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20話 誘拐事件を解決


「姉さま無事ですか!」

 ユーリがドアを蹴破けやぶるように乱暴に開けると、トルソーをなぎ倒して部屋に入って来た。

 すぐ後ろにはユーリに続いてスティーブや数人の護衛、女装したソールまで剣を握りしめており、せっかくの新作の衣装を着せた木製のトルソーがボディと足で折れて床に転がっている。


「ユーリ!」

 私はほうばっていたいちごタルトをなんとか飲みこむ。


「なんて乱暴なのよ」

「『乱暴なのよ』じゃないです。いくら待っても戻って来ないし、外に出た様子もないので誘拐されたかと思うじゃないですか」

 おでこにびっちり汗を滲ませ、近づいてくるユーリの顔には安堵の表情が浮かんでいる。

 相当焦って探してくれたのだろう。


「あー、ごめんなさい。みんなも心配かけたわね。ちょっと取引の話をしていたら長引いちゃって、もう少しで終わるから上で待っていてくれないかしら」

「取引なら、なんでこんな怪しい地下室に来て話しているんですか? 僕も話を聞きますから」

 ユーリが有無を言わせずに私の横に座る。


「もちろん俺も残る」

 ソールまで私の横に腰を下ろするので、あわててリリーの所に戻るように言ったのに、「リリーなら、他の護衛がついている。俺がこの格好をしたのはアリエル嬢から離れない為だったんだから、絶対にここにいる」とてこでも動かない様子だ。


「あの、こちらソール様で?」

 デザイナーのマズリーが驚きに目を見開いている。

「ごめんなさいね。だますつもりはなかったんですけど。女性しか入れないところもあるでしょ」

「意味はなかったみたいだけどね」

 ソールが試着室に入るのを断固拒否したのは自分のくせに、ユーリは涼しい顔で嫌味を言う。


「さあ、姉さま。そんなことはどうでもいいですから。こんな所で何を話しこんでいたのかお聞きしたいです。本当に誘拐ではないんですね」

 話を促すユーリは、もういつもの外面のいい公爵令息の顔をしていたが私にはわかる。

 これは怒っている。

 逆らわないで、ここは話を進めた方がいい。


「もちろん誘拐なんかじゃないわ。マズリー、さっきまでの話を簡単に説明してあげて」


 *


「つまり、公爵家の情報部が探ることができなかった情報を渡したかわりに手下てしたになりたいと?」

滅相めっそうもない。わたくしどもは今もこの店周辺を取り巻いているユーリ様の傘下の者たちに目をつぶっていただければ、決して害になるような行動はしないとお約束したいだけです」

「君たちを見過ごす理由にはならないよ。確かに、姉さまを暗殺しようとした人間の名前までは特定できなかったけど、モジュル出身とわかった時点で、黒幕はわかったからね」


 ん? 暗殺?

 あの護衛騎士はスパイの為ではなく、私を暗殺するためだったのか。

 じゃあ、あの時、矢での襲撃は結果的に私を助けたことになる。


「では、やはりあの後ルクソク辺境伯が亡くなったのは、事故ではないということですか?」

「矢での襲撃犯はわかったの?」

 ユーリはマズリーの質問には答えずに、質問で返した。

 それって、肯定してるのと一緒よね。


「それはわかりませんでした。ですが、公爵家にとっても平民からの情報は集めるのにも手間がかかると存じます」

 食い下がるマズリーに必死さは感じられない。

 公爵家の情報部はほとんど貴族相手だけれど、平民がもたらす情報が役に立つとも思えない。

 なんで、こんなにマズリーは余裕なのかしら?



「所で作業場に降りる階段は、見つけづらかったようですね」

「……」

「《《デザイン》》を盗む輩もおりますので複数人で見張っております。もちろんユーリ様隠すつもりなど全くございませんが」

「なるほど……この店の周辺に暮らしている魔力持ちはここの所属なのか?」

 ユーリの言葉に、マズリーがほくそ笑んだ気がした。


「人数は?」

「それはお教えできませんが、平民の魔力持ちはこの世界ではとても生きにくいのです。勿論すべて、仲間と言う訳ではありませんが協力してくれるものは多いです」

「わかった。この店については目をつぶろう」

 ユーリは、少し考えてからマズリーに小さな魔法石を渡した。


「急な知らせがあるときはこの石を門番に」

「承知しました」

 恭しくお辞儀をしたマズリーはとても満足げだった。


「ユーリ、いいの?」

「はい、王宮魔術師が言っていたでしょう。『怪しい魔法の気配はなかったけど、魔法の気配はそこら中にある』って。貴族相手の店が多いといっても魔法を使う人間がこれほどこのエリアに集まるのは変だなと思っていたので、理由がわかってよかったです。それに魔力持ちは戦力になる」

 そうなんだ。

 まあ、ユーリが満足そうなのでいいか。


「改めまして、こちらはほんのお土産です」

 マズリーがさっき私にくれたメモとは比べ物にならないくらいの資料の束をユーリに渡した。

 横から覗くと、多くの貴族の名前が書かれ、ちょっとした不正や内情が書かれている。貴族とはいっても王都にいない者、王宮に出入りできないような者たちばかりだけれど。


「どうしてこれを先に出さなかったの?」

 罪に問うほどでもないが、ゆするには十分な内容に思える。

 あんな古い事件より、よっぽどこちらの方が価値がありそうなのに。


「アリエル様。ユーリ様にとって何より優先される情報はどんなに古くても、アリエル様の情報だと思ったからです」

 ふふふ、とマズリーは悪戯が成功した子供のように笑った。

 もしかしたら、マズリーは見た目より若いのかもしれない。


「それにしても、ユーリ様。どうしてわたくしどもの店に目をつけられたのでしょう。長年この場所で商売をしておりますが、誰にも気づかれたことはございません。公爵家の情報部にもです」

 ああ、気になるよね。

 でも、まさか誘拐事件がありそうだからなんて言えない。


 マズリーがくれた情報も誘拐事件とは関係ないものだったんだから、もう大丈夫よね。


「あの、ちょっと聞きたいのだけど、平民の間で私に恨みを持っていたり、誘拐しようと企んでいるものはいるかしら?」

「いいえ。アリエル様を悪く言うお方など聞いたことはございません」とマズリーは、不思議そうに首をかしげた。


 やったぁ!

 誘拐事件については未然に防ぐことができたみたいね。





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