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32話 気づかないうちに出会いフラグ回収

 善は急げ。

 ユーリの気が変わらないうちに、護衛数名を連れてマギ様の師匠だという魔術師が住む山のふもとまで向かった。

 結界の入り口を探すと、テンプレ通り、流れ落ちる滝の裏に結界を見つける。そこからは護衛を返してユーリと二人で馬に乗り登っていく。


「どのくらい歩けば着くかもわからないなんて聞いてない」

 相変わらずユーリは文句を並べていたが、数時間も歩くとどこか楽しそうに手綱を握り、通り道に生える薬草や花の名前を教えてくれる。


「詳しいのね」

「そりゃね。これでも商会ではもう戦力なんだよ」

 それは知ってる。ユーリが使うものは同年代の令嬢に大人気だそうで、この年にしてすでに《《たらし》》だとお父様が言っていた。


「姉さま、見て!」

 ユーリは弾んだ声で前方を指差した。

 つられて見ると、道の先にピンク色の花を咲かせた木が立ち並んでいる。


「桜だ……」

「綺麗!」

「うん、こんなにたくさんの桜を見られるのは珍しいな」

 私達は馬から降りて、二人手を繋ぎ桜のトンネルを歩いた。


 不思議だ……私の見た目は日本人じゃないし、間違いなくこの世界で生まれたのに、何故か桜を見るともう二度と会えない人を思い出す。


 恋しい気持ちがずっと心の底に眠っていて、今だけあの時とつながった不思議な感覚。


 桜。


 人生で繰り返し訪れる別れと出会いの予感がする花。

 そしてどんなに悲しい時でも春を告げる花。


 会いたい人がいる、別れを言うこともできなかった別の世界の愛する人達。

 彼らもどこかで桜を見て思い出してくれているだろうか。



「姉さま。大丈夫?」

「え、うん。大丈夫。あまりに綺麗で見とれていた」

「それならよかった。なんだかこのまま消えてしまいそうで心配した」

 鋭いな。私の心がこの世界から逃げ出したいと思っているのが伝わったのだろうか?

 ユーリを安心させたくて、握りしめられていた手をギョッと強く握り返す。


「桜を見るとわけもなく心が苦しくなるよね」

「心が苦しい? 何か悲しい思い出でもあるんですか?」

「ううん。悲しいんじゃなくて、ただ胸がギューッと締め付けられて、感情が押し寄せてくるような」

「難しいですね。あ、でも僕は桜を見ると、姉さまを思い出してました」

「私?」

「ほら、姉さまの瞳と同じ色だ。だからサクラを見ると会いたくて、恋しかったです」

「そんなことを真面目な顔で言われると、照れるじゃない」

 私は、プイと顔を背けて、どんどん桜のトンネルをユーリの手を引いて進んでいった。


 恋しいか……。



「あ、見て、ユーリ」

 私達は崖のつき出したところに、絶妙なバランスで鎮座する落ちない大きな岩を見つけた。


 その上に座る人物を警戒し、ユーリが私を後ろにかばい剣を抜く。

 同じくらいの年頃の少年は驚いた顔でこちらを見て「もうついたのか」と呆然としていた。


 ?

 泣いてた?

 目じりに光るものが見えたような気がするけど。ユーリを見つめる瞳には、少しの隙もなく警戒されている。


「剣を収めろ、怪しいものじゃない。俺はこの山で修業をしている。この山に入れるのは招かれた者だけだと知っているだろ」

 確かにその通り。

 森中に張られている結界のおかげで、人間どころか獣ですら入り込めないそうだ。お父様も今回はこの森に招かれなかったので入れないと言っていた。それで結局ユーリと二人で来ることになった。


「お前たちがこの森に入って来たのは今日の朝だろ」

 朝いちでこの山に登れるように公爵家をまだ暗いうちに出発した。

 すでに、日はだいぶ傾いているので6時間以上は山道を登ってきたことになる。もしかして、この少年はいつまでたってもつかない私たちを心配して迎えに来てくれたのだろうか。



「君は……」

 何か思いついたのか、少年が目を細めて私たちを眺めて、おもむろに私に手を差し出してきた。


 バッシっと、容赦なくその手をユーリが叩き落す。


「姉さまに近寄るな」

 感情は押さえているようだが、怒っているのがまるわかりである。

 普段は鉄壁の商人スマイルで他人に怒ったところを見たことがないのに、私が絡むとタガが外れてしまうらしい。

 相手の少年も、ユーリに負けず劣らず綺麗な顔でいきなり戦闘態勢のユーリを睨み返している。


 それにしても、なんだこの状況は……これって、私のために喧嘩は止めてってやつよね。

 やれやれ。


「ユーリ、誰かれかまわず噛みついて行かないの。ごめんなさいね。到着が遅れていたから、迎えに来てくれたのでしょ」

「そういうわけじゃないが、どうやら俺は君を案内する役目らしい」

 不愛想だが悪意は感じられない。


「姉さま、そんな奴信用するんですか?」

「ユーリ」

 少し、声に圧をかけて名前を呼ぶ。

「……」

「もう、何がそんなに気に入れないんだか知らないけど、私は行くからね」

 珍しく反抗的で子供っぽいユーリを置いて私は少年について歩きだした。すると、ふてくされながらも仕方なさそうに、ユーリが私の後ろをついて来る。



 その時、前方で「金魚のふんだな」と小声が聞こえてきて、またもやユーリが剣を抜いた。


 はぁ~。

 到着する前から、なんでこんなに疲れるんだろう。

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