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愛の花、その香り―  作者: 深崎 香菜
第二部 大学生
30/34

28 ~死~

 今までずっと、どうしてあたしはこんなにもあの子の事を愛しているというのに、この気持ちを理解してもらえないのだろうと思い悩んでいた。

 あの子はあたしの事を「好き」だと言ってくれた。傍にいてくれた。けれど、あたしが思い描いていたものとは少しだけ違って、あの子はあたしの事を恋人として好きでいてくれるけれど、もちろん友人との間に生まれる好きも大切にしていきたいといったものだった。

 あたしは、愛花がいれば何もいらない。友達だっていらないし、親がどうなろうとなんて知ったことじゃない。そんな風に思えるくらいに、愛花だけがあたしの世界の中心だった。

 だから愛花が「親友」と呼んだ相沢真美の存在や、愛花をあたしと同じ様に愛した折原恵美の存在は許せなかったのだ。

 特に、折原恵美が抱いていた感情は「友情」ではなく「愛情」だ。それを抱かれたまま愛花の隣にいる事だけは駄目だと思った。あの子は流されやすいところがあるから、きっといつか折原恵美の情に流されてしまう。

 そうなったとき、あたしはあいつを殺しかねない。そう思ったから遠ざけてやった。その結果、あいつは最後まで愛花を信じることが出来ずにあたしたちの世界からいなくなってくれた。

 あの時あたしは、最後まで愛花を信じ切れなかったあいつが悪いのだと嘲笑った。愛花にそっくりなあたしがいるということを知っていたはずなのに、あたしを疑うことをしなかった。それはあいつのミスだ。

 だから、あたしは火種を撒いただけであって、あいつが勝手に自爆したのだと考えていた。

 しかし、今になってわかったことがある。愛花を信じていなかったのはあたしも同じじゃないか。あの時、愛花は折原恵美からの告白に対して恋人がいると返したという。

 その後あいつがこれからは今まで通りの友人としていたいと言ったらしく、愛花自身もそういられるのであれば嬉しいと思って受け入れたとあたしに話して聞かせた。

 けれどあたしは愛花のその言葉を信じることをしなかった。きっといつか、あたしのような人間に嫌気をさして、折原恵美の元へいってしまう。そう思ったのだ。

 愛花があの日言った言葉さえ、本当かどうかもわからずあたしは愛花の意志を無視した。


 そう、だからこれは罰なのだ。あの日、人を嘲笑いながら、一番愛する人を信じていなかったあたしに対しての罰。

「ねえ、アイちゃん、答えてよ……」

「ぐ……、っあ……!」

 いつの間にやらあたしは愛花に体を押し倒され、首を絞められていた。

 言葉を搾り出そうにも、重みをかけられた手によって絞められた首のせいで上手く言葉が出てこない。

 顔が今にも破裂しそうなくらい、浮腫んでいる。目の前がチカチカとして、涙が滲む。

 そういえばいつかあたしも同じ様なことしたっけ……そんな風に考えられるのは余裕があるのか、諦めているからなのかわからないけれど、愛花の手で殺されるのなら、別にいいと思えてくる。

 うん、それでいい。あたしは愛する人の手で殺される。なんて素敵な終わりなのかしら。そんな風に悦を感じながら目を閉じる。


『また、図書室で──』


 ああ、佐藤先輩……どうしてこんな時に出てくるんですか? あたしの初めての友達。あたしが男だったらこんなことにはならずに、愛花と三人で今頃お昼を取っていたのだろうか。

 先輩に愛花を取られないようにハラハラしながら、冗談を言い合ってまた図書室で本の話でもしていたのだろうか。

 そもそも、あたしが男だったら、先輩はあたしに興味を持ってくれたのかしら。

 まだ、話していない本の感想がたくさんある。まだまだオススメしたい本もある。本当は愛花も交えてお茶でもしたい。

 もっともっと、やりたいこと、いっぱいあった……





「アイちゃん、アイちゃん……!」

 はっとして目を覚ますと、ぼんやりとした景色の中で愛花が涙をポロポロと零していた。

 目を覚ましたあたしを見て力強く抱きしめてくれる。

「マ……ナ……?」

 ちゃんと言葉が話せる。頭がズキズキと痛むけれど、あたしは死んではいないようだ。

「びっくりした! 話していたら、アイちゃん倒れて目を覚まさないから、わたしどうしたらいいのかわからなくって……」

「あたし、どれくらい意識を失っていたの?」

「正確にはわからないけれど、ほんの数分だと思う。他の人を呼べばよかったんだけど、そんな事思いつかなくって……アイちゃん、よかった」

 ぎゅっと再び抱きしめられる。愛花の言葉にほんの少し、違和感を感じながら愛花のぬくもりを味わう。

「アイちゃん、キスしてもいいですか?」

「うん、しよう」

 ちゅっと、軽く触れるようなキスを交わす。愛花はそれだけじゃ物足りないといわんばかりに何度も何度も啄ばむようなキスを繰り返す。

 まだ頭が痛い。目の前がぼんやりしているけれど、あたしは愛花のキスに応える。

 愛花の方からあたしの歯を舌で割ってくる。あたしはその舌を絡め取るように自分の舌で愛花の舌を絡める。

 息を吐く間もないくらいに深い、深いキスを交わし唇を離した頃には頭痛は和らいでいた。

「アイちゃん、起きれそう?」

「うん、もう大丈夫だよ」

 愛花に手を引いてもらって身体を起こす。もうすぐ昼休みが終わろうとしているのか、教室の外で人の話し声がしていた。

「お昼、食べ損ねちゃったね」

 愛花がそう言って笑う。

「そうね。午後の授業サボって外に食べに行っちゃう?」

 一回生は必須単位が多く、あまりサボるわけにはいかないのだけれど、あたしも愛花もお昼一番の授業の単位には余裕があるはずだ。愛花は少し考えた後、頷く。

「たまにはいいね」

「じゃ、そうしよう」

 そう言って手を繋ぐ。廊下に出ればこの手は離さなくてはいけないけれど、たった数歩の扉まではと思って互いに指を絡めた。


「あれ? アイちゃん、それ、大丈夫?」

 愛花があたしを凝視して首を傾げる。差し出された鏡を覗くと、首にうっすらとだけれど痣が浮かび上がっていた。恐らく愛花に首を絞められた時のものだろう。

「ん……隠せば大丈夫だと思う」

「アイちゃん、そんなところに痣なんてなかったよね? キスマーク、とかじゃないよね」

「これは……」

「わたしも前に同じ様な痣、できたことあるよ。ほら……アイちゃんに一度、首を絞められちゃった時。あの後出来たの。でもアイちゃんはどうして……?」

 キョトンとする愛花に目を丸くする。

「マナ、覚えてないの……?」

 愛花は困ったような表情を浮かべた後、なにが? と尋ねた。

 ズキンと、頭が痛くなる。愛花はさっきの一連の行動を覚えていないというのだろうか。

「アイちゃん、わたしが……何かしたの?」

 不安そうな愛花の表情を見て、あたしは「あなたに首を絞められたのよ」とはいえなかった。

 もしかしたら、愛花はあたしを試しているのだろうか。そうだとしても、愛花の気が沈むような言葉を言うのは躊躇ってしまう。

「全く……、この間酔っ払ってあたしに首輪だって言ってつけたのよ、あなたが」

 だからあたしは、愛花が先日飲み会の席でオレンジジュースと間違ってカクテルを飲んでしまったという一件があり、それを出す。あの日愛花はたった一杯のカクテルで記憶を失うくらいに酔っ払ってしまったのだ。

「う、えええ!? 全然覚えてないよ!? ってことは今朝からついてたの!?」

「そうよ。というかあの日からずっとね」

「も、もっと隠そうよ?」

「隠すなって言ったのはマナだわ」

「全然覚えてないよぉ……」

「未成年のくせにアルコールなんて飲むからよ」

「オレンジジュースだと思ったらファジーネーブルだったのぉ!」

「言い訳は聞きたくないわね」

「あ、アイちゃん……隠してください」

「マナがそう言うならそうするわ。今度は覚えている時にしてね?」

「も、もう……」

 愛花は顔を赤くして先を歩く。スルリと絡められた指が解かれて自然と繋がれていた手が離される。

 あたしは愛花の後ろについて歩き、一緒に教室を出た。


 廊下にいる生徒たちは次の授業に向かっていたり、同じ様にサボろうとしていたりと様々だ。あたしは少し歩く速度を速め、愛花の隣を歩く。

「アイちゃん?」

「女の子同士がいちゃいちゃするのは、珍しいことじゃないのよね?」

 そう言って愛花の腕に自分の腕を絡めた。愛花はビクリとして驚いていたようだけれど、嬉しそうに笑う。

「アイちゃんから、してもらえるのって凄く嬉しいかも」

「そう? エッチの時だって誘うのはいつもあたしだけれど?」

「も、もう! バカっ」

 互いに笑いあう。愛花が覚えていないのなら、あたしもなかったことにしよう。

 ううん、あの瞬間あたしは一度死んだのだ。愛する人の手によって、殺されたのだ。

 だから今度は愛花が言うように、愛花だけに好意を向ける大学生になるまえのあたしに戻ろう。

 佐藤先輩との関係は断つ。愛花がそれを望んでいるのなら、あたしはそれに従おう。

 その日の夜、あたしは携帯の連絡先から愛花以外の全てのメモリーを消去した。

今年度の更新は余裕があればあと一話したいなと思っております。

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