24話 王子様は乱暴者
私とマリアンヌ様の様子を固唾を飲んで見守っていた参加者たちも、和やかな空気に興が削がれたのか、視線はユーリとソールに注がれている。
その熱い眼差しに圧倒され、ユーリが一歩後ろに下がった。
「あの、もしよろしければ塀の向こうの庭園を見せてもらっていいですか?」
私は古い煉瓦塀をチラリと見てお願いしてみる。
「勿論です。あちらはオールドローズばかりなのもあり今日は開放してないのですが、素朴で落ち着きます。ぜひご覧になってください」
令嬢たちの視線を避けるために聞いてみたのだが、入り口に着く前にわらわらと集まってきた集団にユーリとソールは囲まれてしまう。
ご愁傷様。
憐れみの目を向け、リリーとマリアンヌ様と3人で見学することにした。
「うわぁ、すごい。お庭の中に隠れ家があるなんて」
私はお世辞じゃなく心からワクワクして、ツル薔薇に隠れたドアをくぐった。教えてもらわなければここに扉があることはわからなかっただろう。
そこは古い煉瓦に囲まれたまさに秘密の花園。
「素敵……」
「ふふふ、ありがとうございます。ここの煉瓦塀は300年ほど前に作られたままほとんど手を加えていないのですよ。当時の当主が夫人のために作ったとされていて、ここだけは改築せずに残してきたそうです」
なるほど、崩れ落ちそうな煉瓦をツル薔薇をささえるネットで自然に補強されている。
しかも、あちこちかけた煉瓦の破片が一つも地面に落ちていない。
ここの庭師の愛情が伝わってくるわね。
「ガゼボはありますか?」
「ええ、あちらに。ただ、今は修繕中で使えません」
「そうなんですね。残念です」
「でも、庭師が今日あたりル・ルージュ・エ・ル・ノアールが咲くかもしれないって言っていました」
「ル・ルージュ・エ・ル・ノアール?」
なんとも舌を噛みそうな名前だ。
「ええ、ご存知ですか?」
「いいえ、リリーは知っている?」
知っていて当然という口調だったので、有名な薔薇なのだろうかと思ったが、リリーも知らないようで首を横に振る。
「こういえばきっとお分かりです。美女と野獣のモチーフになったあの薔薇です」
「ああ、あの赤い薔薇ですね。ぜひ拝見したいです」
「こちらです」とマリアンヌ様がにこにこと私の手を取り歩き出そうとした瞬間。
「アリエル エルドラ! お前ここで何をしている」
突然誰かがそう叫び、私の腕を掴み捻じ上げた。
「キャァァ」というリリーの悲鳴と「殿下」という険しい非難の声が同時に聞こえたが、私自身は痛みで声を発することができなかった。
それなのに王子はさらに掴んだ腕に力を込め「何を企んでいる」と大声で怒鳴りつけ、私を思いっきり突き飛ばした。
石畳に叩きつけられて、痛みで地面にうずくまる。
「アリエル様!」
リリーが泣きそうな声で私に抱きついてきたが、息が上がって安心するように言ってあげられない。返事の代わりにがたがたと震える手をそっと握り返す。
嘘でしょ!
学院での断罪シーンでもあるまいし、何で王子に突き飛ばされてるの?
どうすべきか考えていると、誰かが私と殿下の間に割って入った。
「殿下、無抵抗の令嬢にこのような暴力、お気は確かですか?」
マリアンヌ様が両手を広げて立ちはだかっている。
何で?
ヒロインが私を庇うの?
何だかもうめちゃくちゃ。
「マリアンヌ、こいつは魔女だ」
「は?」
淑女らしくない声を発して、マリアンヌ様は深いため息をついた。その様子を見て慌てて王子は私を指差して叫ぶ。
「マリアンヌ、騙されるな。こいつは膨大な魔力で黒魔術を操る。悪事ができないよう封印された魔女だ。お前に嫉妬して殺そうとしているに違いない」
何言ってるんだこいつ。
怒りを通り越して呆れてしまう。
私が魔女?
黒魔術?
そんなこといったい誰に吹き込まれたの?
一国の王子が、何もしていない令嬢に対して罵倒したあげく暴力をふるうなんてやっぱりここは乙女ゲームの世界。
もしかしたら、現実に人々が生活し暮らしている世界なら、良識的に断罪なんて起きないんじゃないかと思っていたけれど、それは希望的観測にすぎなかったらしい。
少なくとも後先考えずに、手を出してくる王子がいるかぎり、本格的にゲームが開始すれば断罪は起こるだろう。
気を引き締めなくては。
「殿下。殿下のお言葉にはこの国をも動かす力がございます。忠誠を尽くす家臣に対してそのようなお言葉、エルドラ公爵家に反旗ありと疑っていると、とらえられかねません」
凜とした声で私をかばってくれるマリアンヌ様の姿はまさにヒロインと言っていいほど神々しい。
もう、どうして悪役令嬢を庇ってくれるか分からんけど、ヒロインはまともだって言うのはわかった。
「グッ……」
さすがにエルラド公爵家を表だって敵だと言うのはまずいと思ったらしく、王子は言葉に詰まる。
これ以上、手を出すつもりがないのを見て、マリアンヌ様が私の横にかがんだとき「姉さま!」とユーリが慌てて駆け寄って来た。
「殿下、これはいったいどういうことですか」
地を這うような声はとても王子に対しての言葉とは思えないほどに冷たい。




