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9話 攻略対象の幼少期は眼福です。

 庭に現れたのは、騎士団長の息子ソールだった。

 彼は私と同じ11歳で騎士団長が若い時、お父様の警護をしていたこともあり、一つ下のユーリとは兄弟のように育った。

 勿論、領で暮らす私とはほとんど面識はないが、今まで姉弟仲が良くなかったことは察しているようだ。


「突然の訪問お許しください」


 ゲームでは攻略対象の幼少期は描かれていなかったけれど、これはなかなかどうして、眼福です。

 ゲーム開始時では、長く伸ばした若草色の髪をひとつに束ねており、前髪に隠れた位置にある眉の傷が妙に色気をさそっていた。


 妹を亡くしたことから人を拒絶し寄せ付けない冷徹人間で、15歳にして陰のある謎めいたところが大人の女性層に人気のキャラだった。


 今は、髪を肩で切り揃え、歩くたびにさらさらと風に揺れる。

 将来すらりとした長身になるなど想像できないほど小柄で、気にしているのかやけに大人びた話し方をする印象だ。

 ぷっくりとした頬っぺたと、薄くピンク色づいた唇、長い若草色のまつげの隙間からのぞく大きな水色の瞳は雪解け水のように澄んでいた。

 不愛想な顔にたまらなく萌える。

 何故だろう、ツンツンして真っ赤になって怒る姿が無性に見たい。


 そういえば15歳のソールは、いつも制服か騎士見習のきっちりした詰襟の服を着て、一分いちぶの隙もなかった。今日はこの後ユーリと剣術の練習をするためか、真っ白いシャツにスラックスと普通の少年に見える。

 今のソールならひれ伏せられそうなのも、いじめてみたい衝動にさせる原因かも。





「お久しぶりです。アリエル様」

 ソールは無表情に私の側までくると、ニコリともせずに軽く礼をした。

 私のことは「大嫌いだ」と顔に書いてある。

 ありゃぁ。見た目こんなに可愛いのに性格は設定通りなのね。


 だいたい、久しぶりと言っても、私の誕生日パーティーに来ていたし、なんだったら週に数回ユーリの剣術の相手をしに来ているけれど、一度もお茶の席に現れたことはない。


「ユーリならもう訓練場に行ったわよ」

「承知しております。今日はアリエル様に一言お話しがありこちらに寄らせていただきました」

「えっ! 私に?」

 一体なんなのよ。その表情からして、いいことでないことはわかるけど。しかも、何そのしゃべり方。いやに丁寧なのがかえって刺々しい。


「お話しなら一緒にお茶しながらお聞きするわ」

「いえ、お時間は取らせませんので、このまま」

「そう……ではどうぞ」

「ユーリをあまり振り回さないでいただきたいんです。アリエル様にはわからないかもしれませんが、王都ではいろいろ付き合いもあります。学院に入学する前に人脈も作らなくてはならないし、魔法も剣術の稽古も立場上(おろそ)かにできない。わがままで邪魔するのなら、さっさと領地に帰ってくれませんか」

 あまりの言い分に、私はソールの顔をまじまじと見た。


 真っ直ぐに私に向けられる瞳は、自分は正しいことを言っていると疑っていない目だ。

 なるほど。私はこんな小さな時から攻略対象に嫌われていたのか。

 それにしても、前世を思い出す前ならともかく、今はこれといってわがままは言っていないはず。





「ソール」

 私がなんと返事をしようか考えていると、訓練場の方からユーリが走ってくるのが見えた。


 息を切らせて私とソールの間に割って入ると、怖い顔で睨みつける。


「姉さまに余計なことをいうなって言っただろ」

「俺は余計な事など言っていない。ユーリが人の集まる場所に来なくなったのも、殿下と距離を置いてるように見えるのも、令嬢のせいだろ」

「違う! そうやっておまえはすぐに暴走するから。じっくり時間をかけてわかってもらおうと思ったけれど、こんなふうに突然お姉さまの所に押し掛けるなら、今後一切ソールはこの家の出入り禁止だから」

 いつも温厚なユーリのそんな怒った声は聞いたことがなかった。

 びっくりして、ユーリの背中越しにソールの顔を見ると、さっきまでの威勢が見る影もなく無くなり、不満そうに口びるを嚙みしめている。


「だって、お前、いつもそいつが王都の屋敷に来たら元気がなかったし、たまに見かければ意地悪ばかりされていたじゃないか。この前は殿下に取り入ろうとしてたし……」

「それ以上言ったら、ソールとは絶交だから」

 ぴしゃりとユーリが語句を強めると、ソールは訳が分からないとばかりにグッと手を握りしめて悔しそうにユーリの腕をつかんだ。


「なんで……」

 消え入りそうな言葉を、ユーリはつかまれている腕に視線を落とし、すっと引いて拒否した。


「姉さまは僕のことを愛してくれていた。それに意地悪をしていたのは僕の方だし、ソールも殿下も誤解している」

 ちょっとまて、いつの間に私がユーリを愛していることになってるのだろう?

 まあ、家族愛も愛だけど、それこそ誤解を招く言い方はやめて欲しい。


「はぁ? 誤解? そんなわけあるか。あのパーティーでの発言だって、明らかにマリアンヌ様への嫌がらせと、公爵家の権力でお妃になる魂胆だったんだろ」

「ソール、君とは今日限り絶交だから」

 その場の全員が凍り付きそうな目でソールを突き放すと、ユーリは私の手を握りしめ、そのまま屋敷の方に引っ張り歩いて行く。


「ちょっと、待ってよユーリ!」

 まだ、ゲームも始まっていないのに、私のせいで攻略対象同士が決別なんてことがあっていいわけない。

 このままではどんどんシナリオから外れていって、あちこちにあるバッドエンドを避けられないじゃない。


「何ですか、姉さま」

 振り返り、首をかしげて笑うユーリは先ほどまでの悪魔のような顔が嘘のように甘い。


「絶交がお気に召しませんか?」

 うんうん、と頷く。


「困りましたね。僕たちはまだ子供なので決闘はできません。お姉さまの名誉を回復するのにはもう少し時間が掛かると思いますが、学院に入れば正式な決闘ができますからそれまで待っていてください」

「え? ケットウって申し込むとき、白い手袋を相手に投げつけてやる。あの決闘?」

「そうです。その決闘です。お急ぎでしたら、代理を立てるという事も出来ます。スティーブだったら騎士団長とでも互角に戦えると思います」

 マジで、スティーブってそんなに強かったんだぁ。ずっと私の護衛騎士でいてもらわなくちゃ。

 いやいや、今はスティーブの腕前に感動している場合じゃない。


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