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愛の花、その香り―  作者: 深崎 香菜
第二部 大学生
29/34

27 ~依存と寄生~

 依存という言葉をあたしはあまり好まない。

 自分の人生を他人に全て頼って生きていくなんてまっぴらだ。そう思っているにも関わらず、あたしはずっと妹の愛花に依存して生きてきたように思える。

 別に、愛花を頼りに生きてきたわけではない。ただ、愛花がいない人生なんて考えられなかったし、これから先だって思い描くことはできない。

 人はきっと、あたしが愛花に依存して生きているというだろう。けれど、それは少し違う。

 あたし達は二人で一つの存在だ。互いに欠けている部分を補い合うことのできる存在だ。だから、一緒じゃなくてはいけない。これは依存ではないのだ。

 愛花がどう思ってくれているかはわからない。けれど、あの子もあたしを求めてくれる。それは同じ気持ちだからじゃないだろうか。


「この子供はどうも親に依存し過ぎていて胸糞が悪かった」

 図書室で本を読んでいると、いつの間にか先輩が一緒の席に座っているというのは、今では日常茶飯事だ。

 あの日、しばらく距離を置くと思っていた先輩は翌週にはケロっとしていて今までと変わらない様子で接してきた。あたしはあの日の事が自分の妄想だったのではないかと疑ってしまう程に驚いた。

 最初こそ、先輩との距離感を図っていたけれど今では他人よりも近くて、友人よりは少し遠いそんな距離が生まれていた。

「散々親に依存して生活しておいて、挙句の果てに殺すだなんてありえねぇ」

 先輩は顔をしかめてそう続ける。あたしは『依存』というワードに少し引っかかって首を傾げる。

「あたしはどちらかと言うと、この子供は依存していたというよりも『寄生』していたと思うんですけど」

「依存と寄生って変わらなくないか?」

 はあ、とため息を零す。佐藤先輩は時々こうしてとぼけたことを口にするのだ。

「違いますよ。依存は精神的に頼りにしていて、寄生は肉体的というか……物理的に頼りにしている形ですね。こいつの場合、親に対して抱いていた感情は精神的なものではなくて、生活だったりお金だったりした面だったので、寄生という言葉が正しいかと」

 そういうと先輩は目を丸くしてケラケラと笑う。ここが図書室であることを忘れないでいただきたい。

「柏原は頭いいなぁ。なるほどなぁ、似たような意味ではあるけど、たしかに全然違うな」

 笑った後「それを聞くと依存より寄生の方が腹が立つな」と付け加える。

「先輩は、誰かに依存したり、寄生して生きている人生は、どう思いますか?」

 あたしの質問に目を丸くした後、難しい顔をして考え込む。深い答えを求めたわけじゃないのだけれど、こうして真剣に考えてくれるというのは嬉しい。

 少し考え込んだ後、先輩はボソリと「難しいな」と漏らす。

「難しい?」

「ああ、この小説の息子もそうだけどさ、結局そうしていかなければ生きていけなかったんだろ? 精神的でも、物理的でも誰かに頼らなければいけなかったんだろ? それを全否定する資格は俺にはないからな」

「真面目ですね?」

「柏原が真面目だから俺も真面目に答えてるんだけどー? まあ、でもさ。そうして頼る前に少しくらい現状を打破しようとしたのか? とは考えるな」

 だから俺はこいつが嫌いなんだなと笑う。

 今、あたしたちが話している小説に出てくる人物は両親に寄生をして生きていた。働くこともせず、遊んでばかりでそのお金さえも両親からむしり取る。

 きっかけは大学生の頃にいくつもの会社の面接に落ちたことが始まりだった。そこで心が折れてしまったその人物は最後の面接から働くことをやめた。

 最終的に、お金を渡さないようにした母親を殺そうと企てたけれど、逆に母親に殺されてしまうというオチの小説だったのだが、お互い読み終わった後味が悪かったという話から感想を言い合っていた。

「柏原が選んでくる本はいつも一気に読みたくなるものばかりだな」

 ここ最近は互いの気に入っている本を勧め合うという流れになっている。あたしの方も今、先輩から勧められたイヤミス作品というものを読んでいる。

 イヤミス作品と呼ばれるものがある事はもちろん知っていたけれど、手を出すのは初めてだった為に新鮮で面白くて自らも新規開拓を始めたくらいだ。


 先輩はぐっと伸びをした後、欠伸をしながら時計を見る。そろそろ授業が終わり昼休憩になる。

 あたしは先輩につられて欠伸をしそうになるのを歯を食いしばって堪える。

「柏原っていつも昼ってどうしてんの? 学食?」

「学食だったり、お弁当だったりバラバラです」

「ふーん。ならこのまま飯でも行くか」

 どんなところに連れて行ってくれるんですか? そう言葉にしようとして飲み込む。

 お昼はいつも愛花と取る事にしていて、今日だってそれは変わらない。

「あー……お昼は、妹と約束しているんです」

「なんなら、妹も一緒に行くか?」

 愛花も三人なら何も言わないだろうか? 一度聞いてみるのもいいかもしれない。

 そう思ったはずなのに、あたしは誘いを断ってしまった。

「ごめんなさい、妹の他にも友達が来るので」

「友達……!?」

「なんですか、そのいたのかよって反応」

「あ、いや……はは」

「愛花の友達です。同じサークルにも入っていますよ。あたしも最近仲間に入れてもらってるんですよ。それじゃあ先輩、そろそろ行きますね」

 本に栞を挟んで席を立つ。まだ何か言いたげにこちらを見つめる先輩から視線をそらして荷物を持った。

「また、図書室で」

「……たまにはサークルにも顔を出してください」

「んー、気が向いたらな。ほら、そろそろ学食が混む時間だぞ」

 先輩は少し悲しそうな顔をした後、あたしを急かす。悪い事をしたな、と思いながらもあたしは頭を軽く下げて図書室を後にした。

 不思議なことに、愛花と先輩を会わせることに抵抗があった。

 本当は愛花と二人でお昼を取るつもりだったというのに、どうして嘘をついてしまったんだろう。


 一足先に学食に着くと、愛花からメールが入る。講義が長引いているようだ。

 あたしはメールを返信しながら、三人で会いたくなかった理由を思い浮かべる。

 そうだ、愛花は先輩とあたしの関係をあまり好んでいない様子だった。だから、図書館でよく会う事も言っていない。

 だからこそ、こうしてお昼も一緒にと言えば、愛花はいい気分ではないだろう。

 愛花の事を考えて、あたしはそう思ったに違いないのだ。

『ごめんね。今終わった! すぐ行くね。 アイちゃん、大好きだよ』

 なのに、愛花からの返信に心が痛むのは、どうしてなのだろう……

 胸の中にもやがかかり、何かがつっかえたような気持ちになる。

 こんな風に人間関係の事で思い悩むなんて初めての事で戸惑ってしまう。

 愛花もこんな風に思い悩んでくれていたのだろうか? あたしに気を遣って、けど友人との時間も守りたくて……

 それをあたしは何度も邪魔をした。愛花はヤキモチを妬いてみせたけれど、あたしのようにあからさまな態度には出さなかった。

 今、あたしが愛花にそんな行動を取られたらとても悲しいし、苦しい。あたしはずっと、その気持ちを愛花に抱かせていたのだ。

「アイちゃん、ごめん! おまたせー!」

 走ってくる必要なんてないというのに、愛花が息を切らして駆けつける。あたしは人目もはばからず愛花の身体をぎゅっと抱きしめた。

「え!? ちょ、ちょっと、アイちゃん?」

 愛花は戸惑い、困惑した声色であたしから離れようとする。あたしは離れる事を許さないと言わんばかりに愛花を強く、強く抱きしめた。

「アイちゃん、何かあったの? とにかく、ここを出よう?」

 愛花がポンポンと背中を叩いてくれる。あたしはようやく周囲から向けられた好奇の視線に気づく。

 突然抱き合ったあたしたちに興味津々な視線もあれば、怪訝な表情を見せる人だっている。あたしが何も考えずに取ってしまった行動で、愛花の大学生活に悪影響を及ぼす可能性だってある。

「マナ、ごめんなさい。あたし……」

「アイちゃん、行こう?」

 愛花は何も聞かずにあたしの手を引いて食堂から連れ出してくれる。

 あたしたちを追う視線とヒソヒソとした話し声はすぐに雑踏の中に消えてしまった。


「どうしたの? 何かあった?」

 愛花は使われていない教室を見つけ、あたしを座らせる。心配げに顔を覗き込んでくれた表情は今にも泣きそうだった。

「ごめんね、あたし……あんなところで抱きつくべきじゃなかった」

「大丈夫。別に、どうってことないよ」

「ううん、そんな事無い。きっと、変だって噂されるわ。マナのお友達だってあたしたちの事変な目で見るかもしれない」

「アイちゃん、別に女の子同士が抱きつく事なんて珍しい事じゃないないんだよ? 皆、突然アイちゃんが抱きつくものだからどうしたんだろうって思っただけで、変な目では見てないよ」

「そんな事無い! 気持ち悪いって目で見ていた人だっていたわ」

「ん、中にはベタベタした友情とかが気持ち悪いって言う人もいるから。だからって……」

「あたしがマナに抱いている感情は友情じゃないわ!!」

 息を荒げて立ち上がろうとする所を愛花に止められる。愛花は困惑している様子だった。

「アイちゃん、落ち着いて?」

「ごめんなさい……」

 あたしはどうかしていた。頭の中がめちゃくちゃだった。

 愛花に迷惑をかけたいわけじゃない。愛花にそんな表情をさせたいわけじゃない。それなのに、あたしの所為で愛花は悲しい表情を見せている。

「大丈夫? 今日はもう、お家帰る?」

 ぎゅっと強く愛花が手を握ってくれる。痺れるほどにあたしの手は冷たくなっていて、愛花のぬくもりがそれを溶かしてくれる。

「マナ……、本当にごめんなさい」

「謝らないで? さっきの事なら、本当に……」

「相沢さんの事も、折原さんの事も……本当にごめんなさい」

 隣に座る愛花が小さく息を呑む。握ってくれていた手に力が入り、痛みが走る。

「どうして……?」

「マナ、あたしね、──」

 ギリっと、爪が立てられ痛みに顔を歪めてしまう。愛花の顔を見ると、目が血走り鋭い視線をこちらに向けていた。

「ま、な……」

「どうして、今、恵美ちゃんの事を、話すの」

「マナ、あたし、今更気づいたの……」

「あの時邪魔をしてしまったけど、自分の時は邪魔しないでねって、言いたいの……?」

 愛花の爪にあたしの血がうっすらと滲む。痛みで涙がこみ上げてくる。

 ナイフのように鋭い視線でこちらを睨みつけた愛花は返事を急かすように続ける。あたしの身体は思わず震えてしまっていた。


「わたし以外の人に、好意を向ける人生なんて、許さない」


 愛花はあたしの耳元でそう囁き、耳に歯を立てる。

 叫びそうになるのを堪え、歯を食いしばる。手の甲と耳が同時に熱を持つ。

「アイちゃんはずっと変わらなくていいの。ずっとわたしのことだけを狂ったように愛していて。わたしだけを支えに、生きて……」

 愛花の狂ったような愛の囁きは心に響いてはくれなかった……

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