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愛の花、その香り―  作者: 深崎 香菜
第二部 大学生
28/34

26 ~嘘~

 恋をすると人は盲目になるらしい。

 人を愛することで、理性や常識を失ってしまうという。

 わたしが描いていた恋というものは、少女マンガの世界でよく見るキラキラとしていたものだった。

 けれど、実際に恋をしてみると現実は全く別物だ。 

 キラキラした部分と同じくらい……ううん、ひょっとするとそれを覆い隠すほどの大きさで、ドロドロとした妬みや苦しみ、狂気が伴っていた。


 最初、愛香ちゃんがわたしを縛り付けるような行動をとるたびに、窮屈で仕方がなかった。

 それはまだ、わたしが愛香ちゃんの事をきちんと愛していなかったからだ。

 けれど今は違う。愛香ちゃんが縛り付けてくれることが嬉しい。わたしを愛してくれているからこそ、してくれるのだ。

 もちろん、わたしも同じ様に愛香ちゃんを縛り付けたくなっていた。

 わたし以外の人に笑顔を見せないでほしい。わたし以外の人と二人で過ごさないでほしい。わたしが見ていないところで、誰かと親しくしないでほしい。

 キラキラとした感情よりも、汚い感情の方が大きく溢れてくる。こんなのだめだ。そう思えば思う程にこの気持ちはとまらなかった。


 

 ここ数日、愛香ちゃんの機嫌はとてもいい。わたしはその理由を知っていた。

 その理由がわたしだったのなら、どれだけ良かっただろうか。けれど、愛香ちゃんはあの男の事を考えて機嫌よくしているのだ

 あんなチャラチャラとした雰囲気を出す男の何がいいのだろう。愛香ちゃんは友達だと言うけれど、相手の男には下心があるに違いない。

 愛香ちゃんはクールで綺麗だ。高校生まではクールな部分が勘違いされて悪い風に言われていたけれど、大学生になって愛香ちゃんは少しだけ変わった。

 わたしのお友達ともある程度普通に接してくれるようになった。そんな彼女が微笑みかけようものなら、男性陣が放っておくわけがない。


 わたしは確かに、ずっと愛香ちゃんにお友達ができればいいのにと願っていた。だから、真美の事も紹介したし、大学で出会った新しい友人達とも接してほしいと思っていた。

 なのに、実際愛香ちゃんにお友達ができたと聞いて、わたしの心は乱されてしまった。

 愛香ちゃんを信用していないわけじゃない。けれど、今まで見た事のない愛香ちゃんの姿にわたしはただ、戸惑っているのだ。

 きっと相手がわたしのよく知る共通の友人と呼べる人だったのなら、ここまで不安な気持ちにはならなかっただろう。自分勝手だと言われるかもしれないけれど、あの先輩とはあまり親しくしてほしくなかった。



 土曜日、朝から愛香ちゃんはそわそわしているように思えた。様子がおかしいものだから、どうしたのかと尋ねたけれど、誤魔化されてしまった。

 お昼ごはんも食べないまま、家を出ようとするものだから、一緒に行こうとしたけれど図書館に行くといわれてしまう。

「こんなに早くから行くの? 図書館なら別に、お昼を食べてからでもいいじゃない」

「今日、ずっと借りたかった本が返却されたのよ。早く読みたくって」

「取り置きをお願いしているなら早く行かなくても大丈夫だよ?」

「うん、そうなんだけどね」

 愛香ちゃんはそう言って笑うと、靴を履いてさっさと家を出てしまう。

『マナも一緒に行く?』いつも言ってくれる言葉がない。断っているんはわたしの方だけれど、いつもの言葉がないと変に勘ぐってしまう。わたしが一緒に行くとマズイのだ。

 わたしは後を追うようにして、家を飛び出す。愛香ちゃんはいつもバスで図書館に向かう。同じバスに乗るには目立ちすぎるからと、わたしは自転車に跨った。

 バス停に向かう愛香ちゃんの後ろをゆっくりと尾行し、バスに乗ったところを確認して自転車のペダルを踏み出す。

 バスの後をつけるのはなかなか大変で、二つ目のバス停で自転車を止める頃には息が上がっていた。愛香ちゃんが途中で降りる事は無く、言っていた通り図書館の前でバスを降りる。

 わたしが勘ぐり過ぎたかな……と反省をしながら、図書館の自転車置き場に自転車を止め、ちょうど自動ドアの向こうに姿を消した愛香ちゃんを追いかける。

 せっかくここまで来たのだから、愛香ちゃんを驚かせてやろうと一つ遅れたエレベーターに乗り込み、図書館がある六階のボタンを押した。

 図書館の中は相変わらずとても静かだ。愛香ちゃんはこの雰囲気が好きだというけれど、わたしはどうも落ち着かない。

 周囲を見渡し、愛香ちゃんの姿を見つけるて追いかける。愛香ちゃんは途中の本棚には目もくれず、まるで行く場所が決まっているかのような足取りでそそくさと図書館の中を歩く。

 取り置きしていたという本はもう受付で受け取ったのだろうか? わたしが一本エレベーターを遅らせただけなのに、そんなに早く済むことなのだろうか。そんな事を考えながら、愛香ちゃんが曲がった角を曲がろうとした時、声が聞こえてきた。

「おー。来てくれた」

 それは紛れも無くあの男の声だった。わたしの心臓はドクンと脈を打ち、足がその場で凍り付いてしまう。

「……お昼から来るかもしれないじゃないですか」

 二人は声のトーンを落とし、何やらひそひそと話しているようだった。わたしは二人がいる席に近い本棚の影に隠れ、二人の会話に耳を傾ける。二人が座る席はちょうど観葉植物の陰に隠れていて、少し身を乗り出したところで、バレる事はなさそうだった。

 先輩が一方的に話しているようで、愛香ちゃんは相槌を打っている。ここで会う事を隠されていたのは腑に落ちないけれど、本当に小説の話をしているだけなのかもしれない。

 下心があるのなら、ここまで愛香ちゃんの趣味に合わせてくるだろうか? もしかしたら、本当に小説の趣味があって、仲良くしているだけかもしれない。それならば、これ以上わたしが盗み聞きするのはよくないだろう。

 そう思って立ち上がろうとした時、先輩が引っかかる言葉を言い放つ。

「柏原、俺そろそろこうやってへらへら笑ってるのしんどいってば」

 さっきまで一方的に話を繰り広げていた先輩の声が急にまじめな物に変わる。愛香ちゃんが小さく息を呑むのが聞こえた。

「勝手にさ、あんなこと言っておいてそんな事言われてもーって言われればおしまいだけどさ、なんか自分でも恥ずかしいくらいの事いきなり言ってどうかしてるって思うけど、でもやっぱ言いたくなったものは仕方ないというか……。どう転ぼうが、言っておきたいって思ったんだよ。俺はね」

 その言葉だけで理解する。ああ、やっぱりこいつは愛香ちゃんに対して下心があったのだ。

 愛香ちゃんはこいつとの関係を「友人」だといった。その言葉はきっと嘘ではなかっただろう。けれど、こいつはその気持ちを裏切って、愛香ちゃんに接しようとしているのだ。

 そして、こいつの話し方から察するに、こいつが愛香ちゃんに何か言ったのだ。それは今日ではない。今日より前に、愛香ちゃんは告げられている。

 わたしはそれを、知らない。



 叫びだしそうになるのを堪えながら、わたしは夢中で走った。図書館を飛び出し、自転車があるのも忘れて、走り出す。

 息が切れ、足がもつれそうになった頃、ようやくわたしの足は止まってくれた。

 泣き出しそうになる。頭の中がパンクしてしまいそうだった。

 どうして愛香ちゃんは黙っていたのだろう。わたしにいちいち報告するまでもないと思われているのだろうか?

 わたしに知られなければ、いう必要も無いと思われていたのだろうか……?


『あたしは……柏原が好きなんだ。柏原、愛花が、好きだ』


 あの日、あの時間言われた言葉が脳裏に蘇る。そうだ、彼女のとき、愛香ちゃんはどうしたんだっけ?

 彼女は、わたしに対して恋人同士になれなくてもいいと言ってくれた。今まで通り、友達でいい。けど、言っておきたいって。

 あの男のように下心でわたしに告げてくれたわけじゃない。

 それなのに、あの時愛香ちゃんはわたしを問い詰めた。恵美ちゃんとの関係を許してはもらえなかった。

 自分は良いっていうの……? 自分だけは、許されると思っているの?

「そんなの……許すわけないじゃない」

 絞り出した言葉は、わたしが紡いだものだとは思えないほどに擦れていて、低い声だった。

 聞きなれない自分の声に思わず驚いてしまう。発声練習をするように、声を出して自分の声を確かめる。

 何度声を発しても、さっき聞いた声は出ず自分の声だったかどうかもわからなくなった。

 わたしは小さく息を吐いた後、手を胸に当てて自分に言い聞かせる。

「大丈夫……アイちゃんはきっと、今夜話してくれるに違いない。だから、安心してね」

 そうだ。愛香ちゃんはきっと決着をつけてからわたしに話してくれるつもりだったに違いない。

 きっと、サークルは抜けるって言いだすかもしれないけれど、大丈夫。元々あの先輩はほとんどサークルには来ないって噂だし、それに最悪わたしも一緒に抜ければいいのだ。

 今度は愛香ちゃんが好みそうなサークルに入ろう。ううん、無理に入らなくてもいいかもしれない。

 もう無理をして愛香ちゃんにお友達を作ろうだなんて考えなくてもいい。わたしと、愛香ちゃん。二人がいられればそれでいい。

 よし、と小さく呟いてわたしは帰路に着く。自転車の事なんてもうどうでもよかった。

 今はとにかく、愛香ちゃんから聞かされた時のリアクションの練習をしておかなくっちゃ。わたしはまだ、二人の事を知らないはずなのだから。

 そう、自分に言い聞かせることで足取りは軽くなる。大丈夫、そう信じて……




 愛香ちゃんが帰宅したのは夕飯の時間少し前だった。あれからあいつといたのだろうか。それとも、断るのに時間がかかっていたのだろうか。

 いつ話してくれるのだろうと、待ち構えていたけれど、夕飯の間も、そのあとリビングでテレビを見ている時も愛香ちゃんは話してはくれなかった。

 両親の前だからかもしれない。そう思ったわたしは、お風呂の後さっさと自室に戻る。愛香ちゃんも同じようにお風呂の後は部屋に戻ってきてくれた。

「今日はもう少し夜更かしすると思っていたわ。だって、マナの好きな音楽番組、夜中だし」

「いいの。今夜の分は録画で充分」

「そっか。先に寝る?」

「アイちゃんはまだ眠らない?」

「うーん、どうしようかな」

「一緒に寝たいな?」

「ん、わかった」

 愛香ちゃんは頷くと先にベッドに入る。わたしもくっつくようにして一緒にベッドに入った。

 相変わらず二段ベッドに二人で眠るのは狭い。先日、両親に大きなベッドがほしいと言ったけれど、置くスペースがないからダメだと言われてしまった。

「今日は何していたの?」

 愛香ちゃんから話しにくいのかと思い、こちらから切り出す。愛香ちゃんはキョトンとした顔をした後にクスクスと笑った。

「図書館に行くって言ったじゃない」

「あ、うん。そうなんだけど。図書館、楽しかった? 言ってた本は読めたのかな」

「ええ、読めたわ」

「……あそこの図書館、知り合いに会ったりしないの?」

「ん、そうね。たまに中学や、高校の時の同級生と会うけれど、向こうから話しかけたりはしてこないわね」

 どうして? ここまでお膳立てをしてあげているというのに、愛香ちゃんは一向にあの男の事を話そうとしない。

 その後も、あの男の話がしやすいようにとサークルの話や最近の話、あの男が読んだと言っていた恋愛小説が映画化されることでわたしも原作を読んでみたいと言ってみたり。

 あいつに繋がる話題をどれだけ与えても、愛香ちゃんはあいつの話をしようとしない。

 痺れを切らしたわたしは、直接あいつの話題を振ることにした。

「そういえば、例の先輩とは図書館で一緒に本を読んだりしないの? 一人で読むより絶対楽しそうなのに」

 愛香ちゃんの身体が強張るのがわかる。

「わたしが本を読めば一番の話し相手になれるのにね」

 そう言いながら愛香ちゃんの胸に顔を埋める。心臓がトクトクと速く打つのがわかった。これはわたしに抱きつかれたからではないとわかっていると、気持ちが沈む。

「アイちゃん、どうかした?」

 話すならきっとこのタイミングだろう。わたしは愛香ちゃんの顔を見上げてわざとらしく首を傾げてみる。愛香ちゃんは困ったように笑う。

「先輩の住んでいるところを知らないからなんとも言えないけれど、わざわざこっちの図書館に呼び出すのもね。学校の図書室で会ったりはするわよ」

 悪びれる様子も無く嘘をつかれて頭痛と吐き気に襲われる。愛香ちゃんは今、簡単に嘘を吐いたのだ。

「あーあ、喋りつかれて喉が渇いちゃった。ちょっと飲み物飲んでくるね」

 愛香ちゃんはスルリとわたしの腕から抜けて、ベッドを出る。それがわたしから逃げるための作り話なのか、本当なのかもわからない。


「許さない……絶対に……こんなの……、許さない……」


 愛香ちゃんが扉に手をかけたところで立ち止まり、こちらを振り返る。

「マナ? 何か言った?」

 ニコリと笑うその笑顔が憎い。どうしてそんな風に笑っていられるの?

 わたしのときと何が違うって言うの……?

「ううん、何も言ってないよ。眠くなっちゃった。先に寝ててもいい?」

「あ、うん。わかった」

 そう言うと愛香ちゃんはこちらに戻ってきて額に軽くキスをする。

「おやすみ、マナ」

 そしてそのままこちらを一度も振り返らず、リビングへ降りていった。

 わたしは身体を起こし、愛香ちゃんの枕を思いっきり殴りつける。

 愛香ちゃんにキスをされた額が熱を帯びるように熱く感じた。


「許さない……絶対に、許さないんだから……」


 再び、聞いた事の無いような低く、かすれた声が部屋の中だけに響いた……

本日より連載を再開させていただきます。

目安としては月に1~2回更新できればと考えておりますので、よろしくお願い致します。

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