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愛の花、その香り―  作者: 深崎 香菜
第一部 高校生
3/34

01 ~外部受験~

 人は愛を知り、愛に育まれ、そして愛の中死んで逝く。

 これは亡くなった祖母がよく口にしていた言葉だ。祖母はよく古い本を読んでいたから、お気に入りの著書の一文なのかもしれない。

 幼かったあたしたちにとって、その言葉の意味は理解できず、ただただ自分たちの名前と同じ漢字が入っているというだけで、なんとなくその言葉が好きだった。

 確か、一度だけ妹が祖母にその意味を尋ねた事がある。祖母は少し考え込んだ後、いつも見せる優しい笑顔で答えてくれた。

「恋とね、愛は少し違うの。二人はきっとまだ、恋も知らないかしら。二人が恋を知ったとき、またこのお話をしようかねぇ」

 的を得ない答えに、あたしも妹も首を傾げるだけだった。

 結局、祖母からちゃんとした答えを聞く前に、祖母は亡くなってしまったのだけれど。



 あたしたちの話をしよう。あたしたちと言うのは柏原(かしわばら)家に生まれた長女と次女の話だ。

 あたしたちを授かったとき、両親は不安でたまらなかったらしい。なんせ、初めて身篭った子供が、双子だというのだから。

 双子ですよと、医者に聞いたときは嬉しかったようだが、初めてだというのに一度に二人も上手く育てられるのだろうか……という不安の方が大きかったようだ。

 祖母や周りの親戚に相談を重ね、その度に不安が大きくなっていたらしい。

 しかし、無事生まれてみると母は強しというのは当たっていたのか、当初の不安は一切消え、上手くいくとしか思えなかったようだ。


 母は、幼い頃から聞かされてきた祖母がよく口にする言葉の影響もあってか、あたしたちに『愛』という漢字をつけた名前にしたいと思い、姉の名を『(あい)』、妹の名を『(まな)』と名づけたそうだ。

 しかし、さすがに姉妹が同じ漢字一文字なのはどうかと祖父母からの指摘があり、姉の名を愛の香りと書いて『愛香(あいか)』、妹の名を愛の花と書いて『愛花(まなか)』とした。それでも十分にややこしい気がするけれど。



 あたしたち姉妹は本当に仲良く育った。おそろいの服を着て、おそろいの髪形をして、おそろいの髪飾りをつけて……一卵性の双子だったためにとうとう見分けがつかなくなってしまったくらい。

 愛花の泣き声がすれば、その隣で愛香がオロオロしている。愛香が笑っていれば、その隣で愛花も笑っている。あたしたち姉妹は二人で一つの存在だったのだ。

 中学校に上がる頃、祖母の具合が悪くなりあたしたち家族は母の実家がある地へ引っ越す事になった。

 公立の中学校に入学すると、小学校から上がってきた子達から仲間はずれにされてしまうのではないか。そう考えた母は、あたしたち姉妹に中学受験というものを勧めた。

 あたしたち姉妹は成績優秀とまでは言わなかったかもしれないけれど、成績は悪くない。

 それもあってか、面接はもちろん、勉強面でも苦労することなく入学が許された。入学したのは大学までエスカレーター式のお嬢様学校だった為、母が不安としていた出来事は、此方の方がありそうなわけだけれど。


 あたしたち姉妹は本当にそっくりだった。けれど、この頃はお互いが常に同じ行動をとる、というよりも互いの足りない部分を補い合っていたようにも思える。

 妹の愛花はお嬢様という言葉がぴったりの子に育っていたと思う。けれど、姉のあたしはというとお嬢様とは少し言いがたい。

 同じ顔、同じ声だというのに、いつの間にか『静かでおしとやかなのが愛花』、『少しガサツなのが愛香』という風に覚えられるようになっていた。

 それでもあたしたちは二人で一つ。誰にも分けることは許されない、許さない。今まで二人が共有していたものをどちらかに傾けただけなのことだ。だから今までと一緒。

 そう、あたしたちはずっと一緒。そうあたしは信じていた。

 信じていたからこそ、妹の一言には驚きを隠せなかった。今思えば、あたしたちはこの時すでに……もう、“違い”始めていたのだから。




「受験!?」

「も、もう! アイちゃん声おっきいよ……」

 妹の愛花に指摘され、周囲を見渡すと、何事かと注目を浴びてしまったようだ。

 日曜の午後、場所はファミリーレストラン。そりゃそうか……家族連れだってたくさんいるし、友達とおしゃべりやカップルたちがデートの休憩場所にも使っているのからこの時間はそれなりに混んでいる。そんな中、突然立ち上がり大声をあげれば誰だって気になるに違いない。

「ごめん……でも、マナ。それ、どういうことよ」

 あたしは軽く頭を下げながら座りなおす。あたしが椅子にお尻をつけた頃には、周囲の人たちの視線は壁にかけられた大きなテレビや、手元のメニュー、座っている相手の顔なんかに戻っていた。愛花はというと、戸惑った表情を見せた後恥ずかしそうにボソリと呟いた。

「楽しそう、だし。それに、自分のしたい事、してみたいの……」

「マナにとって今の学校だって楽しいでしょう? それに、受験なんて面倒な事しなくてもあたし達は普通に大学までいけるんだよ?」

「でもね、アイちゃん……」

「それに、マナが言っている大学って共学よ?」

 マナに見せられたパンフレットのページを捲りながら首を傾げる。青空の下に広がった眩しいほどの緑の芝生の上には、わざとらしく微笑む男女が立っている。

 こんな茶番のような写真を見せられて、この大学に対しどんな魅力を感じたというのか。

「わかってるよ」

 愛花は当然だと言わんばかりに答える。あたしは思わず溜息を零した。

「わかってるって……共学ってことは男子だっているのよ?」

「うん、そんなこと知ってるってばぁ……。別にわたし、男の子怖いってわけでもないし、その辺は平気だよ」

 今度は愛花の方が小さく溜息をつき、目の前のアイスティーを一気に飲み干す。グイっと豪快にというわけではなく、チューっとストローでだけど。

「さ、アイちゃん帰ろう? そろそろ帰って夕飯の手伝いしないと」

「ちょっとマナ! 待ちなさいって!」

 先にレジへ向かい会計を済ませようとする愛花を追いかける。今日は愛花からの呼び出しということもあり、支払いは愛花がすることになっていた。会計を済ませると一度こちらを振り返って手招きした後、黙って店を出てしまった。


 愛花から買い物に誘われた時点で、少し違和感を感じていた。愛花はあまり自分からどこかへ行こうと誘ってこないからだ。でも、あたしもちょうど新しい靴がほしいと思っていたために日曜にと約束を交わした。

 愛花は買い物中もずっと上の空で、そんなのなら別の日にすればよかったのに……と思えるほどの状態だった。

 お腹が空き、お昼はファミレスに決まり自分たちの食べる物を決める。相槌は打つもののやはり変。そこであたしはデザートを食べながら聞いたのだ。


「ね、マナ?」

「うん? アイちゃん、どうかした? ……あ、これ食べたい?」

 そう言って自分が注文したパフェを指差す。あたしは溜息をつき、首を横に振る。

「ほとんど頼んだの同じだし……いらないよ」

「そっかぁ。美味しいよ」

「うん、知ってる……」

 愛花は首をかしげながらニッコリと笑い、「変なアイちゃん」と言う。

 あんたの所為でしょうが……あんたのぉ!!

「あのね、マナ。あたしの勘違いならいいんだけど……今日一日ボーっとしてどうしたのよ?」

「あ、ん~……」

 やはり正解だ。愛花は罰の悪い顔をするとしばらく黙り込んだ。数分ほど会話はなく、どちらもパフェには手をつけない。その沈黙を破ったのは痺れを切らしたあたしだった。

「ごめん、言いたくないことがあるならいいの。誰にだってそんなことあるだろうし」

 たとえ、双子の姉妹でも……今までそんなことなかったんだけどなぁ。

 愛花を見ると、俯いたままだ。もういいって言っているのにな。それを口にしようとしたとき、愛花がカバンから何かのパンフレットのようなものを取り出した。

 それは紛れもなくパンフレットだ。机の上に置かれたパンフレットの表紙は青空の下、緑の芝生、笑いあう男女。そして丁度青空の部分に書かれた文字は『聖画大学入学の案内』。

「何これ?大学の資料?」

「う、ん」

「聖画大学って山の中にある美大じゃない」

「そう、アイちゃんよく知ってるね」

 ようやく愛花は溶けかけたパフェをスプーンでひとすくいして口に運ぶ。甘い物が大好きな愛花は幸せそうに次の一口を運んだ。

「結構有名だしね。で、それがどうしたの?」

「あのね、アイちゃん。わたしたちの夢、あるよね」

「モチロンよ」

 それは幼い頃からの夢。二人で絵本を作ることだ。愛花が絵を描いてあたしがシナリオを考える。二人で一つの作品を創りあげようと、昔から夢見ていた。

「そう。物語を考える事はわたしにもできるけれど、それを文章にしたり、整理するのはアイちゃんの方が得意だから……だから、昔大きくなったら二人で絵本作家になろうねって話したよね」

「ええ。だからあたしはそれなりに文章力が付くように頑張っているつもりだし、今はまだ時々だけれど思いついたお話の構想をメモしてはマナに話しているわ」

 つい先週も、いい話の構成が浮かんだものだから、プロットを起こして愛花に渡した。愛花は大絶賛してくれた。

「うん、アイちゃんは本当にわたしが突然掲げた夢に向かって努力してくれていると思う。けどね、わたしの絵ってまだまだ何かを伝えられるに値するものにはなっていないと思うの」

「そんな事ないわよ! マナの絵、とても好きよ? 時々ノートに描いたものを見るけれど十分だと思う。シャーペンだからそう思うだけよ。マナだって本格的に昔から好きな水彩とかで描けば……」

「ううん、アイちゃん。わたしはねちゃんとしたプロの人になりたいって思っているの。だからね、こんな落書きにしかならないものじゃ駄目なんだよ……」

「マナ……」

「それでね、専門学校とかも考えたんだけど、それならいっその事、ちょーっと背伸びして美大を受けてみるのはどうかって、思ったの……」

 愛花の表情はコロコロと変わり、つい先程まで暗い表情を見せていたというのに、今度はパっと花が咲いたような明るい表情を見せた。

 あたしは愛花の話についていけず、思わず口をポカンと開けてしまう。

「あの、その、もっとね、いろんな人の絵を見て、意見出し合ったりしてみて、こういうとこで成長できたらなって」

「えーっと……それ、って」

「う、ん。わたしね、アイちゃん。大学はその、外部受験しようと思っている、の」

「受験!?」

 ガタンと騒がしい音を立てて立ち上がってしまう。愛花は周囲の目を気にして顔を赤くしていた。

「も、もぅ……アイちゃん、声おっきいよ」


 今に至るというわけだ。どうしてそんなこと言うのだろう。

 そりゃあ画家になれるか? と問われればイエス! とは言える画力は備わっていないと思う。けれど、絵本にするには十分な絵を描けていると思うし、わざわざ専門課程を受ける必要もないと思っている。

 愛花の言うとおり、昔から彼女には作文のスキルが全くない。センスがないのだ。その分、あたしはよく先生に褒められていたし、何度か賞をもらった事もある。昔から何か物語りを作るのが好きで、あたしが考えた物語に合った絵を愛花が描くなんて事は幼稚園児の頃からしていた。

 それに、愛花の文章力をあたしが奪ってしまっている分、あたしには絵のセンスがない。愛花はよく写生大会なんかで賞をもらっていたがあたしにはそんな事一度もない。ようするに、お互いの才能を分け合う事無くどちらか片方に譲ってしまったあたし達の性格はこんな所にも出ているのだ。だから、愛花と一緒の大学に通いたいからといって、あたしが美大を受けたとしても将来に役立つかどうかの前に受かる事すら難しいと思う。けど、このままだと離れてしまうじゃないか……

「ねえ、マナ! どうして? どうしてそんなこと言い出すのよ!」

「うちの担任の先生、美術の先生でしょ? でね、この間呼び出されたんだけど、わたしの成績だと受験はそんなに苦労しないだろうし、きっと伸びるはずだから受けてみないかって言ってもらったのよ」

「はあ!? どうしてアイツがマナの進路に口出しするのよ!」

 あの汚らしい女だ。媚びるような言葉で生徒と話すあの女があたしは大嫌いだった。

「でも、先生が言ってくれなかったら、わたし美大に行こうなんて思わなかったし。だから、すごくわたしにとってはいいこと、かな」

「よくないわよ!! そんなことしたら、離れちゃうじゃない!」

「もう……アイちゃんは大袈裟だよぉ。別に、大学にいって一人暮らしするわけでもないんだし。今の家からでも通えるんだし。だから家では会えるんだよ?」

「それじゃ朝は早く出ることになるし、それに! 夜まで会えないんだよ!?」

 突然襲い掛かる不安に耐え切れず、あたしは愛花の前に立ち塞がる。愛花はそんな事で物怖じすることなく、涼しい顔をしてあたしの目の前に荷物を差し出した。

「そりゃそうだけど……あ、アイちゃんこれ持ってて、鍵開けるね」

 いつの間にか自宅についてしまったようだ。愛花はさっさと話題を変えてしまい、家に上がってしまった。

「たっだいまー! ……って、お父さんたちいないんだ」

 家の中はとても静かで、愛花の声が妙に響く。

 今日は年に一度ある両親の結婚記念日旅行だ。国内のどこかしらに、娘達二人を置いて出かけてしまうのだ。

「今朝、出かけるって言ってたじゃない」

「そうだっけ? さ、それより汗かいちゃった! アイちゃんは? 先にシャワーする?」

「いいわ、マナが先に入ればいい」

「もう……拗ねないでよぉー!」

 あたしの様子を見て、愛花が困ったように笑う。あたしの背中に頭をグリグリと押し付けてくる。

「あたしに相談もなく決めたのが悲しいんだもん」

 素直にそう告げると、愛花は反省してくれたのか、しゅんと項垂れる。それからあたしの顔を覗き込んでからペコリと頭を下げた。

「ん、それは……ごめんなさい!」

「…………とにかく、早くお風呂入ったら? 荷物、部屋に運んでおいてあげる。 あと、着替えも準備しておくから」

 愛花にはとことん甘いと言われる。こんな事で簡単に従ってしまうのは、よくないとわかっているけれど結局愛花を許してしまうのだ。

「うん、アイちゃんありがとっ!」

 愛花はそう言うとニッコリ笑い、脱衣所のドアを閉めた。

 玄関に一人取り残されたあたしは小さく溜息をついた後、買い物した荷物や愛花のカバンを持ち階段へと足をかける。


ミシ……


「ん?」

 そのとき、確かに聞いた。階段の音なんかじゃない。どこかで、歯車が狂い始めた音を、あたしは確かに聞いたんだ……


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