
この営業も武治に仕事を丸投げしている人間で、橋本とは異なって納期について確認する常識は持ち合わせていたが、高橋が武治の抱えている仕事を把握している訳も無く、何も情報を得られずに不安そうな表情のまま帰って行った。
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