13 ~相沢真美~
彼女に初めて会ったのは、雨の降る入学式の日だった。私はそんなことしたくなかったんだけど、母親の言葉に釣られて中学受験をした。
勉強は嫌いじゃなかったし、習い事といえば塾ではなく公文式だったけれどあっさりと合格してしまった。
受験当日に気づいたことがそこがお嬢様学校であったこと。
と、言ってもそこまでお嬢様な雰囲気があるわけではないため旗から見れば「お嬢様」といわれているが内面はそうでない。
しかしそれを知ったのは入学してからだったために、当時の私からすれば絶対に嫌だった。
きっと生徒たちは「おほほ」と笑い、友人の名前を呼ぶときは「~さん」と呼ぶに違いない。
先輩のことはきっと「~様」に決まっている。そんな偏見を持ちながらもう遅い! と怒鳴られ、渋々試験を受けた。
わざと間違えればよかったんだけど、それはなんだか腑に落ちない。まあそのときの変なプライドのおかげで私はこの学校に通うことになった。
バスを降り、慣れないセーラー服の裾をつんと引っ張り坂道を歩く。自分が入学させておいて、母は仕事で入学式にはこれないという。
周りは親子だったり、友達と一緒だったり。幼稚園からエスカレーター式であがってきたのかもしれない。
あるいは小学校からの友達とか。私の周囲にこの学校を受けた人なんていないためもちろん私は一人だ。
新しい制服に、祝い用に舞う桜の花びら。よし、これから新しい毎日があるんだ、がんばろう!!
そう思って笑えるのはマンガの中だけだな、と思った。しとしとと降る雨は、更に気分を憂鬱にさせた。
ここ最近それが続いた所為か祝ってくれるはずの桜の花びらは早くも散っている。道はその落ちた花びらで汚れている。
あんなに綺麗な花びらでも、散って地面に落ち踏まれれば汚く感じる。皮肉な物だな。そう考えながらカバンを肩に掛けなおす。
張り切ってしまったのか、予定よりも早く学校に着いてしまい、入学式までは一時間も余裕がある。
私は小さく溜息をつき、1人で周辺の探索に出かけることにした。
校門からは出ず、ぐるぐると回る。しかし雨が降っているために探索は校舎内のみとなる。
「つまんないな」
そう呟き、上履きに履き替え立ち上がったとき走っていた誰かにぶつかる。
突然のことで驚きしりもちをついてしまった。校内だからよかったものの、もし校外ならドロドロじゃないか!! そう思い、相手を睨みつけてやる。
その子はとても可愛らしかった。きっと触れば柔らかいふわふわとした髪。
面倒くさそうに私を睨む顔は腹が立つけれどきっと作り笑いだとしても、笑えばもっと可愛く見えるだろう。
化粧をしているのかはわからないけれど、していなくても十分な顔立ち。むしろしないほうがいいかもしれない。
そんな事を考えているうちに、相手は軽く頭を下げるだけで立ち去ってしまう。同じ色のタイからして同級生だ。
絶対見つけたら謝らせてやる。そう決意し、スカートについた埃を払うと結局そのまま講堂へと移動した。
探さずとも、そのこは同じクラスにいた。名簿順に並んているため私は一番前なのだが、少し後ろを振り返ったときにそのこはいた。
偶然にも同じクラスだ。さっきと違って見えたのはどこか緊張した様子だということ。キョロキョロと周囲を見て落ち着かない様子だった。
いつまでも後を見ていられないと、前を向く。生徒会長の挨拶が始まりすでに10分経過。
あんたは校長先生ですか? と聞きたいくらい長いし、その挨拶には中身が無く感じられた。中身の無い言葉なんて要らない。上辺だけの言葉なんて要らないのに、まだ話す気のようだった。
結局、生徒会長さんは約20分話をして壇上をおりた。
「ちょっと、あんた!!」
式が終わり、教室に移動した後は担任先生の自己紹介や、たくさんのプリントが配られた。
最後に、担任の「これから三年間悔いのないよう楽しい学園生活を送ってくれ!」なんていう馬鹿げたお言葉の後、私は即効で帰ろうとするあの子の手を掴んだ。
突然のことに目を白黒させこちらを凝視する。
「あのねぇ、私に何か言うことはない?」
「……え?あ、あの」
「“あの”じゃないわよ。あんたねぇ、あれが外ならもっと汚れてたんだからっ! せっかく新品の制服なのにいきなり汚されてしかも謝りもしないとかないんだけど!!」
ちっさいなぁ、と自分でも思う。けれど当時の私にとって、右も左も分からない。知っている人は1人もいない。
そんな環境の中で訪れたイレギュラーに戸惑いと、そして無駄な怒りがあったのだ。
「え、えっと……ご、ごめんなさ……っく……」
どうして自分が責められるのか。彼女はそういった表情を見せ目に涙を浮かべた。
それを見た瞬間、自分の器の小ささだけじゃなく惨めさまで実感してしまう。
そしてそれに勝手に腹を立てそれを彼女に全てぶつけようとしたそのとき、伸ばした私の手が何者かに力強く捕まれた。
「なに!?」
「泣かせたわね?」
「ぁ、アイちゃん」
「アンタ、マナになにしたのよ? この手は何よ!?」
今度は私がポカンとする。さっきと逆転してしまったのだ。
だって、目の前には同じ顔の人間が二人。まるで間違い探しをさせられているようなくらいそっくり。
違うところといえば、この手を掴んでいる彼女のほうは私を睨みつけ、もう1人は未だおろおろとしている。それくらいしか違わないくらい一緒……同じだった。
「ふ、双子?」
「アンタ、さっき私にぶつかってきた生徒よね? どうしてマナに言うのよ。あたしに言えばいいでしょう!!」
「ご、ごめん。そ、その……双子とは思わなく、て。はは……」
もう笑うしかなかった。この子のいうとおり、ぶつかったのはこっちだろう。
今回は私が全面的に悪い。というか、私、本当に……
「何、やってんだろ」
気づけばクラスだけじゃない、他のクラスの人たちまでの視線を集めていた。
当然だ。教室の出入り口でこんな風にもめれば誰だって見るだろう。
私は消え入りそうな声だったけれど謝罪をする。片方は睨みつけ、そして掴んだ手を離した。
「マナ、帰ろう」
そう告げて私に背を向ける。おろおろとした片割れは何度か私ともう片方を見て少し言葉に詰まりながら言った。
「アイちゃん、先に校門で待っててくれるかな」
「は?」
「え、っと、わたしと、その……えーっと?」
「相沢、です」
「うん、わたしと相沢さんは同じクラスだし、少なくとも一年間は同じクラスでしょ? それなのにこれが原因で顔合わせるのも気まずい~とかはちょっとやだなぁって。だからそ、の……ちょっとお話して、和解しませんか、って」
その言葉に、私だけじゃない。「アイ」と呼ばれた女の子までもが目をパチクリさせ、そのこを見た。
少し間が空いて何か言おうとしたようだが、「マナ」と呼ばれた片割れになにやら説得され、渋々頷いていた。
すれ違うとき、「また何かしたら、今度は許さない」と言われ片方が教室を出る。
「お、脅し?」
そう言った私をクスリと笑い、中庭に行こうと誘われ後を着いて行く。和解って何をするんだろうとか、だいたいあんたは悪くないんでしょうが……とか。
そんな事を考えているとそのこはもう一度小さく笑い、自分の眉間を指差す。
「へ?」
「シワ、寄ってますよ?」
「あ、うん」
「そんな難しい顔、しないでほしいな。わたしもアイちゃんも……あ、アイちゃんって言うのはさっきの人で、わたしの双子の姉になります。わたしは愛花って言います。」
「ああ、だから“マナ”ね。一卵性? そっくりだね」
「あ、はい。よく言われる。で、わたしもアイちゃんもこっちに引っ越してきたばかりで、勢いでこの学校受験したって感じなの。だから、右も左もわからないのは学校だけじゃなくて外もそうなんだ。そんな中、ああいうので変なシコリ残したくないなって」
「エスカレーターで上がってきた人じゃないんだ」
小さく頷き、両親の都合でこっちへきたのだと話しだす。
そしてようやく気づいたのだが、彼女は自分とのシコリを消したいのではなく自分の姉とのことのようだった。
聞けば姉のほうは人付き合いが悪いのか、苦手なのか友人と呼べる者が全く居ないらしい。
その所為か普段からブスっとしていて話しかけづらく、ついには「友達は別に要らない」と言い出す始末なのだそうだ。
「そ、の。多分相沢さんがぶつかったのはアイちゃんだと思います。わたしには見覚えないし、さっきアイちゃんもそんなこと言ってたし」
「あ、そのことはもう気にしなくて……」
「ごめんなさい。わたしが謝っても意味ないかもしれないけど、ごめんなさい」
「いや、本当にもういいんだ。私もなんていうか……うん。不安だったっていうか」
「え?」
「いや、私中学受験して、外部受験してきたからちょっと不安だったんだよね」
そう言って愛花にいきさつを話すとごめんと言いながら何度も笑い、涙まで流し始めた。
その態度に少し頬を膨らませるとまた謝ってくるのだが全く反省の色が見えない。けれどそんな瞬間が楽しくて、馴染めるかどうかという不安は少し和らいだ。
愛花とは上手くやっていけそうな気がする。そう言うと彼女は嬉しそうに笑った。
けれどきっと姉の方とは上手くはやっていけない。それをそのまま伝えると彼女は寂しげな表情を見せる。
私たちは女だ。女の友情というものは綺麗なものばかりじゃない。
友達同士の些細な喧嘩。これは修復可能だし、久しぶりに集まったときなんかの笑いのタネにさえなる。
けれど、初対面で喧嘩やいい合いをしてしまうとシコリはどうしても残る。男同士の友情とは違うのがそこだ。
これが男の子同士だと、大喧嘩したって次の日にはケロっとしている。けど女の子にとってこれがイジメの原因になったりといろいろややこしい。
確かにあの子はそういうイジメなんかはしないだろう。そんな感じがする。
けど、きっともう話そうとも思わないだろうし、無視だってされかねない。
「そう、なのかな」
「うん。なんとなくだけど馬が合わないような気もするしね」
「そ、っか」
かなり落ち込んだ様子だけれど仕方が無いことだ。それにきっとあんなことがなくても、私たちは仲良くなろうなんて思わなかっただろし。
最初から、無理だったのだ。
その件がきっかけで私と愛花は仲良くなった。ほとんど一緒にいたし、放課後になればクレープ屋ができたとか言って食べに行ったり。それが楽しくて、嬉しかった。
それは、二年に上がってすぐの頃だった。当時、私と愛花は進級してもまた同じクラスだったことに喜び、私たちの中は以前よりも特別なものになっていた。
その日無理矢理やらされた委員会なわけだけど、一度引き受けたことはちゃんとやり遂げたい。そういう変なプライドもあり私はその日も真面目に委員会活動を終えた。
週に一回の委員会活動は生徒会室で行われるわけだが、こいつら遊んでるな……と思うほどそこにはお菓子やジュースが置かれていた。
あれだけあるならちょっとは出してくれよ! と言いたいのを我慢するのもこれで何度目だろう。
委員会の日は愛花は先に帰る。それなのにその日、愛花はそこにいた。
「どうしたの? 忘れ物?」
「……」
愛花は何も言わずただ私を見ているだけだった。首を傾げ、もう一度話しかける。
けれど反応は同じで、私は状況が把握できず戸惑ってしまう。
とりあえず、一緒に帰ろうと言い歩き出そうとした私の手をつかみ愛花は消え入るよな声で言った。
「やっぱりあなたは、駄目だわ」
いったいなんのことだろう。そう問いかけようとしたとき、ようやく違和感を感じる。
まさか……と思いつつも私は確認をすると、愛花……いや、愛花そっくりの双子の姉である、原愛香は小さく頷き返した。
「ごめんなさい。一瞬愛花かなって思って、本当にそっくりなんですね、わかりませんでした」
「そうね、あたしとマナは何から何まで一緒だわ」
「え、ええ」
「あたしはね、相沢さん。マナのちょっとした変化にだって気づくことが出来る。例え前髪を1ミリ切ろうともきづいてみせるわ。なのに、それなのに……あたしとマナの違いさえわからないあなたなんかに、どうしてマナの隣を譲らないといけないのよ!?」
ヒステリックに叫ぶ彼女の声が廊下に響き渡る。生徒会室が普段生徒が寄り付かない旧校舎にあったのが救いかもしれない。
まだこの時間なら校内に残る生徒の数は少なくはないだろう。ついさっきまで委員会が開かれていた生徒会室には誰も残っていない。
生徒会を含む全ての委員が、委員会の終わりと共にそそくさと下校したからだ。そしてそれは幸いだった。
もし誰か残っていたとして、彼女が怒り出したのを見て後々面倒なことになるのは御免だ。
「あの、意味が分からないです。」
「そりゃそうよ。私とマナの絆よ? わかるはずがない。」
彼女はそう言い捨て、気持ちの悪い笑みを浮かべた。
「ねえ、お願いだからマナの前から消えてほしいの。友達? そんな薄っぺらいものいらないの。あたし達はあたし達だけでいい。友達はいらない。邪魔なだけ」
そう言ってクスリと笑う。あの日以来、彼女と話す機会はなかった。
その所為か彼女への印象は少し過保護な友人の双子の姉。愛花以外との関わりを持とうとはせず、だからって荒れているわけでもない。
一匹狼で、少し格好良いなとさえ思ってしまう。それが彼女の印象だった。
そんな彼女が一言一言、言葉を紡ぐたびに色を変えていく。狂に彩られて壊れていく。
「あなた、おかしい……」
つい、口から零れた言葉。彼女は何がおかしいのかケラケラと笑い出した。
「ねえ、私の言っている意味わかる? 私はあなたに害があると言っているのよ。どこかガサツだし、そうやって笑み一つで挑発してくる。そんな風にマナがなるのは嫌なのよ。守りたいと思うのは変? おかしいの? 私達は2人でひとつ。私はマナの双子の姉だけど同時にマナでもあるのよ? 自分を大事にするのは変? そんなに変なの?」
この言葉を聞き、二番目に思ったのが「馬鹿げている」だった。
双子だからってこれはおかしい。外見が同じでも中身は違う。だから彼女がいう、「2人でひとつ」なんていうのは馬鹿げている。彼女たちは一つなんかじゃない。一人、一人別の人間だ。
だいたい、彼女が愛花を大切にしているとは、思えなかった。
ああ、よくいる。私はマンガやドラマでしか見たことないけど。恋人同士の束縛ってこういうのらしい。
本人は相手を大事にしている。守っている。私の、俺の、宝物。だから自分以外は見ないでほしい。君が汚れてしまわないように。私は、俺は、僕は今の君が好きなんだから。
親子関係でもあることらしい。私の可愛い子供。大事な子供。目に入れても痛くない。目の届く範囲にいてね。何をしてもいいけれど私の言うことは守ってね。
あんなこと遊んじゃだめ、あなたは優秀だから。ああ、可愛い私の子。大丈夫、私の言う通りにしていれば、私の目の届く範囲にいれば、あなたは安心できる将来を手に入れることが出来るの。
そして、それらの愛はだんだんと歪みを見せ、暴力に変化していく。
彼女のしていることはそれと一緒だと思った。暴力は加えていないだろうし、きっと無意識なのかもしれない。
けれど彼女が愛花を束縛している。それには変わりない。
そして、私が一番に思ったこと。感じたこと。それは思わず口から零れていた。
「気持ち、悪い……」
彼女は私の顔を見て黙り込む。そして言葉の意味を考えているのか少し間が空いてから首を傾げた。
どうしてそういわれたのかわからないかのように。いや、本当にわかっていないのかもしれない。
「何も、気持ち悪くない。あたしはあたしを大事にしたい。あたしの分身でもあるあの子を大切にしたい。それがどうして気持ち悪いのよ」
「き、気持ち悪いわよ! だっておかしいじゃない。愛花は愛花よ?!」
「ええ、愛花は愛花。けれどあの子だって同時に愛香でもあるんだから」
ああ、もう手遅れなんだろうな。そうとしか思えない。彼女を救う術はきっとない。
彼女の視線が気持ち悪いと思った。
彼女の言葉が気持ち悪いと思った。
彼女の考えが気持ち悪いと思った。
彼女の存在が気持ち悪いとさえ、思えてきた・・・
「帰るの? なら、明日からはマナとは関わらないってことでいい? お願いね」
「誰が愛花と友達やめるなんていったのよ。だいたい、友達にやめるもなにもないっつーの」
「ふーん。でも、気持ち悪いのよね。あの子は私でもあるし、私はあの子でもある。だから私が気持ち悪いのなら、あの子だって──」
「ねえ。知ってる?」
それ以上彼女の話を聞きたくなくて、一度は背を向け帰ろうとしたというのに少しだけ振り返り声をかける。
彼女はまだ何か言おうとしていたのか口を開けたまま止まっていた。
私はそのまま小さく溜息をついてから問いかける。妙に静まり返った旧校舎の廊下は小さな声さえも響かせた。
「あなたと、愛花は鏡のような存在なんだっけ?」
「そうよ。あたしと愛花は同じ。鏡のように。」
「そう。そしたら間違ってるわよ?」
はあ? と首を傾げ呆れたように首を振るのが見えた。だからこっちも呆れたように息を吐き、そして教えてあげる。
「いや、間違っているのは結論だけ、かな。確かにあなたと愛花はそっくりだわ。鏡に映るとね、逆になってるのくらい知ってるよね? 見た目は本当に鏡に映したように同じ。だけど、中身は全くの逆だわ。これって、同じじゃないね? 違うよね。」
ポカンと口をあけたままその場に凍りつく彼女にそれ以上何も言わず歩き出す。
私だって何言ってるんだろうって思う。けど、なんかすごく悔しかった。こんなやつが自分の友人と同じだなんて言われたのが悔しくて、腹が立った。
けれど、私の言った一言があの事件の引き金になるとは思いもしなかった。
翌朝、朝食を取っている時に電話が鳴った。忙しそうにしながらも母が出たようだ。
しばらくして眉間にシワを寄せながら目玉焼きの黄身を割らないように食べようとしている私のところに来て学校が突然休校になったことを告げた。
「休校?」
「そう、臨時休校なんですって」
「風邪が流行ってるわけでもないのに?」
もちろん、台風だってきていない。母は原因を聞こうとしたがこちらの都合で~と、曖昧な返事を返され電話が終わったらしい。
「こちらの都合って。学校休みにする都合ってどんなのよ」
「そうよねぇ。でも、詳細はのちほど郵便で送るとか言ってたわよ。何かあったのかしら? あら……お父さん、お弁当~!」
母はそういうと玄関で靴を履く父を追いかけていった。私はというと、特にそれ以上気にもせずこれで夏休みが減るのかなぁ。なんて考えながらご飯を流し込んだ。
昼過ぎ、去年同じクラスだった子に誘われ買い物に出かけた。
休憩がてらドーナツ店に入る。自分たちの好きなドーナツをトレイに乗せ席を探す。
いつもなら席取りに苦労するのだが、やはり平日の昼ということもあってか店内は結構空いていた。
お気に入りの窓際の席を陣取り、それぞれの近況なんかを話す。すると、話題は自然と今日の臨時休校について流れていく。
「でも本当に突然だったよね。何があったかも言わないんでしょ? 先生たち」
「うんうん。一瞬校長先生辺りが亡くなったのかな? って思ったけどそれなら言うよね」
「あれじゃない? 実は校長に今死なれるわけにはいかないんだよ。遺産……は変か。役職とかそういう関係で!」
「あんた、ゲームのしすぎ」
そう言って笑いあっていると、隣のクラスになった香奈枝が声を潜め、ニヤリと笑いながら言った。
「あたし、知ってるよ。休みの理由」
全員がその言葉に食いつく。香奈枝にはお姉さんがいて、うちの三年生だ。
女子テニス部のキャプテンで、厳しいけれど根は優しく部員にも人気がある。
今朝もいつものように朝練があり、彼女は6時半には校内に入ったという。
この日は朝寝坊してしまい、いつもより遅く着いたらしく走って更衣室に向かったらしい。
テニス部更衣室の前にくると鍵が開いていないのか、部員たちが更衣室前に集まっていた。
部員たちは彼女の姿を確認すると駆け寄り、一斉に話しだす。
「ちょ、ちょっと! 私は聖徳太子じゃないって。何?こんなところで何してるの? って遅れた私が言えることじゃない、か」
そう言って笑って見せたが、部員たちは顔を見合わせ副部長である二年が前に出た。
「あ、あの……部長」
「鍵がないの?昨日職員室に返したはずなんだけど」
よく見ると更衣室の鍵は開いていた。じゃあ一体何なんだろう?そう思い扉を開く。
「な、に……これ!?」
きっとそれが当然の反応なのだろう。絶句するしかない。
だってそこは、普段自分たちが使っていた更衣室とは全く別のものに姿を変えていたのだから。
ロッカーの扉は無理矢理開かれ、床には無数の破片が落ちていた。窓なんかの硝子は一切割れていない。それは全て鏡の破片だ。
ロッカーについているもの、姿見ができる鏡全てが粉々に割られていた。
「ぶ、部長……私たちが見つけました」
名乗り出たのは1年生の2人だった。いつもは部長である香奈枝の姉が一番に来て鍵を開ける。
けれど今日は遅れてしまったため、当然鍵を開けるのは別の人になる。そのため、この2人が鍵を開けたのかと思うとそれは違うらしい。
2人が言うには、着いたときにはすでに鍵が開いていた。部長が来ているものだと思い挨拶をしながら扉を開けるとこのような無惨な光景が広がっていた。
周囲を見渡しても部長の姿はない。もしかすると職員室に報告に行っているのだろうか?
そう思い2人は急いで職員室へと向かうがそこには同じように朝練に来ていたほかの部の生徒たちが集まっていたという。
皆が皆、同じことを言っていたらしい。“更衣室がすごいことになっています”と。
中にはトイレも同じだと報告するものもいたそうだ。そしてもう一つ共通しているのが、更衣室の鍵は既に開いていたということ。
2人も確かめたそうだが職員室にかけられている鍵の中にちゃんと女子テニス更衣室の鍵も存在していたそうだ。
「昨日の放課後、鍵を閉めたのは確かだよ。私も部長が閉めたの確認してるし」
みんなが首を傾げ、そしてそっと扉を閉めた。
しばらくして、学校は臨時休校にすると連絡。なんでも生徒会室にあるマスターキーが盗まれているとの事だった。
守衛室は校門の前にあり、24時間体勢で人がいる。けれど怪しい人物など見かけていないとのことだった。
教師らはこのような事件を公にするつもりがないのか、香奈枝の姉たちに口止めをし、さらにはすぐに保護者にさえも伝えようとしなかった。
きっといろいろ抜かれたり、足されたりして親たちの元にこの事件の詳細は届くはずだろう。
「ま。お姉ちゃんには内緒って言われたんだけど……ね?」
「地震とかじゃないの? って昨日そんなのなかったよね」
「そそ。部室とかのだけじゃなくって学校中の鏡が割れたって聞いたよ」
「うっわ。何それ、気持ち悪~」
香奈枝らの話に耳を傾けながら、私は背中に変な汗をかくのを感じた。
これが人の仕業……なら犯人はアイツしかいないんじゃないの? だって、昨日のことだしそれにあそこは生徒会室の前じゃないか。
けど、何時に割ったとしても音とかしなかったんだろうか?とにかく犯人はアイツに違いない。
しかし、3日後ようやく休校が解け学校に行ったがアイツに変わった様子はなくいつも通りにしか見えなかった。
一度だけ目が合ったがそれだけだった。証拠もないのに問い詰めるわけにも行かない。
けど、私は確信していた。だって、愛花が言っていたのだ。
「鏡といえば、同じ日にうちの鏡も突然割れちゃったんだよ。数枚だけど。なんか、気持ち悪いよね」
と。しかし今回は被害もなかったわけだしそこまで騒ぎ立てることじゃないか。
そう思い私はアイツを問い詰めたり、その先を調べたりすることはなかった。
けれど、今回は違う。今回は人が一人いなくならなくてはいけなくなったのだ。そんなの、見逃せないし、許せなかった。
だからって証拠があるわけじゃない。でもわかる。コイツの愛花への過保護っぷりは異常だ。
大学の件もそうだし、他にもいろいろある。あのときのように……折原さんに何か吹き込んだんじゃないだろうか。
「証拠は?」
ほら、やっぱり聞かれた。私が黙っていると愛香はクスクスと笑い出し、
「ないわよねぇ。あるはずないもの。あなたは私が折原を転校にまで追い詰めたと考えている様子だけれど、あたしとあいつには全く接点がないのよ? どうしれば妙なことを吹き込んだりできるのかしら? 言葉巧みにあいつの心を操ったとでも? そんな事ができるのなら、今すぐあなたの心も操ってしまいたいものだわ」
「……っ」
「ねえ、相沢さん。もう終わり? もっと聞かせてよ。あなたの愛香犯人説を」
そのどこか余裕ある態度に言葉を返すことなんて出来なかった。
証拠なんてない。けど絶対何らかの形でこいつが絡んでいるに違いないのに……!
そのときだった。カラカラと音をさせ、教室の扉が開く。扉の向こうに立っていたのは愛花だった。
「マナ?!」
愛香はすぐに愛花の横に駆けつけ手を握った。愛花は驚いたように目を丸くする。
「アイちゃん……? 待っててくれたの?」
「ええ。あなたが突然学校を飛び出したって聞いて、驚いたのよ。どこに行っていたの?」
「ごめんね……真美も、ごめん」
愛花はぺこりと頭を下げる。私は別に謝られるほどのことはしていない。心配したのは確かだけれど。
「二人とも、電話に出ないから呆れて帰ったのかと思った」
「そうなの!? ごめんなさい、気づかなかったわ」
携帯を確認すると、愛花から二件着信が入っていた。サイレンとマナーモードにしていた所為もあって私の方も気づかなかった。
「マナ、どこにいっていたの?」
「アイちゃん、あのね……わたし、恵美ちゃんの家に行ってきたの。おばさん、家に入れてくれてね、恵美ちゃんのお話いっぱいした」
愛花は小さく笑ってみせる。けれど、次第に表情が暗くなっていき、俯いてしまった。
「ど、ぅして……」
愛花が震える声を絞り出す。声が震え、掠れていた。
「わた、し……恵美ちゃんと、話したのに。ごめんね、って、仲直りもしたんだよ? またね、って……なのに、なのにどうして……っ」
愛花は泣きじゃくり、愛香がそれを抱きしめる。時々優しく頭をなでながら、それは姉妹の愛というよりもまるで恋人同士のように見えた。
「わたしが……、わたしが恵美ちゃんと仲良くなったのが悪いんだ。ならなかったら、こんな風にお別れすることなんてなかったのに……わたし、ひとりぼっちだよ……」
「何を言っているの?」
はあ、とオーバーな溜息を吐くと、握った愛花の手を優しく撫で始めた。
「こうして、あたしはマナの傍にいるわ。あいつが空けたマナの心の傷を、埋めてあげるのよ……」
愛香はニヤリと笑みを浮かべる。私は身体中に寒気が走った。
やっぱりこいつは狂っている。頭がおかしいのだ。
かなり久々の更新になりました・・。
引継ぎやらなんやらでなかなか更新できないorz