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愛の花、その香り―  作者: 深崎 香菜
第二部 大学生
31/34

29 ~幕間~

 コンコンコンと、ゆっくりとしたリズムのノック音がして顔を上げる。

 視線の先には、疲れた表情を見せる部下が弱々しく笑っている。

「こんなところに居たんですか?」

 そう言って向かいのソファに腰掛け大きく溜息を吐く。恐らくそれは此方に向けられた物ではなく、別の理由で発せられたものだろう。

 どう声をかければいいものかと考えながら机の上に置かれたままの煙草の箱に手を伸ばす。

「禁煙、です」

 こんな時でも注意力だけは一人前の様で、静かに伸ばしたはずの手を引っ込める。

「外出ますか?」

「いや、別にいい。……それより、弟はどうだったんだ?」

 話題に出すか迷ったが、出さない方が不自然だろうと思い、こいつが疲れ切っている原因である一件を話題に出す。

 部下の佐藤は深く溜息を零すと首を横に振った。

「駄目です。意識も回復しましたし、命がどうって話ではないんですが……」

「イかれちまったか」

「……はい。完全に精神の方が参ってしまっているようで、話を聞こうにも気絶して痙攣を起こしてしまったりと、どうにも」

「無理をさせるなよ」

「わかっています。けれど、どうしてこういう事になったのか、あいつが知っているはずなんですよ」


 佐藤は十歳程、歳が離れた弟を溺愛していた。俺も何度か会った事があるが、愛想もよく礼儀正しい弟だった。就職をするか院生になる試験を受けるか迷っているとかで、進路の事でこいつが電話で話しているのも何度か目の前で聞いていた。

 そんな弟が、ある事件に巻き込まれた。一週間ほど前に起こった女子大生が殺された事件だ。

 犯人はすぐに捕まった。犯人は被害者を殺害した後、逃げもせずずっとその場に留まっていたからだ。被害者の心臓を抱きしめて二晩もそこに留まっていたらしい。

 被害者と犯人関係は双子の姉妹という事もあり、世間を騒がせている事件は新事実が判明して更に世間を騒がす事となったのだが、それはまた別の機会に話すとしよう。

 佐藤の弟はこの事件に巻き込まれていた。どうも、この姉妹と同じ大学に通っていたらしく、姉の方と親交が深かったようだ。

 その辺りの内情は現在周囲の生徒から得られた情報しかなく、此方でも正確な情報を得られる事が出来ていない。

 事件当日、佐藤の弟は被害者宅の姉妹の部屋にいた。クローゼットの中に閉じ込められていて、発見した時にはかなり衰弱していたらしい。あと少し、発見が遅れていたらどうなっていたかわからないと医者が話していた。

 佐藤の弟、佐藤和樹君は、全裸で手足を結束バンドで拘束されていた。身体にはいくつか傷が見受けられたが、致命傷とまではいかなかったようだ。

 床には嘔吐物や汚物が広がっており、彼は脱水症状を起こしていた。飢えもあり身体は衰弱し切っていた。

 発見当時、意識レベルは低く救急車の中でも何度か意識不明の状態に陥っていたり、院内でも何度か危ない状態があったそうだが、三日程前からようやく落ち着きを取り戻したという。

 捜査の合間、佐藤は弟の和樹君に付きっ切りで、まともに休んでいるかさえも怪しかったがこれでようやく休めるだろうと思っていたのだが、和樹君は時々、突然何かに怯えだしたかと思うとパニック症状を起こすらしい。

 そんな事が続いていて、彼からは事情を聞くことができていない。

 犯人の方は相変わらず気が狂ったように同じ言葉を繰り返すだけだ。今週辺り、精神鑑定が入る事になっている。


「ちゃんと休んでいるのか?」

 答えはわかりきっているというのに、沈黙に耐え切れず話題を振る。佐藤は少し考えた後「ええ」と言って笑って見せた。

「オマエが倒れてたら意味がないんだぞ」

「わかってます。ありがとうございます」

 佐藤は深く頭を下げる。ポケットの携帯が鳴り、内容を確認すると気まずそうにこちらを見た。きっと弟の病院からだろう。

「行って来い。お前は被害者、犯人宅で監禁状態だった男の調書を取って来い」

「ありがとうございます」

 佐藤は再び頭を下げた後、走って病院へ向かう。俺は佐藤の背中を見送った後、机の上にある煙草に手を伸ばす。

「本当に、イかれた事件だ……」

 まるで俺の事を監視しているかのように、佐藤から一通のメールが届く。俺は溜息を吐いて喫煙スペースへ移動するのだった。

あけましておめでとうございます(遅い

遅くなりましたが、新年最初の更新となります。

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