15話 ソールの闇落ち阻止 4
「お疲れさまでした。完成しましたらお屋敷の方までお届けいたします」
テキパキと採寸し、身支度を手伝ってくれたのはこの店でも売れっ子デザイナーだ。
「お近づきの印に一つ」
欲にまみれた瞳に映っているのは「お客さま」なんかではなく、幼く傲慢で愚かな獲物だったのだろう。
「お嬢様が先日鞭うちした下女が死んだそうです。その恋人が何やら数人連れて店の前をうろうろしておりました」
「何故そんなことを?」
「私どもがお売りするのは、ドレスや宝石だけではないとお話したかっただけです」
「そう、わかったわ。入用の時は連絡すればいい?」
「はい、お待ちしております。今日は護衛騎士様が一緒ではないようですが、お屋敷に呼びに行かせましょうか?」
「いいえ、大丈夫よ。あの子と一緒に帰るから」
私の前に採寸していたソールが溺愛している妹、リリー ブラトリー伯爵令嬢を指さした。
アリエルは彼女のことが気に入らなかった。馬鹿にするようにいつも睨んでくるソールの妹。
「お姉さまと違いすでに魔法も使える貴重な人材です。貴族の中でも注目の的だそうですよ」
ユーリの誕生会で、得意げに紹介された時から絶対に許さないと思っていたのだ。
「今日はドレスを取りにいらっしゃったのですか?」
「アリエル様。ごきげんよう。はい、私の誕生パーティーに着る予定のドレスが完成したと聞き受け取りにきました」
ゲームではここで選択肢がわかれる。彼女と共に伯爵家の馬車に乗せてもらい送ってもらえば、リリーの好感度が一つ上がり、断罪時《《一言》》擁護してもらえる。
リリーを言いくるめて公爵家の馬車に乗せれば、彼女は身代わりとなり誘拐されてしまうが悪役令嬢のレベルが上がる。
断罪時たった一言、言ってもらったところで何も変わらないので、たいていのプレイヤーはリリーが誘拐される選択をする。
もちろん私も悪役令嬢のレベル上げにした。
*
なんてことをしたんだ私。
イヤイヤ、あれは普通にゲームの選択だから。
現実じゃない。
「……さま。……さま。姉さま」
考え込んでしまった私を心配そうにユーリが呼んでいる。
「あ、ごめん。ちょっと整理していた」
「お顔の色が悪いです。少し休憩されてから続きを話されては?」
アロマがユーリと私の話をさえぎる。
雑談している時ならまだしも、真剣な話の途中で、アロマは私達の話をさえぎることはない。
よほど私の顔色が悪いのだろうか。
「大丈夫よアロマ。心配してくれてありがとう。リリー様はご自分の誕生日パーティーのドレスを取りに来たって言ってたわ。それで何故か私の馬車に乗って公爵家に向かう途中、誘拐されるのよ」
「何故、リリーが公爵家の馬車に? 姉さまは一緒じゃないんですか?」
立て続けにユーリが質問してくるが、わざと自分の身代わりに公爵家の馬車に乗るよう仕向けたとは言えない。
実際にまだ起きておらず、夢での出来事なので隠す必要はないと思っても、正直に話すことはできなかった。
「ユーリ様。あくまでもこれは夢の話ですから。つじつまが合わなくてもだいたいの流れがわかれば対策が取れます」
スティーブが興奮気味のユーリをなだめてくれる。たぶん今までの夢もそれほど具体的ではなかったのだろう。
「リリー様のお誕生日だと分かれば対策は取れます。まずは旦那様に相談し、ブラトリー伯爵家にリリー様の身の回りに注意するように話してもらってはどうでしょう」
「そうだね。うちの情報部からだといえば、伯爵家も警戒してくれるだろう」
「はい。時期が近くなれば相手の動きもつかみやすくなります。そうすれば、もう一度伯爵家に報告すれば阻止できるかと」
「じゃあ、スティーブからお父様に報告してもらえる?」
「承知しました」
スティーブが緊迫した様子で部屋から出ていくと、何故かユーリが私の手をギュッと包み込むように握りしめた。
視線を落とすと、自分の手が震えていることに気が付く。
「姉さま。怖かったでしょう?」
夢見の話はユーリは今日初めて聞いたはずなのに、優しい声は全く私を疑ってはいなかった。
「でも、大丈夫。姉さまのことは絶対に守りますから」
そうだ。スティーブもいるし。今の公爵家のみんなが私を守ってくれるという事は確かだ。
それに……こわいのは誘拐犯じゃない。自分自身だ。
私はゲームの中で悪役令嬢を選択してプレイしていた。
乙女ゲームというより冒険ファンタジーに近かったので、最強の魔力を持つ悪役令嬢はレベル上げに成功すれば無敵のキャラなのだ。
現実ではありえない悪行の選択もドキドキしてスリルがあった。
リリー様を切り捨てた時も、もっと酷いことも、まったく罪悪感なくレベル上げを優先して選択した。
本当にあれはゲームの中だけの選択だと言えるだろうか?
この世界の悪役令嬢に転生してしまったのは、本質が似ているからじゃない、と断言できる?
絶対にそんなことはしない。
私は心の中で何度も繰り返した。