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愛の花、その香り―  作者: 深崎 香菜
第一部 高校生
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07 ~夕焼けの校舎の影で~

 別に気まぐれでしただけのこと。それを愛花が嬉しそうに話すものだから、これからも毎日こうしなくてはならないのだろうか? と、隣を歩く愛花を見ながら思う。

 実際、今まで言っていた通りあたしは愛花さえいればいいのだから他との交流なんて望んでいない。むしろ面倒くさいし。

 けど、ただ挨拶するだけでここまでこの子が笑ってくれるのだから、それもアリかな? と思えてしまう。

 友人を作って特別親しくなろうとは思わないけれど、少しの交流なら……そう思い始めたあたし自身の変化には人に言われるまで気づくことができないものだった。



 卒業までわずか一ヶ月を切った頃にはあたしから挨拶しなくても、すれ違うだけで相手側から話しかけられたり、挨拶をされることが多くなっていた。

 挨拶を返すのはお安い御用。けれど、話しかけられるとあたふたと意味のわからない言葉を返すことしか出来ない。

 愛花に言われたとおり、少しでも交友関係を持ちこういうことに慣れていないのは駄目だと思い知る。


 そして、あたしたち二人はギリギリの願書提出とはいえ指定校推薦という形で大学に合格していた。

 毎日放課後は勉強三昧だった日々から開放され、放課後になると二人して何も言わずとも遊びに出かけた。もちろん、門限はきっちり守ってだけど。(だって、愛花がうるさいんだもん)

 喫茶店でお茶をしたり、ゲームセンターやカラオケ。時には映画を見たり買い物したり。

 旗から見れば双子の姉妹が仲良く遊んでいる程度にしか見えないだろう。これが普通の姉妹だったり、友達関係なら目立ちもしなかっただろう。

 ただ、あたしたちは鏡のようにそっくりだったこともあり多少視線を浴びることがある。だから堂々イチャつくことはできなかったけど、あたしたちにとってこれはデートでもあった。



 そんなある日、授業中に愛花からのメールを受信した。真面目なあの子が授業中にメールを送ってくるのは初めてで、不思議に思う半分少しわくわくしていた。

『アイちゃんごめんなさい>< 今日放課後用事ができちゃって、先に帰ってもらってもいいかな? 本当にごめんねっっ!!』

 一気に気持ちが沈む。委員会や部活動なわけではないだろう。元々入っていなかったし、入っていてももう引退している時期だし。

 確かに最近、放課後はいつも一緒だ。友人がいる愛花にとっては卒業前のわずかな時間を友達と過ごしたい。

 そう思っても不思議ではないことだ。だから仕方ないな……とちょっと落ち込みながらも了解の返信をする。


 それに、今日の放課後はあたしにも用があった。

 時間は取らせないとの事だからまだ何も告げていなかったのだけど、待たせるよりはいいだろう。今朝移動教室のときに後輩に呼び止められ話があると言われたのだ。

 さすがに校舎裏に呼び出してカツアゲ……なんてことをする生徒はいない学校だ。

 その辺は安心できるのだが、後輩に呼び出されるなんてなんだろう? 昼食のときに愛花に相談しようとしたけれど、愛花のことだから「カツアゲかもしれない」とか言い出しそうだからやめておいたのだ。



「柏原、聞いてるのか?」

 携帯を閉じたときの音に反応したのか、物理の教師に睨みつけられてしまう。この後反抗した所で、面倒事になるだけだからと、軽く頭を下げ、謝罪するとキョトンとした顔をされる。

 いつも他の子が謝ったときは「謝ってすむくらいならな~、警察なんていらないんだぞ?」とかネチネチ言うのに。

 教師が何も言わないからか、教室内がざわめく。周囲を見るとあたしをチラチラと見て何かいっているようだけどそんなこと気にはしない。

 今までだって散々言われてきたのだから、今更なによって話し。

「え、あー……静かに。 その、ちゃんと集中するんだぞ、柏原以外もな。えーっと、次、はぁー……」

 目を泳がせながら教科書に目を戻す。他の生徒はまだひそひそと話していたが、教師が黒板に字を書き出すとしんとする。これで元通り。


 今さっき集中しろと言われたばかりなのに窓の外へと目をやる。

 あたしはついこの間までこの空間を「箱」だと思っていた。別に入りたくもないのに無理矢理詰め込まれるあたしたちはみかん。腐ったみかんって話もあるくらいだし。

 楽しくない、何もない。だからあたしは学校という大きな箱が大嫌いだった。それは今だって変わらないけれど。

 どう接していけばわからないというのにそれを教えてくれない。

 友達を作りましょう、なんて小学校や幼稚園の時に言われたけれど、それの作り方を知らない人間はどうすればいいのか。


 愛花は友達を作るのが得意だった。これを得意と例える時点であたしは間違っているのかもしれないな。

 とにかく、愛花は知らない人ばかりのクラスでもすぐに溶け込む。けど、あたしは違う。愛花以外知らなくて、愛花以外との接し方がわからなくて。

 そんなこと考えていると人は寄ってこないし、あたしは気づけば一人ぼっち。それからかもしれない。臆病になっていたんだろうな。


 そのうち、女子同士のグループ内でのイジメなんかを見ていると、ああ、一人のほうが楽かもしれないなんて思い始めてしまう。

 わざわざあの輪に入ってイジメられて、嫌な思いをするくらいなら一人で居よう。

 それが正しいと決め付けていたし、友達関係を築いていく愛花は馬鹿だなって思ってさえいた。


 間違いに気づいたのは中学二年のとき。

 転校後、話しかけたとしても無視や素っ気無い態度しかとらないあたしについたあだ名は「人形」だった。

 それだって、最初は気にしなかったけれどそれはエスカレートし、「ロボット」だなんて呼ばれたときは、ああ、あたしのこの態度のことか……なんてさすがに気づく。遅すぎたくらいだったもの。

 けれど、その状況を変えようともせず高校にあがり、ますます友人たちと仲を深める愛花を見てイライラしていた。この頃のイライラは愛花の友人への嫉妬なのだけど。


 この空の箱で学んだものは将来役立つかと言われたら首を傾げる大人だっている。

 勉強は小学生で学ぶ基礎さえあればいい、なんて人だっている。実際、そうだと思う。

 将来主婦になって、スーパーの買い物で必要なのは足し算、引き算、掛け算、割り算だ。因数分解なんかは使わない。

 仕事だってそうだと思う。事務業でも小学生で習ったことはしても、仕事中に因数分解をするかといえばしない。

(なぜ因数分解ばかりかというと、あたしが嫌っているから。それだけよ?)


 そう思えばますますこの箱は無意味に感じられた。

 それを以前愛花に言うと、人との接し方を学ぶ場所でもあると返答された。当時、ばかばかしいと感じたその答えにも今は何故か納得できる。それが少し、悔しい。



 あたしの微妙な変化というものは、心に余裕が出来たからかもしれない。

 以前はいつ愛花を持っていかれるかということに恐怖を感じていた。強引な形で、間違った形でどうにかして離さないようしていたっていずれは愛花だって離れてく。高校、大学を出て社会に出ればきっと……

 そう思っていた分、あの話には驚いたしあたしを不安にさせた。どうして離れようとするのだろうか。そればかり考え、答えなんて出ず行き止まり。

 いつものように強引な手で繋ぎとめようとしても初めての拒絶という形で自分が傷つくだけだった。


 けれど今はもう大丈夫だ。心に余裕。その正体はもちろん安心感。

 愛花は今、あたしの恋人なのだからはよっぽどのことがない限りずっと一緒に居られる。

 もちろん、恋人なのだから喧嘩をして別れ・・の日がくるかもしれない。でもそのときはお互いがそれを望んだときだろう。

 あたしは愛花をこれからも好きでいる自信があるから、もしかしたら元に戻るかもしれないけど。

 その日は遠くは無いかもしれない。あたしたちの関係は間違っているのだから、誰かに知られると一緒にはいられなくなるだろう。

 けど、その日は来させない。そう強く思えるようになったのはやっぱり愛花からの気持ち。


 片思いなんかじゃなく、両想いである。それを知るだけで余裕を持てるようになり、愛花がいうように挨拶くらいは返そうと自然に思うようになった。

 まあ、別に友好関係は今でもほしいとは思ってないんだけど。



「よーし、来週はここからいくつか問題出して小テストすっからなー」

 教師のその言葉で授業が終わったことに気づく。いけない、後半何も聞いていなかった。

 クラスメイトたちのブーイングの声に教師は少しニヤリと笑いながら、


「抜き打ちじゃないだけ感謝しろー」


 と笑っていた。

 仕方ない。家に帰ったら勉強しておかないと。

 そう思うのと同時に授業の終わりを告げるチャイムが鳴り響く。

 あたしはカバンに教科書をしまいこむと指定された場所へと急ぎ足で向かう。とっとと用を終わらせて家に帰ろう。

 今日は愛花が遅くなるのだからお風呂掃除はあたしがやらないといけないだろうし。






 呼び出された場所は中庭から少し離れた場所にある休憩スペース。

 あたしのお気に入りの場所でもある。夏なんかはベンチに座り、本を読むと木陰のおかげかとても気持ちい空間になるのだ。

 ま、皆は中庭の花壇スペースが気に入っているようで、ここは貸切状態にもなる。ここを利用する生徒はほとんどいないためこの辺りは少し静かで落ち着くのだ。

「まだか。」

 今朝、あたしを呼び出した後輩の姿はない。

 そういえばグラウンドを使っていたのはうちの学年じゃなかったな。ということは体育の後という可能性もある。それなら少し遅れるかもしれない。

 そう考え、ベンチに座りうんっと伸びをする。

 今の時期はここにいると冷えるためあたしでさえあまり立ち寄らない。あたしが立ち寄らないのだから他の生徒だってこないだろう。

 そもそもどうして彼女はこんな人気のない場所に? 本当にリンチされるのだろうか……と考え苦笑いをする。


 もうすっかり葉を散らした木々や、手入れの行き届いていない雑草。

 去年までは用務員のおじさんがいたのだけど、病気で入院されたようで手入れがされていないのだろう。

 新しい用務員でさえここには立ち寄らない。まあ、あのおじさんもかわりものってことかもしれないわね。


「せ、先輩! お待たせ、しました!」

もう一度伸びをしようと腕を上にあげたとき、今朝の後輩が姿を現す。走ってきたのか息が荒く、肩が上下している。

 そこまで急がなくても気にしないのに・・と思いながら立ち上がった。

「大丈夫?」

「え!? あ、は、はいっ! そ、その、突然こ、このような場所に……す、すみません」

「気にしなくていいけど」

 彼女のリボンの色が青だということは二年生なのだろう。一年生は深緑、二年生は青、そしてあたしたち三年生は赤だった。これは各学年ごと入学のときのものを三年間使うのだが、色の組み合わせは来年度の一年生は赤になる。つまり、くるくるまわっているということ。

「そ、その。先輩、が大学は外部を受験されると聞いたのですが……」

 うちの学校で外部受験する人はほんの一つまみほど。だからこうやって外部受験をすれば自然と他の生徒たちから注目を浴びたりする。

 何処を受けるのだとか、その辺を知らない人たちまでにいちいち知られるのは少し鬱陶しい。

「そうよ。美大なんだけど。」

「あ、はい。聞きました。愛花先輩と一緒に、ですよね」

「うん。そうだけど」

「本当に、仲良しなんですね。」

「ええ。ありがとう」

 そんなことを言うためにわざわざ呼び出されたのだとしたら少しむかつくな。あたしの時間を返してよ! そう思ったのが顔に出てしまったのだろう。彼女は繰り返し謝り頭を下げた。

「そ、そんな。気にしなくて良いってば!」

 慌てていっても彼女に本心がバレテしまった今では無意味と化する。

 思わず溜息が出るくらい謝罪され、本当にあたしはここに何をしに来たのか……と考えてしまう。



「あ、えっと……そ、その!」

 ようやく本題に入ってくれるのか、未だ俯いたままだが彼女が話しだす。

 予定よりも時間をとっているため少しイライラしがちだったけれど今度はそれを我慢する。

「あ、あたし、二年の大久保って、いいます! その、あた、し……高校からの外部入学なんです、けど。新学期早々、クラスに溶け込めなかったとき先輩を見かけて……で、か、かっこいいなって、思ったんです」

 大久保と名乗った彼女はこっちを未だ見ないで話し続ける。あたしはといえば突然何を言い出すのかとキョトンとするしかない。

「さ、最初は憧れでした! 柏原先輩みたいになりたいな、って。けど、それが、その……だんだんと……」

 声が震え、握りこぶしをつくった手も小刻みに震えている。今は何も言うべきではないと、あたしは黙って大久保さんの言葉を待つ。

 風が吹き抜け、少し寒い。けれどそこで寒い! なんて言っちゃったら彼女の勇気を馬鹿にしているような気がするから黙ったまま。

「い、行かないでください……っ! あ、あたしには絵の才能とかないから……物造ったりとか苦手だから、追いかけられないじゃないですかぁ……っ! 柏原先輩! 好きです……! 大好きなんです。格好よくて、綺麗で、時々寂しそうな一面を見せる先輩の全部が、好きなんです! だから、遠くに行っちゃわないでくださいぃぃ……っ」

 そう言ってその場に膝を着き泣き出す。一瞬どうすればいいのかと戸惑いはしたが、すぐにこの子の気持ちを理解する。

 それは受け入れるとかじゃないけれど、この子の想いはきっとあの頃の……ううん、今のあたしと同じなのだから。

 だからあたしはそっと彼女を抱きしめてあげた。普段ならきっとこんなことしない。泣き出すのならそのまま放っておけばいいんだもの。

 だけどこの子の気持ちを考えるとそんなこと、できなかった。

 背中を優しく叩き、頭を撫でる。落ち着かせようとする行為がますます彼女の涙を誘っているようだ。

「ご、め……っなさい……」

「いいから。落ち着いた?」

「っく……こ、んなはずじゃ、なかったのに。泣いちゃうなんて、ごめ……なさいっ」

「ううん。なんか、ありがとう。」

 そう言って涙を拭ってあげる。初めてちゃんと見る大久保さんの顔はとても可愛らしい。あたしと目を合わせると大久保さんは顔を赤らめ俯いてしまう。

「もう大丈夫?」

「は、はい。」

 そう言って慌ててはなれる大久保さんが可愛く思える。そして何度か目を逸らしてはいたものの、ようやくちゃんとまっすぐあたしを見てくれた。


「今のは、告白ってことなのかな?」

「ぁの、はぃ……」

「LOVE、なのよね? スキって」

「そ、うです」

「そ。……ありがとう。」

 自然とその言葉が出る。大久保さんは驚いた顔をして私を見る。確かに返事としては不十分。はぐらかされた気分にもなるだろう。

「でも、ごめんなさい。あたしにはね、ずっと前から好きな人がいるの。今はその人がすっごく大切で離したくないし、離れたくもない。だから、あなたの気持ちには応えられない」

 言葉を選びながら慎重に断る。大久保さんは首を横に振って、気持ちを伝えられただけでいいと言ってくれた。

 とても健気な子。それに、あたしに好きな人がいることは気づいていたらしい。相手が誰かはわからないけど、と。


「わざわざお時間をありがとうございました」

「ううん。こちらこそ。ありがとう」

「もうお帰りですよね?呼び出しておいてアレなんですけど、あたし、教室に忘れ物しちゃって……とってきます」

「……そっか」

「はい。今日はありがとうございました。失礼します!」

 そう言ってかけていく彼女を見送る。それを追うことはできない。だからあたしも荷物を手にしその場から離れようと歩き出す。

 あの子がきっと、この先違う人と恋をして、結ばれると良いななんて、柄にも無いことを考えながら。




 あたしは中庭を通らず、グラウンドの方にまわろうとしていた。こっちのほうが校門には近いのだ。

 そのとき、校舎の影に見慣れたあの姿が目に映る。もう用事は終わったのだろうか? なら、一緒に帰ろう。

 そう思い、軽い足取りでその姿へと近づく。そして驚かすように影から名前を呼ぼうとこっそり相手の姿を確認したとき……あたしは見てしまったのだ。

 その瞬間、私の胃の中に氷が落ちていき、冷や汗が背中を伝う。。

 そうだ、油断はできないと感じていたのに……完全に舞い上がったあたしはアイツを忘れていた。



 夕日で伸びる三つの影。一つはポツリと、二つは重なり合い……。


 あたしはこの時、久々にソレを耳にした。歯車が軋むその音を……

あけましておめでとうございます。

2010年最初の更新です。

大分遅くなって申し訳ないです・・。


こんな調子で申し訳ありませんが、今年も宜しくお願いします

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