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愛の花、その香り―  作者: 深崎 香菜
第一部 高校生
12/34

10 ~懺悔~

 ゾクリ……と身体中に鳥肌が立ち、その場が凍りつく。

 後ろに立つ彼女はどんな顔で、どんな思いで、わたしにそう問いかけているのだろう。

 振り返りたいのに振り返ることができない。振り返った瞬間、何か恐ろしいものでも見てしまいそうで……

 彼女に気を遣って電気をつけなかったことを今になって後悔する。そしたらきっと、ここまで恐怖を感じずにすんだかもしれない。

 いや、そんなのは自分を少しでも落ち着かせようとしているわたしの勝手な都合。

 きっと電気をつけて、明るい部屋の中だったとしてもわたしは今、彼女を見ることができない。

 彼女の声も、耳に吹きかかる息さえも、怖い。

「クス……マナ? どうしたのかしら。言葉にできないほど、よかったの? ……それとも、あの後あなたたち、しちゃったのかしら?」

「ち、ちがっ……!」

「本当に? じゃあどうして否定さえしないの? ねえ。マナ?」

「そ、その……わた、わたしたちは……」

「友達だからって?」

「そう、だよ……だって、わたしは──」


 グイっと、女の子だとは思えない力で肩を掴まれ引っ張られる。あまりにも突然だったために身体がよろめき、転んでしまう。

 しりもちをつき、ラックに背中をぶつけ、その痛みを堪えながらなんとか身体を起こそうとする。

 すっと影がかかりソレを見上げて後悔する。これが本当にわたしの片割れなのだろうか?そう考えるほどに、彼女の笑みは不気味だった。

 三日月のようにつり上がった口元、そして微笑んでいるのに目だけ笑っていない。

 再びわたしの中に恐怖が流れ込み声を上げることすらできなくなってしまう。きっと、ここで叫びでもすれば階下(した)にいる母が飛んでくるに違いない。

 もしかしたらこの間に父だって帰宅しているかもしれない。けれど、その声すら出すことができないなんて……!

「わたしは、なぁに?ねえ?」

「――――っ」

「どうしたのよ、マナ?」

 しゃがみこみ、やさしくわたしの頬をなぞる。冷たくて、無機質に感じるその手の平は、わたしが大好きなものとは違った。

「震えているの? 寒い? 暖房いれる?」

 指先がすーっと、唇に触れる。

「ねえ、マナ。何かしゃべってよ?」

 言葉とは矛盾し、その指をわたしの口の中に押し入れる。それを拒否しようと出した手は押さえつけられ、口の中の指は優しく、けれどどこか乱暴に動いた。

「じゃあ、こうしましょうか? あなたが話すまで、わたしは待つから。」

 そう言って口から指を抜き、わたしの手を引いて強引に立たせた。足がかくかくと震え、その場に立つことすら難しい。

 どうしてわたしは双子の姉をここまで恐れなくてはならないのか。何度だってこういうこと、あった。けれどこんな恐怖を感じたことはない。


 だいたい、これからもこんなことがあるのならわたしは耐えられないと思う。

 けれど今回の怒りの原因は折原さんと告白、そして額とはいえ、キスを許してしまったところを見られたからだろう。

 きっとわたし恵美ちゃんに一方的にされたのだと主張したところで、今度は被害が彼女に行くだけだ。ううん、ひょっとしたらこのままで変わらないかもしれない。

 でも、だからってこんなの酷すぎる。こんな、威圧的なものただの尋問だ。

 そんな風に思っていても、わたしは愛香ちゃんにそう主張する事はできない。

「ひゃっ?!」

 思い切り、背中を押されベッドに崩れこみそこで思考を停止される。すぐに立ち上がろうとするものの、頭をぶつける。

 二段ベッドの天井は低く作られており、追い込まれてしまえば逃げる隙が、見当たらない。

「余計なことは考えなくていいの。あなたはただ、どうしてあの女とキスをしたのか、を話せばいいの」

「そ、それは……」

「ここは日本よ? キスなんて挨拶でした。なんて通じないわ。」

「そんなこと言わな……ん゛ん゛……っ!!!」

 口を押さえられ、言葉をさえぎられる。話せと言ったのは愛香ちゃんなのに。

 そう思ったわたしに答えるかのようにしてクスリと笑い、愛香ちゃんが耳元で囁く。

「だから、余計なことは聞きたくない、の」

「~~~~っ」

 唇で耳を挟まれ、舌が這う。こんなにも恐怖を感じているのにも関わらず、わたしの身体はそれに反応しビクンとはねる。

 それが楽しいのか、愛香ちゃんはクスクスと笑いながらわたしのパーカーのチャックに手をかける。

 簡単に露になった下着を怖いくらいに優しく、優しく撫でてそっとホックを外した。

「あ、アイちゃん、話を、聞いてほしいの」

「余計なこと、話すのはいらないって言ったのに……」

 彼女は残念そうにそう呟くと何も言わずにわたし頬をぶった。

 突然の衝撃に頭がついていかず、ただ目を丸くして愛香ちゃんの顔を見ることしかできない。

「ちゃんと、話してよ。言い訳や余計な前触れなんていらないわ」

 そう言いながら、熱を帯びた頬を優しく指でなぞる。

「マナ。これは私たちに限ったことじゃないじゃない。どこのカップルだってそうだわ。浮気はだめ、そうでしょう?」

 わたしはコクコクと頷く。これ以上逆らって愛香ちゃんの機嫌を損ねたくない。

 そう思うほど、目の前にいる双子の姉が恐ろしく感じていた。

「大丈夫。マナがちゃぁんと反省したら、あたしだって許してあげる。だからちゃんと懺悔しなさい?」

「――――っっ!」

 ぎゅうっと、頬を抓られる。じわりと涙が込み上げてきて、それが頬を伝った。 

「マナ、寒い?」

 首を縦に振る。寒くて震えているんじゃない。そんな事はわかっているのに、わたしは首を縦に振っていた。

「そうだと思った。なら二人で暖めあいましょう? ね? クス……」

 そう言って愛香ちゃんは自分が着ている物を脱ぎ、肌と肌を触れ合わせる。

 お互いの肌が触れ合った場所はとても暖かく思えた。


 どれだけ抵抗しても、愛香ちゃんはわたしを許してはくれなかった。

 わたしが何度も何度も達するところを見てクスクスと笑っていた。

 わたしに、話せる隙なんて、一切ないくらいに……



「ひく……っく……」

 ようやく解放され思わず泣いてしまった。

 愛香ちゃんは悪びれる様子はなくニッコリと笑い、わたしの頭を撫でる。

「ぃ……ぃや……っ」

 またぶたれてしまうのではないかと、体を強張らせたわたしに「大丈夫よ」と優しい声を出す。

「クスクス……大丈夫、ちゃぁんとマナが私にお話してくれたらもう何もしないから。じゃあ、マナ、聞くけど、あなたはあの女の告白にどう答えたの?」

「わ、わたし……わたしには、アイちゃんがいるから、だから、恋人がいるってそれを、話してたから、めg……折原、さんはソレを知ってて、でも、大学が別になる前に、言っておきたかったって……それで、返事とかはいらないって……これからも友達でって、そう、話し、たの」

「そう。じゃあ、どうしてそういうことになったのにキスをしたの? それともあの女、キスをした後に告白したのかしら?」

 ソレは違う。けれど、最後のワガママだと言ってされたことを、話すと恵美ちゃんはどうなるのだろうか。

 なかなか話さないことに苛立ったのか愛香ちゃんは腕を振り上げる。

「ちゃ、ちゃんと話すから! だ、だからそれはやめて……」

「じゃあ、早く話しなさい」

「もし、何か言って、折原さんに何か、したりしない……?」

「なにそれ、そんなつまんないことしないわ。けど、マナが話してくれないのならあたしからアイツに話を聞くまで」

 そういえばわたしがどうするか。それをわたし以外に一番知っているのはきっと、愛香ちゃんだろう。

 だから彼女は勝ち誇った笑みをこちらにむける。もう、いいじゃないか。ちゃんと確認だってとった。


 だから、楽になろう。


「最初で最後のワガママだからって、額に、キスされました……」


 わたしの返事に愛香ちゃんは満足したのか、上げた手をゆっくりとおろす。

 けれどわたしの心には重たいなにかが引っかかる。

 わたしは、これ以上彼女を怒らせたくがないために折原さんという友人を売った。

 あの瞬間ああなることも予想できたはずなのにわたしは何も考えずに目を瞑った。きっと、わたしだって悪いのに。

「マナ? 額でも頬でも、口でも。あなたが他人にキスされるのは嫌なの。許せないの。だから、気をつけて、ね?」

 愛香ちゃんはそう言うと、優しく額にキスをする。それはまるで、恵美ちゃんの行為を上書きするかのようだった。

「じゃ、早くおりてきなさいね。母さんのことだからそろそろご飯できるって呼びに来ちゃうから」

 愛香ちゃんはご機嫌にそう告げると暗い部屋にわたし一人置き去りにして階下へおりていった。



 ポロリと、涙が零れる。こんなことをされても彼女を想ってしまうわたしは病気なのだろうか?

 それとも、ほかの恋を知らないから彼女に依存してしまうのだろうか? もう、何がなんだかわからなくなりその場に蹲ることしかできないのだった……



*  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *




『柏原さんから伝言で放課後一緒に帰りたいから図書室で待っててだって』

 クラスメイトからそう告げられた時、不思議と胸騒ぎがした。別に他のクラスメイトを使わなくたって、メールや直接言ってこればいい。どうしたのだろうと、心配になる。

 昨日のことが原因だろうか? けれどそれが原因ならば話しておきたいことというのは何なんだろう?

 誰かに見られていて、レズビアンだとからかわれたりイジメ被害にあったというのだろうか?

 もしそうならばあたしが原因を作ったのだから愛花を助けてやりたい。そう思い、あたしは愛花の待つ図書室へ足を運んだ。


 図書室には愛花の姿は無かった。時間を潰すのに適当な本を手に取りページを捲る。

 いつの間にか図書室内にはあたしだけが取り残されていたようで、このままだと見回りの先生に下校時刻だと言って追い出されてしまうだろう。

 そうなる前に、連絡を取るべきだと、携帯を取り出したところで声をかけられた。

「お待たせ」

「愛花、遅かったなー?」

「折原さん、ごめんなさい」

「折原さん? なんだよー、昨日これからは恵美って呼んでくれるって言ったじゃないか」

「え……? あ、そうね。ごめんなさい。折原さんって呼ぶ事になれちゃって」

「あたしが昨日それを言った時、文句言ったくせに」

 からかってやると、愛花は少し不機嫌な顔をした。からかった事を謝ると、名前で呼ばなかった事を謝られてしまった。

「いいんだよ、こういうのって確かに慣れもあるかさ」

 そう言って笑いかけるけれど、愛花はどこか挙動不審で、周囲の様子を気にしているようだった。

「話って何なの?」

「えっと、ね」

 愛花は俯き、何か言おうと口を開いては閉ざしを繰り返す。いい加減痺れを切らし、もう一度どうしたのかと聞こうとしたとき、彼女はこう告げた。


「昨日のキス、ね。あたしの恋人に見られていた、の……」



 胃の中にざーっと氷が落ちていく。自分が彼女の幸せを壊してしまった。そう感じ、身体中が凍りついた……

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