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勇者視点 お嬢様の服を脱がせる

 

 俺は変態じゃない。俺は変態じゃない……。


 心の中で呪文のように唱えながら、ボタンを一つ一つはずしていくが、罪悪感が半端無い。

 いや、俺も見た目7歳だからセーフだ。


 あれ?

 7歳でも、男の子が女の子の服を脱がすのはアウトじゃないのか?

 いやいや、今はそんなこと考えるな。

 煩悩ぼんのうを捨てろ俺!

 違う!

 煩悩なんて無い。これは純粋に手伝っているだけの人助けだ。


「早くしてちょうだい」

 お嬢様、それ、焦ってる男に一番言っちゃいけない台詞だから。


「分かってるよ。変なことは考えてない」

 焦れば焦るほど、変なことを口走ってしまい。もう俺は何も考えずにボタンに集中する。

 しかし、簡単にはずれるかと思ったのに、ボタンが濡れているうえに、ぴったりと入る大きさでボタンホールが作られているので、なかなか上手く外せない。しかも普通なら2個もあれば十分な間隔に10個くらい並んで付いている。

 こんなにボタンが必要あるか?


 やっとの思いで、ボタンをはずせばお嬢様は、ドッサっと草原にドレスを脱ぎ捨てた。

 まったく恥じらいを感じない思い切りの良さは、身の回りの世話は使用人がして当たり前だからだろうか。

 なんだよ。ドキドキした俺が馬鹿みたいじゃないか。


「ふー、重かった」

 だろうな。


 よっぽどスッキリしたのかそれからは文句も言わずに、お嬢様は俺の後を黙って付いてきた。


 お嬢様の服を脱がせたからって処刑されないよな。

 少しの不安があったが、俺たちは用水路の合流地点らしい水門を発見し、草むらに隠れて、護衛が探しに来るのを待つ。

 本当はここでお嬢様と別れても良かったんだが、俺まで見捨てることができず一緒に待ってやることにした。


 お人好しにも程があるだろ。



 *


「本当は誰に見捨てられたくなかったんだ?」

 俺は、落ち着いたところを見計みはからい、ふと疑問に思ったことを聞いてみた。


「……」

「さっきは護衛のことを言ってるのかと思ったけれど、わがままなお嬢様が使用人に見捨てられることなんか気にするはず無いよな」

「お前には関係ない」

 よほど聞かれたくなかったのか、口をとがらせてぶっきらぼうに言い捨てる。


「そうだな。俺には関係ない」

 俺は草むらから立ち上がり、「じゃあな」とお嬢様に別れを告げた。

 一歩踏み出そうとして、足をぎゅっと小さな手につかまれる。

 まるで捨て猫のように、うるうるした瞳で見上げられ、顔がにやけるのを必死でこらえた。

 ついさっき俺のことを汚らわしいと眉をひそめて、虫けらのように追い払ったのは誰だよ。


「俺には関係ないんだろ」

 自分でも意地悪だなと思ったが、散々えばり散らされたんだこれくらいいじめても罰は当たらない。


「お父様とお母様」

 消え入りそうな声は、泣きそうだ。

 良心がちくりと痛んだ。


「何で、見捨てられたと思うんだ? 叩かれたりするのか?」

「違う。でも、お父様達は弟と一緒に王都に住んでいる」

 なるほど、それはちょっと子供には深刻そうだな。


「理由は聞いたのか?」

 ブンブンと無言で首を振る。


「私は役立たずだから」

「いくつだ?」

「7歳」

「俺と同じだな。まだ7歳ならどんな子供だって役立たずじゃないのか?」

「弟は魔法が使える」

 それがお嬢様にとって、どんなに羨ましいことなのか、瞳いっぱいの今にもこぼれ落ちそうな涙を見れば理解出来る。


「そうか、でもそれはお嬢様が役立たずなんじゃなく、弟が役に立つだけじゃないか?」

 なぐさめたつもりだったのに、お嬢様はボロボロと大粒の涙を流した。

 あれ? 

 しくじった?


「まあ落ち着け、大抵の親は役に立つかなんて関係なく子供を愛しているもんだ」

 まあ、そうじゃない親もいるが、生意気だとはいえこんなに可愛いお嬢様なら嫌われてはいないはず。

 何か理由があるに違いない。


「うそ、じゃあなんで一緒に暮らせないの?」

「それは俺の意見を聞いても仕方ないだろ。直接聞いた方がいいんじゃないか」

「無理」

 俺にはあんなに生意気に命令するのに、親にはどうしてか聞くこともできないらしい。


「今無理なら、無理じゃなくなったときでいい。苛められてないし叩かれてないし、護衛もつけてもらってる。少なくとも俺からみたら大切にされているように見える」

 まあ、大切にされてるはちょっと大袈裟かもしれんが、嫌ってはいないはず。

 こう言う家族間の問題は思い込みが一番だめなのだ。


「大切にされてる?」

「わがまま放題を許されてるんだ。大切にされてるだろ、俺なんて魔力封じされたあげく、捨てられたんだぞ」

「魔力封じ?」

「ほら」

 俺は、手の甲にクッキリと浮かび上がる藤色の魔法陣をお嬢様に見せてやった。



「この魔法陣は誰がやったの?」

 がっちり手首を掴んで、桜色の瞳は真っ直ぐに俺の腕に注がれている。


「これは……」

 駄々をこね威張り散らしている様なお嬢様なら、適当に誤魔化したかもしれないが、真剣に悩みを打ち明けてくれた人間に嘘をつきたくはなかった。

 かといって、み嫌われる双子で実は勇者だとはあかせない。


 何と答えていいのかわからず、反射的にうつむいて黙り込む。

「ふん」と不機嫌そうに少女が俺の目の前に自分の手を差し出す。


「あ」

 小さな手の甲に俺と同じ魔法陣が浮き上がっている。


「同じだ」



 両手でお嬢様の腕をつかむと、まじまじとその魔法陣を観察する。

 大きさと形状は全く一緒だ。

 違うのは俺のは藤色だが、お嬢様の方は桃色をしている。


「これは王宮魔術師のマギ様が、私の魔力が暴走しないようにつけた魔法陣なの。あなたのは?」

 おっ! 

 お前からあなたに昇格したな。


「俺のも魔力封じだ。誰がやったかは知らない」

「自分のことなのに知らないの?」


「そんなこと言ったって、これをほどこされたあと、すぐに捨てられたからな」

 俺の言葉に、お嬢様は同情したのか、すまなそうにもじもじと自分の足下を見つめている。


「別に同情はいらないぞ。このままですまそうと思ってないから。俺はこの魔法陣を解除して、自由に生きる」

「いいなぁ。わたしも魔法陣をなくしたい」

「お嬢様には宮廷魔術師が付いているんだろ」

「マギ様が、私は魔力制御ができないから、消すことは出来ないって……」

 最後の方はほとんど聞こえないくらいの小さな声だった。



「いつか、俺が天才魔術師になったら、お嬢様が魔法を使えるように手伝ってやる。それまで諦めるな」

「うん、期待しないで待ってる」

 俺の言葉をお嬢様は全く信じていなかったと思うが、それでも出会って一番の笑顔で頷いてくれた。



 それからすぐに、スティーブがお嬢様を探しに来た。

「なかなか今日は楽しかったわ。あ、助けてくれたお礼アリエルって呼んでもいいわよ」

「いや、大丈夫だから」

「ふーん。じゃあね」


 それだけ言うと馬車に乗って行ってしまった。

 横でスティーブが驚きに目を見開いていたが、まあお嬢様の気まぐれだろう。

 そういえば、名乗ってなかったな。

 まあ、縁があればまた会えるだろう。



 この時、シナリオ最大のズレが生じたことに俺もアリエルも気づかなかった。






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