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愛の花、その香り―  作者: 深崎 香菜
第一部 高校生
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16 〜病みゆくココロ〜

 急な呼び出しにも関わらず、愛香ちゃんは30分とかからず公園へと来てくれた。

 軽く手を振ってみたものの、お互い少し重い空気が流れなんともいえない状況だ。

「今日、わたしが何処に行ってたかは知ってるよね?」

 きっと愛香ちゃんだってわたしが何を話そうとしているか気づいている。

 だからわたしは遠まわしにすることもなく本題に入る事にした。

「そりゃ……うん。」

「うん。実は恵美ちゃんはわたしに一つ手紙を残してくれてたんだ」

「なによ、それ」

 目を泳がせる愛香ちゃんを見て、やっぱり何も知らなかったフリをすればよかったのかどうか迷う。

 けれどこうなってしまった今でも愛香ちゃんが大好きだ。

 大切な友人を奪われたというのに、いつの間にかわたしの感覚は麻痺してしまっていたらしい。

 大好きだからこそ、はっきりさせないといけないこともある。

「読んだよ、ちゃんと。どうしてあんな事になっちゃったのかも、わかった」

「……」

「恵美ちゃんがわたしに対して態度が変わってしまう前、アイちゃんは恵美ちゃんに会いに行ったんだよね?」

 俯き、何も言わない愛香ちゃんの表情は伺えなかったが何も言い返さないということはそういうことなのだろう。

 返事を待たず続けることにした。

「そこで、恵美ちゃんに、酷い言葉を浴びせた」



 手紙に書かれていた事は、ある日の放課後、恵美ちゃんはクラスの子から『柏原愛花が待っている』と伝言を受け取ったらしい。

 すでに教室にはわたしの姿はない。他の用でも済ませてからなのだろうと恵美ちゃんは足早に指定された場所に向かったそうだ。


 なかなか姿を現さないわたしに困り、時間ばかりが過ぎて行く。痺れを切らした頃、ようやく声をかけられた。

「遅かったな」

 そう声をかけると、わたしは恵美ちゃんのことを「折原さん」と呼んだそうだ。そこで、疑問に思いながらも訂正を促すと慣れていないからと、誤魔化したらしい。

 どうしたのかと尋ねると、あの日のキスをわたしの恋人に見られたと告げられた。

 恵美ちゃんはわたしの恋路を邪魔してしまったと、胃の中に氷が入ってきたような気持ちになったらしい。どうしたものかと困っていると、ニヤリと口角を上げて笑っているわたしが目に入った。

 一瞬、わたしだと勘違いしそうになったけれど、すぐにその人物がわたしではなく、姉の愛香である事に気づいた。

「お姉さん、ですよね。あなた。」

 恵美ちゃんがそう問いかけると、愛香ちゃんはクスクスと笑う。

「あら、バレちゃったかしら。まあ、いいわ。折原さん、マナは、ここには来ないわよ。あたしが頼まれて来たの」

 呼び出しておいて一体どういうつもりなのだろうかと、恵美ちゃんは首を傾げる。

 愛香ちゃんはその様子を見て再び笑みを漏らしたあと小さく溜息を吐いた。

「まだわからない? マナがあなたの事を軽蔑しているわ。なんとかして縁を切りたいけれど、同じクラスという事もあって困っているって。だから、あたしになんとかしてくれないかって頼んできたのよ。あなたの事だから、マナが呼び出したとあってはちゃんと来るとは思っていたけれど、まさかこんな時間まで待つとは思わなかった」

 愛香ちゃんの言う事が理解できなかった。言葉を飲み込めずにいると、愛香ちゃんは一歩、また一歩と距離をつめる。

 睨みつけたところで、愛香ちゃんは一切物怖じしなかった。

「意味がわからない? 同じクラスメイトに、気持ちの悪い告白をされて、マナは困っているのよ。挙句の果てにキスまでされたんじゃあねぇ。迷惑だけど、断れないって。友達のフリをして徐々に疎遠になる事を願っているんですって。ただ、もう限界みたい。あなたのこと、気持ち悪いって軽蔑していたわ」

「う、嘘だ……」

「クスクス……えらくポジティブなものね? 考えてもみなさいよ。マナの考え方は別に異常ではないと思うわ? まあ、少し偏見を持ちすぎといわれるかもしれないけれど」

 恵美ちゃんは身体中が震えたそうだ。今まで言ってくれていた言葉は全て嘘だったのかと。

 このとき、愛香ちゃんの言葉が嘘だと思えるほどの、余裕が無かったらしい。


 そんな風に思われていた。

 同情、哀れみ、そんな目で自分を見ていて、自分が感じていた友情はすべて偽者だった。

 頭の中では同じ言葉がループし続け、恵美ちゃんが冷静になる時間なんてくれやしなかった。


 次の日、何食わぬ顔して話しかけるわたしが憎くて仕方がなかった。

 顔も見たくない。そう思ったくらいだそうだ。


 けれど、わたしからのメールや電話は途切れる事がない。

 友達ごっこを続けるしかない。こっちから離れてやるんだからもう、いいじゃないか。

 そう思っているはずなのに、割り切れず立ち直れない自分がそこにいた。


 全てを知った瞬間、わたしの中に生まれたのは怒り。自分の片割れが憎くて、憎くて仕方が無かった。

 これだけ憎いはずなのに、わたしの中には愛香ちゃんを愛する気持ちが強く残っていた。

 大切な人の命を奪った張本人かもしれないというのに、わたしは充分イカレている。



「こんな……ことに、なるなんて思いもしなかったの……マナ、信じて……あたしは、あいつを転校しなくてはいけない程に追い詰めたつもりはないの。確かに、あたしのした事が原因、かもしれない、けど、けどね……?」

 愛香ちゃんは今まで聞いた事のない程情けない声を出す。擦れていて、搾り出すように言葉を紡いだ。

「あたしはただ、マナとちゃんと愛し合うことが出来た後でも不安で仕方なかった。もしかしたら、あたしのときのようにアイツのところに行っちゃうんじゃないかって……」

「そんなこと、」

「わからないじゃない!! アイツと話すマナが楽しそうで、相沢さんとのときだってそうだけど、けどアイツは相沢とはマナを見る目が違う。それに気持ちだって伝えてた!! だから、怖くて……マナから離してしまいたくて、だから、だから……っ」


 だからって追い詰めたんだよ?

 そんなことが頭に浮かんだというのに、わたしはそれを口にすることが出来なかった。

 愛香ちゃんがわたしをここまで愛してくれているのが嬉しかった。……本当に狂っているんだと思う。

「マナを手離すなんて、無理なのよ。あたしには、マナが必要で、マナじゃないと駄目なの……」

 自然と伸びた腕は愛香ちゃんをぎゅっと抱きしめていた。落ち着いて、と背中をぽんぽんと撫でる。

 離れるわけがないじゃない。きっと、今のわたしは愛香ちゃんがわたしを愛してくれているよりも、もっともっと強く愛している。

 いつの間にこんな事になっていたんだろう。愛香ちゃんの心が病んでしまいこのような行動に出てしまったのと同じ。

 わたしもまた、心が壊れてしまっているのだろうか?

「アイちゃん、わたしね、こんな事を聞いてもあなたが大好き。恵美ちゃんの事、簡単に許すことは出来ない。なのにね、あなたを愛しているの……」

「ま、な?」

「アイちゃん一人の罪なんかじゃないよ。これはわたしたち二人の罪。だから、一緒にこれから苦しもう?」

 この先、恵美ちゃんが真実を周りの人間に話す日はきてしまうのだろうか。

 その時は愛香ちゃん一人になんて償わせやしない。二人で償うしかない。

 何も言わなくなってしまった愛香ちゃんを強く、強く抱きしめながら誓う。

 もう不安にさせないから。愛香ちゃんだけを愛すから、愛し続けるから。

 わたしたちは一緒じゃないといけない。わたしにとっても愛香ちゃんが必要で、愛香ちゃんじゃないと駄目なのだから。


 いつかの夕日と同じように周りは赤く染まり、朱を帯びていく。

 思わずうっとりしてしまうであろうその風景の中、わたしたちは長い長いキスをした……

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