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愛の花、その香り―  作者: 深崎 香菜
第三部 大学二回生
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32 ~わたしの愛した姿と嫌いな姿~

 わたしにとって愛香という姉は、憧れの存在だった。

 確かに、愛香ちゃんの生き方はあまり賢い生き方だとは思わない。

 誰かに好かれようともせず、自ら孤独の道を進む姿を見ているのは、正直耐え難いものがあった。

 何度も愛香ちゃんに対する陰口を耳にした。ある事ない事人は噂話を膨張して話す。その所為で、愛香ちゃんの評判はどんどんと落ちていく。

 どうして、もっと周りと上手くやれないんだろう? そもそも、あの人達は愛香ちゃんの何がわかっているんだろう。

 そんな事を、ずっと心に抱きながらもわたしは何も言い返せなかった。

 いつしか、だんだんと自分の世界を持っていて誰にも媚びることなくいる愛香ちゃんが格好良く思えてきた。

 きっと、自分の恋人が相手だという贔屓目もあったのかもしれない。

 それでも、何を言われても気にせず凛として立っている愛香ちゃんはわたしにとってとても格好いい人だ。


 初めは、愛香ちゃんがわたしから離れていくのが怖くて、愛香ちゃんの要求に応えているだけ、合わせているだけのつもりだったのに、わたしはいつしか愛香ちゃんの事を相手と同じ気持ちで愛している事に気づいた。

 今まで抱いた事のない感情が頭や身体、心までもを支配していく感覚はとても不思議で、快感だ。

 ああ、これが恋なのだ。愛なのだと心の中は万年春だと言わんばかりにぽかぽかとする。

 それは愛香ちゃんもきっと同じで、わたしたちずっとこのまま愛し合う事が出来る。そう、思い込んでいた。


 愛香ちゃんが変わってしまったのは、あいつの所為だ。

 大学に入ってすぐ、愛香ちゃんと接点を持ったという佐藤和輝。

 愛香ちゃんがあいつと話している姿を見ているのはとても心苦しい。わたしの中にマグマの様なドロドロとした液体が流れてきて、グツグツと煮え滾る。

 愛香ちゃんがあいつにクスクスと笑いかける度にその笑顔が凍りつくほどの罵声をあいつに浴びさせてやりたくなる。なんらかの言葉を返す度、今すぐにでも愛香ちゃんの唇を塞いでしまいたくなる。

 けれど、こんなことをしても愛香ちゃんはきっと喜ばない。むしろ、困るに違いない。愛香ちゃんに愛されたいのであれば、わたしはそんな事をしてはいけない。愛香ちゃんが愛してくれた愛花でいなくてはならない。


 愛香ちゃんはわたしの事を変わらず愛してくれた。心も、身体も満たしてくれる。わたしが求めれば、どんな時でも応えてくれる。愛香ちゃんもまた、わたしを求めてくれる。

 なのに、愛香ちゃんがあいつの話をする度、疑念が晴れない。

 あいつに出会ってから、愛香ちゃんはよく笑うようになった。わたし以外の人と関わりを持とうと思っている姿なんて見たくもなかった。

 わたしはこんなにも、愛香ちゃんが愛してくれた愛花を守ろうとしているというのに、愛香ちゃんはわたしが愛した愛香を簡単に壊していく。

 耐えられなかった。もう限界だ。そう思った時、愛香ちゃんが突然恵美ちゃんの事を謝り出す。

 わたしの頭の中はいっぱい、いっぱいだった。

 もちろんわたしも馬鹿じゃない。愛香ちゃんが恵美ちゃんになんらかの嫌がらせをしたんじゃないかと考えなかったわけじゃない。けれど、わたしたちのこれからの為にその事は口にするべきではないと、わたしは判断したのだ。

 わたしは、大切な親友を犠牲に愛香ちゃんとの恋を選んだ。

 それなのに、愛香ちゃんは今になってそれを謝る。もしかしたら、愛香ちゃんは何もしていないのかもしれない。当時、恵美ちゃんの事でわたしを苦しめたという事を謝罪しているのかも。

 ううん、そんなのどっちでもいい。今、恵美ちゃんの事を謝るという事は、自分はあの先輩と何か関係を築こうとしているに違いないのだ。

 そんなこと、絶対に許さない。

 許さない、許さない、許さナイ許サナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイ──




 しかし、愛香ちゃんは何があったのか、突然サークルにはもう行かないと言い出した。こっそりスマートフォンをのぞいてみると、わたしと家族以外の連絡先が消去されていて、もちろんあいつの連絡先も消えていた。

 ああ、やっぱり愛香ちゃんはわたしを選んでくれた。わたしたちは一生愛し合う事が出来るのだ。

 わたしは、今まで以上に愛香ちゃんを求めるようになった。

 気づけば、わたしも愛香ちゃん以外何もいらないと考えるようになっていて、同じようにサークルには行かなくなったし、同じ学部のあの子たちとも話す事がなくなっていった。

 愛香ちゃんはそれを気にしていた様子だけれど、何も言わないでいてくれる。きっと、愛香ちゃんもそれを話題にする必要がないと感じてくれたのだろう。

 いつしか、わたしたち姉妹はかつての愛香ちゃんのように周りから一歩引かれる存在となった。そんなこと、もうどうでもいい。愛香ちゃんさえいれば、わたしの世界はそれでいいのだ。


 学期が終わる頃には周りが飽きたのか、同じ授業を取っている生徒でさえあまりわたし達姉妹の話をしなくなっていた。それをいいことに、わたしはよく同じ授業の日、愛香ちゃんにちょっかいを出して愛香ちゃんは怒りながらもいつも身を預けてくれる。

 なんだか求める回数が、今までと逆になってるねと愛香ちゃんに話すと顔を真っ赤にしながら「マナがどこでも発情するのが悪いのよ! あたしはもう少し見境あるけれど?」と怒られてしまった。

 二回生になった頃には、一回生が双子の姉妹で変わったやつらがいるという噂を耳にしたのか、わたしたちは再び噂話の標的となった。

 正直、その所為で授業中のお戯れが出来なくなった事に苛立ちはしたけれど、愛香ちゃんが放っておこうと言ったので、わたしは従う。

 わたしは愛香ちゃんがこれからもわたしを愛し続けてくれるのであれば、なんでもよかったのだ。


 時折、愛香ちゃんが本の表紙を見つめながらボーっとしている事に気づいていた。だからこそ、そんな愛香ちゃんを見た後に図書館や図書室に行くと聞く度に胸騒ぎがする。

 また、あいつが愛香ちゃんの目の前に現れて愛香ちゃんを変えてしまうんじゃないかと、不安になるのだ。


 一度だけ、愛香ちゃんのフリをしてあいつに会いに行ったことがある。正しくは、偶然を装ってあいつに遭遇しにいったのだ。

 あいつはわたしを見かけると、嬉しそうに尻尾を振って愛香ちゃんだと思って話しかけてきた。

 愛香ちゃんが、連絡先を消した後、あいつを避けている事は知っていたし、先輩本人もその事には気づいていたクセに愛香ちゃんを見かけると懲りずに話しかけてくる。

 その度に見せる愛香ちゃんの困った表情が大嫌いだった。わたしの愛した愛香ちゃんは、そんな時困った表情なんてしない。

 だから、もう二度とあの表情を見ないようにと鋭い目つきで睨みつけ「いい加減にしてください」と言い放つ。そうすると、あいつの表情が無に変わり、最後に謝罪だけ零して立ち去って行った。

 それを境に、あいつはわたし達姉妹の前に現れる事はなくなった。

「あの先輩、全然アイちゃんのところに来なくなったね。所詮、その程度だったんだよ」

 わたしがそう言った時、愛香ちゃんがとても悲しそうな顔をした事を今でも忘れない。わたしはその顔も、大嫌いになった。


 きっと、愛香ちゃんの中でまだあいつ微かにでもいるに違いない。だから、本を見ると思い出すのだ。

 わたしは愛香ちゃんが図書室や図書館に行く度、こっそりとスマートフォンを履歴をみるようになった。けれど、中身は相変わらずわたしたち家族しかメモリーされておらず、メールやトークアプリ、通話の履歴もすべて家族だけだ。

 スマートフォンの中に監視アプリを入れても、疑念が晴れない。稀に覗かせるわたしの知らない愛香ちゃんが憎くて仕方ない。



 そんなある日のことだった。連絡が取れない愛香ちゃんを迎えに行くと、今までで一番大きな胸騒ぎがした。

 愛香ちゃんの表情一つで気づいてしまったのだ。あいつが、ここにきた。

 けれど、愛香ちゃんはわたしに嘘をつく。絶対にあいつがきたはずなのに、嘘をつく。

 「ねえアイちゃん」

 帰路に着いた時、わたしは立ち止り、ゆっくりと愛香ちゃんの方へ向き直る。少し驚いたように目を丸くする愛香ちゃんにわたしはにっこりと笑いかけた。

「絶対に、裏切らないでね?」

「マナ、何が言いたいの……?」

 本当はわかっているくせに、愛香ちゃんはわたしに嘘を重ねる。

「別に。アイちゃんはずっと、わたしだけを好きでいてね?」

「当たり前でしょう……?」

 表情を凍りつかせ、きっと今頭の中でたくさんの事を考えているに違いない。

 愛香ちゃん、これは警告。最終警告なんだから。

「そ、ならよかった」

 わたしはぴょんと跳ねて、愛香ちゃんに背を向ける。もうこれ以上、わたしに大嫌いな愛香を晒さないで。そんな愛香ちゃん、視界にも入れたくないわ。

 わたしは、これ以上わたしの愛した愛香ちゃんを晒すようなら、わたしの嫌いな愛香を殺して、わたしの愛した愛香ちゃんを取り戻そう。そう、決めた。

 だからこれは最後の警告。愛香ちゃんを取り戻すための、最後の警告なんだから……









「こんにちは、ちょっといいですか?」

 図書室のカウンターにいる事務員が顔をあげ、此方を見る。少し考えた後「ああ」と何かを思い出したように、ファイルを開いた。

「柏原さんよね。言っていた本はまだ返却されていないわよ」

「すみません、今日は本を借りに来たわけじゃないんです」

 事務員はファイルから目を離し首を傾げる。それが質問をしていいという合図だと勝手に解釈して、続けた。

「落し物を拾って、なんとなく心当たりがあるんですけど……昨日、ここに四回生の佐藤和輝先輩って来てましたか? 多分、佐藤先輩の物なんですけど……あ、学部は─」

「佐藤君? 佐藤君なら昨日夕方来てたわよ」

「そうですか、じゃあ佐藤先輩のところに持って行きます。ありがとうございました」

 ぺこりと頭を下げて、その場から立ち去る。事務員の人がほかに何か言おうとしていたけれど、そんな情報どうでもよかった。


「佐藤君なら今奥に……って、せっかちな子」

 わたしが求めていた情報は一つだけなんだから。

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