17 ~卒業、音楽室での…~
満開には程遠いけれど、校門前にある桜並木の桜がひらひら舞う光景は大好きだ。
初めてここの桜を目にした時、あたしとあの子は同時に見とれてしまい、感動したのを今でも覚えている。
あの後あたし達は両親の言葉を無視して校門まで駆け出し、そしてあの子はお決まりとでもいうようにして転んだんだっけ。
「アイちゃん?」
柄にもなく感傷に浸っていると隣を歩く愛花が顔を覗き込んでくる。
あたしはなんでもないと答えた後、もう一度桜に目をやった。
「相変わらず、綺麗ね」
「そうだね。この光景も見納めだね?」
そう、見納め。4月からあたしたち姉妹は別の大学への進学が決まっている。
今日の卒業式をもって、あたしたちはこの学園から卒業。
「そうね。後悔してる?」
「まさかー。わたしが最初に言い出した事だもん」
「そ。早く教室に行った方がいいわね。またあのウルサイお友達が待っているだろうし」
そう言うと愛花は少し頬を膨らませる。
「また真美のこと言ってる? 相変わらずだよね、アイちゃんも真美も」
もうこれはいつもの会話となりつつあった。
あたしは相変わらず相沢真美が嫌いで、相沢真美自身もあたしの事が嫌いだった。
けれどあの事件の後、愛花を支えようとした心遣いからか、真美は愛花自身にあたしのことをどうこう言わなくなったらしい。
あたし自身だってそうだ。
相沢真美が愛花に抱く感情が友情である以上、何も出来ないしするつもりもない。何も言わないし、関わろうともしない。
お互いがそうしようと言ったわけでもないのに、お互いがそうしている変な関係。
「早く、行くわよ?」
「もう、ごまかしたぁ!」
愛花を見送り、あたしも自分の教室へと移動する。
何の思いでもない学園の卒業式はあっという間に終わってしまう。
このままエスカレーター式で大学に進む子がほとんどだというのに、何を悲しむ必要があるのだろうか。
今年の外部受験はあたしたちを含めて6人という少なさ。1クラス2人くらいの割合。
外部組みはともかく、また4月から馬鹿みたいに騒ぎあう人たちのほうが泣いているのがなんだか気に入らない。
折原恵美の件は、結局一身上の都合いう事で幕を閉じた。
あたしたち姉妹は、大きな秘密を抱えた。
二人だけの秘密なんてとてもロマンチックはなずなのに、あの女が絡んでいる事でどうしても喜べない。
いなくなっても、あたし達の邪魔をしてくるあの女が憎い。
愛花の方はすっかり立ち直っていた。と、言っても気丈に振舞っているだけだ。
今でも時々、深夜に思い出したかのようにして涙を流し、あたしはあいつの事を想う愛花を抱きしめなくてはならない。
正直うんざりしていたけれど、愛花があたしを支えとしてくれているのであれば、目を瞑ろうと思った。
この学園から去れば、少しずつ愛花の記憶からあの女のことが薄れていってはくれないだろうか。
愛花はあたしたち二人はずっと苦しもうと言った。正直、あたしからするとそんなのはごめんだ。
確かに、自殺に追い込んだのはあたしだ。だからといってあたしはそれを悪いとは思ってはいない。
そんな事、愛花の前ではいえないけれど、死んでくれればいい。そう思っていたのだから。
「アイちゃん!! 写真撮ろうよぉ!」
卒業式が終わり、グラウンドにいたあたしを見つけると愛花が子犬のように駆け寄ってくる。
もちろん、その後ろには相沢真美が一緒だった。
「マナ、あんたそれ嫌がらせよ?」
「え? あ、違うってば! わたしとアイちゃん二人で! 桜並木バックにして撮りたいんだけど、駄目かなぁ?」
「それなら、いいけど」
まあ、予想通りシャッターを切るのは相沢真美なわけで。
本人はすっごく嫌そうな顔をしていたけれど愛花からのお願いに渋々OKを出した。
「この後、クラス会出るんでしょう?」
「え、あの……いい?」
「もちろん。でも一緒に帰りたいから待ってる。帰る頃に連絡ちょうだいね? 門限過ぎるようなら放って帰るから」
「でもアイちゃんはどうするの?」
「あたしは、うーん、そうだなぁ……あ。旧校舎の音楽室にいる」
場所を愛花にだけ聞こえるように耳元でささやく。一瞬身体をびくっと震わせた愛花だけれど、少し顔を赤くしながらも
「わかった! じゃあ行くね?」
と言って駆け出して行った。その後姿を見送る。
ふと、相沢と目が合った。何か言いたいような顔をしながらも、先に駆け出した愛花を目で追う。
「なに?」
だからこっちから話しかけてみる。あたしの質問にブスっとした顔をして、こちらへと寄ってきた。
「私は、やっぱりあんたが嫌い」
「言わなくてもわかっているし、あたしもあなたが嫌い」
「そうだね、今さら言うことでもない。けど、やっぱりあんたはオカシイって今でも思ってるから」
「どういう意味?」
「どうやっているのかわからない。けど、あんたが、何かをして愛花を縛り付けている気がする。あの子は、たとえあんたと双子の姉妹でも、どんなにあんたと似ていても、あの子はおかしな子じゃない。あんたとは、違うんだから」
「それだけ?」
「……それだけよ。じゃ、お元気で」
「あんたもね?」
そう言って愛花を追いかける後姿を見て思う。最後の最後まで、本当に大嫌いな子だったな、と。
うちの学園では、卒業式の後に各教室を使ってクラス会を開くことが出来る。
いわゆるさよなら会だ。
未成年のクセに、見栄を張ってここはやっぱりお酒がほしい! なんて子は他所で開いているらしいけれど、ほとんどが校内に残りクラス会に参加する。
部活なんかで企画する際も自前に部室棟や活動していた場所を予約することによって使用が可能になるのだ。
あたしは自分のクラスのクラス会になんて参加する気はないけれど、高校生のうちに一つだけやりたいことがあった。
それを実行するのには愛花が絶対に必要だし、愛花を待っているしかなかったのだ。
誰も使わない旧校舎の音楽室。
4年前、新館ができそこにとても設備の整った音楽室が出来た。
吹奏楽部の活動はもちろん、全ての音楽活動は新校舎で行なわれる。
旧校舎は歴史を守るとかで取り壊すことはないとのことだが、理科の実験以外では立ち寄ることはない。
何もない音楽室に並ぶ古びた机。その中の一つにあたしは腰掛け、愛花を待つ。
その時間はとても長く感じ、自分がやりたいことのために待つだなんて言わなければよかったと後悔した。
こんなに待つのならばここに来るまでに会った後輩にちょっかいでも出していればよかった。
なんて、どうしようもないことを考える。
以前あたしに告白してくれた後輩からもう一度気持ちを伝えられたのだ。
(その子だけじゃないんだけど。)
あたしはその気持ちが嬉しかったし、こんな風に気持ちをまっすぐ伝えられるのが羨ましく思った。
だからこそ、ちゃんとあたしも正直に答えたのだけれど。
そのとき、控えめに教室の扉が開かれた。
一瞬、こんな日にまで見回りの教師がいるのかと思いきや小さな声であたしの名前を呼んだのは愛花だった。
「マナ……」
あたしを確認すると、愛花は教室に入りそっと扉を閉める。
そしてこちらに向き直りキョトンとした顔をした。
「アイちゃん、どしたの? その顔」
「は?」
「なんかすっごく変な顔」
失礼な! と言おうとしたけれどその通りなのだろう。
こんなとこに一人残っているなんて絶対に怪しい。教師ならばすぐに追い出されるに違いない。
なんて言ったって、ここ旧校舎は立ち入り禁止なのだから。
「ビックリしただけよ。」
「あは。アイちゃんでもそんなにビックリするんだ?」
「誰だってするでしょ。ていうか、どうしてここにきたの? まだ終わってないんじゃない?」
「そうだけど……抜けてきちゃった。クラス会は二時間なんだけど、途中で抜ける子も珍しくないし」
「いいの? 最後なのに」
「会えなくなるわけじゃないし。で、どうして音楽室なの??」
「んー……それはね?」
すっと立ち上がり愛花にキスする。
突然のことに身をすくめたけれどそのまま背中に手を回してきた。
あたしはそれがOKサインだと勝手に解釈し愛花の唇を割って奥へ、奥へと侵入する。
「ふ、ぁっ……ァイちゃん、それは、ナシ……!」
そう言って唇を離そうとする愛花を抱き寄せて、放さないようにとまた唇を重ね縛り付ける。
こうすると愛花の抵抗が弱くなるのを知っているからこそ出来る行為だった。
そう、あたしがやりたかった事とは校内での思い出作りだった。
少女漫画なんかを読んで憧れるシーンの一つ。
と、言ってもあたしの場合相手が女の子なんだけれど。そんな事は気にしてられない。
愛花は散々抵抗したけれど、結局あたしに押し切られてしまった。
互いが立てなくなるまで何度も何度も肌を重ね、気づけば窓の外は真っ暗になっていた。
もうとっくにクラス会は終わり、職員室からだけ明かりが漏れていた。
どれだけの時間、あたしたちは音楽室にいたのだろう。
そんなことどうでもいい。繋いだ手の暖かさだけを感じながら足早に帰路に付く。
高校最後の思い出。ずっと思い描いていた教室での行為。
それを叶えたあたしはこの日有頂天で、これから始まる大学生活の波乱の幕開けだとは思いもしなかった。