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愛の花、その香り―  作者: 深崎 香菜
第一部 高校生
17/34

15 ~手紙~

 ショックから立ち直ったかといわれれば、答えは「ノー」だ。

 けれど、いつまでもこうしているわけにはいかない。

 あの日から随分と時間が経ったかのように思える程に、わたしの周りはいつもの光景に戻りつつあった。あの日から、たったの三週間しか経っていないというのに。


 愛香ちゃんの言葉に耳を傾けながらも、後から訪れる悲しみや寂しさを抑えることはできなかった。

 ボーっとしたり、以前、彼女から受け取ったチョーカーを撫でてみたりしてはあふれ出す涙を愛香ちゃんに拭ってもらう。

 夜中に恵美ちゃんを思い出しては泣き、眠る愛香ちゃんを起こして抱きしめてもらう。

 愛香ちゃんの暖かさに甘え、そしていつも以上に愛香ちゃんを求め、そして眠りに付く。そんな毎日だった。


 先週の終わり、ようやくわたしは恵美ちゃんの家に行く事ができた。

 愛香ちゃんが付いていくと言ってくれたけれど、断り一人で行くことにした。

 恵美ちゃんのお母さんはやつれていて、それを目にするとまた泣き出しそうになる。

 けれどここで泣くわけにはいかないと、笑って見せた。

 恵美ちゃんの家は大きな和室があり、リビングに向かうにはどうしてもそこを通らなくてはいけない。

 わたしは少しだけ、お線香の香りが苦手だ。幼い頃亡くなった祖父を思い出すから。


「お部屋、ですか……」

 小さく頷く。

 最後に、彼女と一緒にすごしたことのある場所を目に焼き付けておきたかった。

 この間のようにおばさんとお話しすることはあっても、恵美ちゃんの部屋を見る機会はどんどん減っていくだろう。そうなる前に、まだ彼女の香りが残っている間に目に焼き付けて起きたかったのだ。

「駄目、でしょうか? その、わたし……」

「……ごめんなさい。あなたはあの子が唯一紹介してくれたお友達なのにね。でも、あの子が帰ってきた時、勝手に人をあげたとなっては怒ってしまうんじゃないかって心配になるの」

 それはわたしも同じです。明日になると肩を叩かれて振り向くと、彼女が立っているんじゃないかって考える…。

 そう口にしようとしたけれど、親子という関係と友達という関係ではそこにある絆は大きく違う。

 だからわたしはこれ以上何も言わない方がいいと思い口をつぐんだ。

「こんなお願い、嫌だとは思うけれど……そうね、今回も何も動かさないでくれるなら、あがってくれていいから」

 わたしはおばさんの言い回しに少し疑問を感じながらも、恵美ちゃんの部屋にあげてもらうことを感謝し、小さく頷くと彼女の部屋に一人あがらせてもらった。

 そこは彼女らしいシンプルな空間。ベッドに机、そして本棚。

 本棚には漫画やCD、棚の上には小さなステレオが置かれていた。

 “引き出しの中にあるアルバム”引き出しを捜さなくても、それは一つしかなかった。

 勉強机の引き出し以外にアルバムをしまえそうなところはクローゼットのみ。

 クローゼットを開けるのは少し躊躇いを感じ、そのまま勉強机へと手を伸ばす。

 おばさんに約束したのにと、簡単に約束を破る事が後ろめたくて聞こえもしない謝罪の言葉を小さく呟いた。


 上から順番に見て、最後の段にアルバムは収められていた。

 その中から一つだけアルバムを抜き出しそっと開ける。

 小学生の頃は女の子らしい格好もしていたんだな……なんて少し微笑ましい気持ちになる。

 けれどいつおばさんがここに来るかもわからない今、ゆっくり見ている場合ではない。

 ただ、開いてほしいと言われただけで、何をすればいいのかわからない。

 彼女なりのメッセージが隠されているのではないかと考えたわたしは次々とページを捲っていく。

「……こ、れ?」

 挟まっていたのは封筒。それは手紙なんてらしくない彼女らしい、よく見る茶封筒だった。

 そこに書かれた「愛花へ」という字。どきんと心臓が高鳴る。

 何が書かれているのだろうと、中身を見たい気持ちが高まる。

 けれどここで読んではいけない。おばさんに部屋を触った事がバレてしまう。

 そっとアルバムを元に戻しすぐに部屋を飛び出す。

「お邪魔、しました!」

 おばさんに声をかけると小さく微笑んでくれた。

 玄関の扉に手をかけたとき、「わたしもね…」という掠れた声が聞こえた。

 振り向くとおばさんが涙ぐんでいる。

「おばさん……」

「私も、あの子のアルバムを見てしまうの。あの子はこの頃こんな子だったなー……って思い出す時間が今は一番好きよ。」

「……っ」

「いいの、ごめんなさい。何も触らないで、なんて変よね。あなただってあの子を大事に想ってくれていた一人なんだもの」

 見られていたんだとすぐに謝罪した。

 それならば、封筒の事もバレているんじゃないか……と思ったけれどおばさん自身何も言わないでいたので、わたしもそれ以上は何も言わないようにした。

 最後にもう一度謝罪の言葉を述べ、足早に彼女の家を後にする。

 これは自分の部屋でも読めない。あそこには愛香ちゃんがいる。



 できるだけ遠回りをし、いつもは通りもしない団地の公園のベンチに座りようやく封筒の中身を見ることができた。

『愛花へ』で始まるその文章を読み進めていく。

 どうしてあのような事になってしまったのか。

 どうしてあの日、わたしへの態度が急激に変わってしまったのか。

 それはここに書かれている通り、わたしのことを愛してくれているあの子の嫉妬心からに違いなかった。

 それがやがて、このような結果になると気づかず、あの子はこんなことをしてしまったんだ。


『もしもし??』

 一瞬は自分?と勘違いしてしまいそうなほど似ている大好きなあの子の声。

 わたしはあの子に気づかれないようにと平然を装い、明るく話しかけてみる。

『今から……? わか、った。行くよ』

 それでもきっと気づいてしまうんだよね。

 わたしたちは、二人で一人と言ってもいいくらいなのだから……

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