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妖怪✕人間の救済記録  作者: 山公乃傘
一章 邂逅編
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狐? 人間? なんで?




 __君が死んでから、百年と少し。

   ようやく、君との約束を果たすことが出来そうだ。




 ___________________________



 校門脇には看板。窓からは垂れ幕。昇降口付近には案内とパンフレット配りのテント。

 そして行き交う、先生、生徒、保護者、中学生、その他、人、人、人、人。


 そう、今日は文化祭。高校生の一大イベントである。


 一大イベント、なのだが…。


 そこの少年は一体何をしているのだろうか。


 と、通りすがりの妖狐は思った。


 誰も居ない空き教室、明かりは付いておらず、窓からは心地良い風が吹いている。


 外は快晴、他の言い方をするのならば秋晴れである。外に出て然る可き天気、文化祭日和、青春の一ページ。しかしそんな中、少年は机に突っ伏して寝ていた。


 机に突っ伏して寝ていた。


 大事な事なので二回言わせてもらった。


 いや、寝ているのは良いのだ、全然珍しくもないのだ。妖狐が気になっているのはそんなことじゃない。


 確かに文化祭なのにボッチで(よだれ)を垂らしながら幸せそうに寝ているが、このまま夕方になって貴重な文化祭の一日を睡眠で潰しそうだが、そんなことは些細ささいな問題である。


 問題は、少年が白い猫耳を付けているという事実である。


 白い猫耳を付けているという事実である。


 大事なことなので二回言わせてもらった。


 しかしながらこの少年こそが、この小説の主人公なのだ。


 名は津島(つしま)三七十(みなと)(よわい)は十六。趣味は惰眠を貪ることと女性を口説くことと無茶をして他人をハラハラさせること。そんな何とも風変わりで残念な、黒鳶色(くろとびいろ)の髪を持つ美少年である。


「むにゃ……先生授業詰まんない……飛び降りようかなあ……窓から……」


 なんだか物騒な寝言を言っているが気にしてはいけない。いつもの事である。


 なぜ津島が空き教室で一人猫耳を付け寝ているのかと言うと、これにはあまり深くない訳がある。


 理由を言う前に明言しておくが、津島は人に迷惑を掛ける天才である。


 過去五回担任の胃を破壊し、学級委員と仲良くなったことはなく、いつも何かしら悪戯(いたずら)なり嫌がらせなりを実行している。


 このクラスの学級委員にもそれは変わらない。


 美術の時間に池に飛び込み、学級委員の制服に面白可笑(おもしろおか)しい貼紙を付け、いきなり大声を出しては二階の窓からフライアウェイ、更には授業に出てないと思ったら木の上で居眠りをしている(ちなみに降りる時、盛大に落ちた)。


 学級委員はもう我慢の限界だった。


 こうなったら何か仕返しをしてやる。そうだ、文化祭の時猫耳を付けて色んな人に揶揄(からか)われるように仕向けよう。ついでに写真も撮ってバラまこう。


 学級委員長は決意した。そして今日津島が寝ている間に実行した。


 クラスメイトは止めなかった。言ってしまえばクラスメイトも津島の被害者であったし、美少年の猫耳姿はファンの夢、面白そうだし協力しよう。と(むし)ろ協力した。


 写真部の生徒は持っていたカメラで写真を撮った。

 図書委員の生徒はつける際協力した。

 料理部の生徒は絶賛その写真を大量印刷中。


 貴重な文化祭に何をしているんだ。というツッコミは受け付けない。


 ちなみに撮られた写真は今日の午後三時に校内にばら撒かれる予定である。

 良い子は真似してはいけない。マジでダメ、絶対。肖像権とかいろいろヤバイ。


 ……まあ、このような完全な自業自得により、津島は猫耳姿で寝ている訳なのだが、通りすがりの妖狐はそんなことを知る(よし)も無い。


 謎だなー流行っているのかなーそれともただの変人なのかなー。


 故にそんな事を考えていた。


「むう……ん?」


 ここで津島の(まぶた)(かす)かに震えた。長いまつ毛が揺れ、赤茶色の虹彩が現れる。

 無駄にイケメンだからこれだけでも絵になる。


 津島は目を覚ますと、上体をゆっくりと起こし、「ふわあ……ああ」と欠伸(あくび)をしながら伸びをした。そして目の前を見た。


 視線の先には先程から津島を見ていた妖狐、因みに美女。


 黒い着物に白い帯、濃い青の袴を履き、前の机に座って津島をニコニコと笑顔で見下ろして居る。髪は真っ白で、目は水色であった。そして何より……。


「狐? 人間? なんで?」


 頭にはどう見ても本物の、毛先の黒い白狐の耳、そして腰辺りからはこれまた毛先の黒い白狐の尾が九本。


「お早う少年。()く眠れたかな?」


 妖狐は津島の間の抜けた様子に、少しずれた回答で返した。津島も釣られて言う。


「え、あ、うん。おはよう…?」


 しばし場を沈黙が支配した。


 あれ? これは何待ち? 何の時間? というか皆は? え、というか…。


「誰!? 狐!? 普通に挨拶されたから普通に返してしまったじゃないか!! 高校生じゃないよね? 不法侵入者?」


(かしま)しいなあ少年。少し落ち着き給えよ」


 行き成りの事態に慌てる津島、全く動じない妖狐。

 因みに姦しいとは喧しいという意味である。テストには、出るかも知れない。


 ここで津島はこう思った。


 そういえば今日は文化祭だ。担任の話が詰まらなくて寝てしまったためどれ程時間が経っているかは分からないが、見たところ文化祭はもう始まっていると見た。ならばこの人は不法侵入者ではなくコスプレをした一般のお客さんかもしれない。


「もしかして一般の方ですか? ここは関係者以外立ち入り禁止ですよ」


「違うなあ少年、合ってはいるけれど、多分君の考えている事とはちょっと違う」


 どういうことだ? と津島は思った。


 疑問に答えるように妖狐が言う。


「君らの言葉で云えば、確かに私は生徒でも先生でもその他の学校関係者でも無いから一般の人間ということになるのだろうけれど、私は君が考えるようなコスプレイヤーではないし、抑々(そもそも)人間じゃあ無い。よって合ってはいるけれどちょっと違う」


「そ、そう。え? 貴女僕の考えていることが分かるんですか?」


 津島が聞いた。ツッコむところはそこじゃないだろうに。


(わか)るとも……皆同じことを言うので」


 君もカッコつけて返しているんじゃない。


「なるほど……でも結局関係者じゃないのでしょう? 立ち入り禁止なので他の所へどうぞ」


「え? 嗚呼、うん、そうだね……? じゃあお(いとま)しようかな……?」


 妖狐は困惑したが、雰囲気に流されて帰ろうとした。


 このまま謎の妖狐は帰ってしまうのか? まだ名前も登場していないのに?


 妖狐は言うと、窓に手を掛けた。


 本当に、本当に帰るのか? 題名からして絶対この後主人公と絡んでいくのに?


 そのまま妖狐は身を乗り出し………。

 ……足に力を入れ、窓から飛び降りようと………。


 …………ちょっと待て。


「ん? 何?」


 帰るな。そもそもなぜ帰ろうとする。


「だって()れって」


 言われても帰るなよ! せっかく描写を細かくして時間を稼いだんだぞ! 自分の努力は?! お前が去ったら話が終わっちゃうんだぞ!


「ええ、話の都合なんて知らないし」


 このまま帰っていいのか? まだボケが消化され切ってないぞ。まだ「え? 本物の妖狐!?」とか言われてないぞ。


「あ、確かに。流されて本当に去るところだった」



「あの、一体誰と喋っているんですか?」


「え?」


 妖狐は津島の問いにポカンとなった。

 上を見て、左を見て、右を見て、下を見て、最後にもう一度視線を津島に戻した。


「あれ? 今の人誰?」


 分かってなかったのかよ。




「…まあいいや。ところで少年」


「何ですか?」


「他に気になる事はない? 私結構、謎の人物だと思うのだけれど」


「ええ、うーん……」


 津島はもう一度妖狐を見た。

 因みに妖狐の体勢は窓枠に手と片足を掛けたままである。


 一拍経った。津島が首をかしげた。

 二拍経った。妖狐が尻尾を揺らした。

 三拍経った。妖狐がそろそろこの体勢きついなと思い始めた。

 四拍経った。津島が叫んだ。


「ええー! お姉さんも窓から飛び降りて人に迷惑をかけるのが趣味なの? 一緒だね! 仲間だーやったー!」


「そうそう人を驚かすのは楽しいよねー、って違う! そこじゃない、そして私にそんな残念な趣味は無い!!」


 後半綿雪は叫んだ。津島が心底不思議そうな顔をした。


「え? 無いの?」


(むし)ろ何であると思った」


 二人の会話は何処までも和やかである。しかし思い出して欲しい、この状況を詳しく描写するとどうなるのか。


 猫耳を付けている美少年が狐耳狐尾の窓枠からまさに身を乗り出そうとしている美女と椅子に座りながら和やかな会話中。

 混沌である。カオスである。何だ、この状況は、と何も知らない通りすがりの人が見たら思うだろう。九十九パーセントくらいの確率で。


 しかし状況分析は第三者の方が良くできるもの。二人は自分たちがその状況に居るなどということに全く気付いていない。気付いていたとしても改善するような性格には見えないが。


「えーじゃあ何だろう。はたから見たら今にも自殺しそうな体勢をしている耳と尻尾がリアルなコスプレイヤーのお姉さんにしか見えないのだけど」


「話を聞いていたかい? 少年」妖狐が呆れて言った。「さっきも言ったけれど、私はコスプレイヤーでも人間でもないよ」


「え? そんなこと信じるわけがないじゃないか。小学生じゃあるまいし」


 なんと言う事だろう。津島三七十、十六歳。話を聞いていなかったのではなく信じていなかった。

 まあよく考えれば信じる人間のほうが少ないだろうが。


「全く最近の若者は、信じる者は救われるという格言を知らんのか」


 津島の言葉に妖狐がなんとも爺臭い台詞を吐いた。


「なにそれ。というか最近の若者はって…貴女も若者でしょ?」


「何を言うか! 私はこれでも三百六十……幾つだっけ? まあともかく! 家重ちゃんとも仲が良かったのだぞ!」


 どうにも爺臭い台詞を吐いたり表現が少し古かったりすると思ったら江戸時代生まれだった。そして九代将軍徳川家重と友達だった。


「えー、嘘っぽいなあ。そんなに言うのなら証拠を見せてみたまえよ、証拠を」


 津島がにやにやとしたとても調子に乗った顔で言った。フラグの立つ音が聞こえた。


「うえぇ、面倒臭いなあ」


「そんなこと言っちゃって、出来ないだけなんでしょ?」


 津島がまたもや調子に乗ったことを言った。


 むか。

 馬鹿にされて妖狐は腹が立った。フラグがもう一本立った。


「現代人は証拠証拠とそればかりを……良かろう。煽ったのはお主じゃ、後悔先に立たず。目にもの見せて呉れよう」


 妖狐が悪役っぽい台詞を吐きながら窓枠から手と片足を外し、もう一度教室の床に足を付けた。

 キャラがブレている。

 妖狐は、もう一度津島に向き直り、言った。


「君は窓から飛び降りたことがあるそうな。ならばもっと長い空中旅行を見せて呉れる……ハアッ!!!」





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