36 トラウマ(注一部残虐表現あり)一部残虐表現あり)
※アリエルの夢ですが残虐表現があります。苦手な方は※印までスクロールしてください。
内容はバッドエンドのトラウマです。
地下室。
かろうじて人の顔が認識できるほどの魔灯が天井についている。
積み上げられた石壁に空気穴は見当たらない、それでも生きていられるのは計算されたわずかばかりの隙間が設けられているのだろう。
いっそ、息ができなければ死ねるのに。
己にかけられた魔力封じを噛みちぎってから両手は革手袋をされ、はずれないように包帯でぐるぐる巻きにされている。
私は場違いに豪華なベッドに、身を丸くして眠ることしか許されなかった。
モゾモゾと寝返りをうつと足に付けられた鎖がじゃらじゃらと音をたて痩せ細った足首に食い込む。
もうすでに痛みは感じない。
いや、痛みだけじゃない、汚物の臭いも、けがわらしい獣の気配も全く気にならなくなった。
それよりもおぞましいものが、わたしのお腹のなかでうごめいている。
「助けて」
その言葉は今では「殺して」と願うものに変わった。
時が流れ、目玉しか動かせなくなっても私はまだ死ねなかった。
目の端には膨らんだ腹が見えたがもう何も感じない。
だがいよいよだ。
かつて勇者だったものの姿をした災いが、私の横に佇んでいる。
やっと死ねる。
悲しくも嬉しくもないだろうと思っていた。
何も残っていない空っぽの器でしかないのに、それでも、唯唯怒りが湧いて来た。
しかし、それもしばらくすると消えていく。
死すらどうでも良くなった頃。
両足が腐り落ちた。
続いて右腕が……。
身体が腐り始めたからか、腹から何かが這い出て来た。
笑っている様に見えたが、どうでもいい。
這い出て来たものに身体を餌にされるのか、と思ったが私の横で佇んでいたものがすっと手を伸ばす。
その手の甲には藤色の魔法封じが薄明かりの中はっきりと浮かんで見えた。
無造作に、《《それ》》を抱き上げしげしげと眺めている。
これで私の役目も終わった。
苦しみからの解放を待っていると、ぐるぐる巻きにされた革手袋と一緒に残っていたもう片方の腕が、ぼとりと床に落ちる。
その時、私の中で封印された魔力が解放されて弾けた。
今更だ。
それが最後の思考で、私は魂ごと消滅した。
もう永遠に苦しまなくていい。
※
「キャァぁぁぁ!」
私はベットから飛び起きると月明かりのさす部屋を見回した。
バンっと勢いよくドアが開き「姉さま!」とユーリが駆け込んでくる。
私以外誰もいない部屋を確認すると、ユーリはボロボロと涙を流す私を抱きしめようと手を伸ばす。
「嫌!」
近づく手が恐ろしくて、ベッドの端まで逃げてうずくまる。
「嫌、嫌、嫌」
目をきつく閉じて、首を左右に大きく振りながら恐怖を振り払う。
あれは夢、あれは夢。
何度も呪文のように唱えたが、どうしてもあれが夢だとは思えない。
「姉さま、僕です。ユーリです。わかりますか?」
「ユーリ……」
「そう、弟のユーリです」
「弟……」
「大丈夫ですか?」
そっと頭を上げると、心配そうなユーリの顔がある。
「うぅぅぅぅ」
優しく背中をさすられ、私は大声で号泣した。
「姉さま、大丈夫です。そばにいますから。誰も姉さまを傷つけさせたりしません」
「ダメよ。ユーリ。私は殺されちゃう」
「そんなこと絶対させません」
未だガタガタと震える手を握りしめてくれるが、さっき感じた恐怖はなかなか消えない。
「無理よ。無理。どんなことをしてもシナリオからは逃げられない」
なぜ避けられると思ったんだろう。私は無力なのに。
「姉さま……」
ユーリが悲痛に私の名を呼んだ時、ベッドの横に誰かが立った。
その気配に耐えきれず、私はユーリの手を振り払い、ベッドから飛び降り入り口へと駆け下りた。
が、足に力が入らず、ベッドから落ちそうになる。
「あ」
落ちる!
衝撃を覚悟したのに、すんでのところで逃げ出そうと思っていた人物に抱き抱えられる。
「ヒィィィィィ」
声にならない叫びをあげ、死に物狂いで手足をバタつかせる。
《《彼》》から逃げ出さないと!
殺される。
「仇桜にやられたんだな」
そう耳元で声がしたのと同時に、胸の中の恐怖がスッと消えた気がした。
「何も考えず眠った方がいい」
「嫌、眠りたくない」
それなのに、意識が引きずられて目が開けていられない。
「安心しなさい。もう夢は見ないから」
無の中に私は落ちていった。




