14 ~線香の香り~
「あら、来てくれたのね」
「すみません、お忙しいところに」
「いいの。あなたが来てくれたら、あの子の話ができるんだもの」
「お邪魔します。」
靴を脱ぎ揃え、やつれた様子の女性の後に続く。こんな事にならなければ、この人は今日笑って迎えてくれていたのだろうか。
和室への襖を開け、中へ通される。線香の香りが漂う。幼い頃からこの香りだけは苦手だった。
お盆になると両親に連れられ炎天下の中お墓を参り、何かあるとすぐに怒鳴りつけるため嫌いだった祖父宅へと向かう。
そこでも仏壇に手を合わせ供えられているものを見ては隣に座る片割れに“おいしそうだね”と小声で囁くとそれを見つけた祖父が怒る。
なんでもご先祖様相手に真剣ではないとのことだった。
まだ小学校にもあがっていないのに、そんなのわかるか! と思いながらもその場ではシュン……と落ち込んだフリをする。
小さな声で謝罪すると、フンと鼻を鳴らして“オマエは本当に出来が悪いな。それに比べてこの子は”と片割れをほめだす。
そんなこと、わかってるよと思いながらもひたすら謝り続け、両親の助けを待つものの誰だって助けてはくれない。
そんな嫌な思いをするとき、いつだってこの香りがまとわりついていた……
あの日もそうだった。小学生最後の夏休み。行きたくもない祖父の家。
祖父はお正月に会った時とは違い、弱っているようだった。
そんな状態なら、小言も言わずに黙っていればいいのに。そんな気持ちを知ってか知らずか、いつものようにほんの些細な事で叱られる。
「おじいちゃん、うるさいよ! だいっきらい。早く死んじゃえ!!!」
大嫌いな祖父。けれど本心なんかじゃない。
なのに神様はこんなときに限って意地悪をしてくるんだ。
そこから先はスローモーション。
口から投げられた言葉という名のナイフ。それが心臓に刺さったかのようにして祖父は胸を抑えてその場に蹲った。
苦しそうに呼吸をしながら、こちらに向けて手を払い、「あっちへ行け」とする。
どうしようと、頭の中が混乱し後ずさる。
「ぉ、おじいちゃん?!」
そこに片割れの悲鳴。
祖母にもらったお饅頭を姉妹でわけようとしてこちらへ向かっていたとのことだった。
すぐに祖母や両親がかけつけ祖父の名前を呼ぶ。
そのまま祖父は帰らぬ人となってしまった。
付きまとう嫌いな香り。まさかあの言葉の所為? 幼いといっても、12歳。
それでもあれが偶然とは思えず、自分がとても恐くなった。
あの日から祖父の家を訪ねることはせず、線香の香りを極端に嫌った。
久々に嗅ぐ香りに一瞬しかめっ面をしてしまったが、気づかれないようにして和室を通り過ぎる。
一足先にリビングに着いていた“彼女”の母親は訪問した客人にお茶を淹れてくれる様子だった。
「部屋を、見せてもらってもいいですか?」
断られるかもしれなかったが、賭けに出てみた。もうあえなくなった彼女の部屋を見たい。親としてはいなくなった娘の部屋を見せるのは抵抗があるのだろうか。
「え? えぇ……」
案の定、少し嫌そうな顔をされる。
「ほんの少しでいいので」
おばさんは渋ったけれど、最後は了承をしてくれる。
頭を下げて、階段を上り手前の扉を開くと、高校生女子が使っているとは思えないシンプルな家具ばかりそろえられた部屋が広がっていた。
いつ、彼女が帰ってきてもいいようにしておきたいとの事で、物を動かさないという約束をして入れてもらえた。
「じゃあ、また帰る時は声をかけて頂戴」
「はい。ご無理を言ってすみません」
「階下にいるわね」
扉が閉まり、階段を下りる音に耳を済ませる。
リビングへとつながる扉が閉じられるのを確認すると小さな声で謝った。
そっと、引き出しを開ける。文具やレターセットなんかが入っているだけだ。
レターセットだなんて、柄でもないものを持っているのか。
別の引き出しへと移る。
彼女が最後に使った状態から本当に何も動かしていないのだろう。それはそこにちゃんとあった。
「……あった」
そこには保育園、小学校、中学校の順に卒業アルバムが並んでいた。
迷わず小学校のアルバムを手に取り中を捲っていく。
「わたしの夢」という卒業文集のページを開いたとき、それは見つかった。
かわいらしい封筒が挟まっている。それをカバンに収め、別の封筒を取り出しアルバムの中に挟んでおく。
そして、アルバムを元通りにし部屋を後にする。リビングにいるお母さんに声をかけて靴を履いた。
「今度はゆっくり、していってちょうだい」
「はい。また来ます」
もう、二度ときたくない。そう思いながらも頭を下げ来た道を歩き出すのだった。
いつまで更新おくれるねんみたいな・・