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同期と武治が共に地方に出張に行くのだが、同期は残って武治だけ会社に戻って仕事をすると言っている。
これだけで同じ環境にいる先輩の立場である男性は、全てを理解する。
同期は地方を満喫する為に一泊し、武治は仕事に追われて一泊すらできずにとんぼ返りして、このフロアで仕事をする事になる……と。
もちろん同期は地方を満喫する余裕のあるスケジュールを組んでおり、顧客の対応は挨拶程度で後は武治に丸投げ、その後に何も予定を入れていないのは過去の経験から説明を受けるまでも無く把握している。
「そうか、大変だな。俺も明日は残っているから、何かできる事があれば言ってくれな?」
この一言だけで本当に頑張っているのを理解してもらえると感謝しているのだが、本来は武治なりこの先輩なりを査定している上司、更には同期を査定している上司が現実をしっかりと把握して反映していないのが諸悪の根源だ。
残念な事に、この程度……の表現になってしまうのだが、相当な割合でこのような事は起こっている。
現実的に全ての不平不満に対応して万人が納得する対策などできる訳もないのだが、明らかに会社の益になるべく必死で仕事をしている人が評価されず、社内営業に精を出している人物が早くから昇進するのは良く見られる現象だ。
大概そのような会社は業績が右肩下がりか、社内風土が悪く離職率が上昇する傾向にある。
近年ではスマホの普及により手軽に世界の情報が仕入れられるので、同じ日本国内の会社の評判など、全てが事実かどうかはさておいて容易に仕入れる事は可能だ。
先輩の他にもう一つの心の拠り所として武治は何となく転職サイトに登録しており、登録する事によって現職又は退職済みだが社員として働いていた(る)人物による会社に対する本音が赤裸々に綴られている内容を、全て見る事が出来る。
会社でそのようなサイトにアクセスする訳にも行かないし時間も無いのだが、本当に時折休める日は疲れ切って何もする気が起きないので外に出るでもなく、勿論電気工事士の勉強をする気力もないのでスマホを弄っている。
「早く試験に受からないといけないのに、困るよなぁ~」
土日と言っても間違いなく土曜日は出勤し、日曜日も月に一度休めるか休めないかで仕事をしているので、勉強する気力がわくはずもない。
現実が見えていない上司は、単純に電気工事士の試験に合格していない結果だけを厳しく攻めて来る時があるのだが、武治が開発したソフトウェアの量を見てどこに勉強する時間があるのか、寧ろ試験を受ける時間があるのか問い詰めたいと思った事は数知れない。
「ははははっ、自由な企業風土。成果に応じて公正な評価。本当に笑えるよ」
何となく自社のホームページを覗いているのだが、現実とはかけ離れた内容が記載されているので気分が沈み、心の支えとなっている転職サイトの評判の項目を覗く。
「これが現実だよな」
武治や先輩と同じ境遇にいた人物は多数存在するので、既に転職済みの面々が在籍中には言えない本音を曝け出している。
・パワハラが存在しているが、コンプライアンス担当部署は調査すらしない上に、こちらを責めて来る
・上司にゴマをする社内営業が盛んで、本当の業務を行っている人物は全く評価されずに働き蜂状態になる
・訳の分からない資格を取るように強要されるが、現実的には資格を活用する部署は略無いと言って良い上、手当も何もない
・上司は全く責任を取らないばかりか、成果は取り上げて責任は部下のせいにする
・能力のない上司に目を瞑り仲良くなれれば、過ごし易い会社ではある
・上司との面談時、本音を言えと言われてオブラートに包んで少々不満を伝えたら飛ばされた
肯定的な話が全くない記載に同意しつつ、現実的には転職サイトに登録しない限りはこの内容全てを読めないながら会社の業績は悪化する一方で離職率が上昇し始めている為、上司、更にはその上の経営層にも現状は分かりそうなものなのだが、当人達も全てとは言わないが社内営業でのし上がってきた立場の為に有効な対策を打てるわけもない。
この会社で生き残るには不条理を受け入れて黙々と仕事をするか、必死でゴマをすって認められるか……の、二つに一つだ。
「はぁ~、こんな事をしても何も変わらないよな」
スマホを床に放り投げてベッドに横たわった武治は、度胸のない自分は永遠にこのままなのだろうなと漠然と思いながらも疲労からかいつの間にか眠りについていた。
「久しぶりの休みなのに、何もできなかった!」
通常よりは早く寝てそのまま寝続けてしまったので、習慣になっているのかいつも通りに早く起きる事は出来たが……本来の予定であった洗濯やら掃除やらが全く手つかずのまま出勤する羽目になる。
「武治君。週末の部の飲み会、行けるのかい?」
武治が仕事をしていると、二番手に出勤する先輩の沢田が週末の予定を確認しているのだが、内容とは裏腹に表情は暗い。
沢田自身も同じ状況なので、今抱えている仕事量であれば定時後の飲み会など参加する余裕がない事は明白だからだが、不参加であればその不参加と言う事実だけが重くのしかかり、更に上司からの心象……すなわち評価が低くなる。
共に全てを理解しているので武治は心に“もや”がかかり問いかけに答えられるわけも無く、沢田も余計な事を聞いてしまったと反省して、自ら結論を告げる。
「俺もだけど、行けるわけもないよね」
自分も同じだと告げる事で少しでも武治の心が軽くなればとの思いもあるのだが、評価はされず日々仕事だけが増えて行く毎日に心が潰れかかっているので、やがて爆発する時が来てしまう。
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