プロローグ 微睡の中で
子守唄が聞こえる。
子供の頃から慣れ親しんできた、とても優しい旋律だ。
この唄を聞きながら頭を撫でられるのが、何よりも好きだったっけ。
ああ、でも、誰に唄ってもらったんだろう。
一日たりとも忘れたことなんてなかったはずなのに、どうして思い出せないの?
私ったら、すっかり忘れっぽくなっちゃって駄目ね。
幸せボケかしら。
お母様が今の私を見たらきっと怒っちゃうわね。
……お母様、元気かな。
あの白い砂浜も海も変わりないかな。
……。
……何でだろう。急に昔が懐かしくなっちゃった。
ホームシック?
まさか、そんなわけないわね。ここに来てもう十二年も経ってるのに。
……色んなことがあったなぁ。
こうやってゆっくり振り返るのも久しぶりなぐらい、色んなことが。
……。
そういえば、なかなか外に出られなくて拗ねていた時、こっそり連れ出してくれた人がいたっけ。
あれは誰だったかな。
あの人の馬車に乗るのが好きだったなぁ。
ずっと会えないままだけど、元気にしてるかな。
「……チェ! ベアトリ……チェ!」
ああ、誰かが私を呼んでる。
どうしたのかしら。今にも泣きそうね。
あなたのそんな声を聞くと、胸が痛くなっちゃう。
大丈夫、すぐに目を覚ますからね。