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第3話  お気楽野郎は生きる力も強い

 中世はエリザベス・チューダー朝……の少し前のハーノヴァーという別の王家との婚約発表会。王家の貴族であるハーノヴァー家の一人娘の婚約ということで、城は沸き返っていた。

 あまりに珍しい品々のために、薄い金のヴェールがかかっているのではないかと思うくらい眩しい。


 その日にしか出ない金の食器や、期間限定で開放される薔薇の園に揃えられた秋の薔薇はラブラミントとセディスの婚約のために用意されたものだ。

 ――しかし、ラブラミントは不機嫌だった。どんなに金の白鳥が美しかろうと、湖に整備された水上の船が素敵だろうと、両親が揃えたドレスが神々しかろうと、令嬢は不機嫌だった。


「セディスは見つからないの?」


 顔を出した王女の憂鬱に応えるように、執事が首を振った。


「婚約発表はもうすぐなのに」

「ラブラミント様、我々も「あのバカ領主」を必死で探しておりますので、どうぞお部屋にお戻りください」

 笑顔の執事は「ね?」と言ったが、「ばか領主」とはいかがなものか。背中を向けると、背後で「どこにいったんですかね、あのかたは」「こっちにはいませんでした」「ばかは高いところと相場が決まっているのだが……」「嫌がっていましたからね」


 ……聞くのではなかった。ラブラミントは唇を噛み締めて、景色を振り仰いだ。多分、この世界で私だけが不幸なのだろう。

 皆は領主の婚約に景気が良くなると喜んでいる。


 カモミール領と言えば、王室の直轄地で、社交時期にはそれは賑わって貴族たちが集まるサロンの代表格だ。そして、ラブラミントはハーノヴァーの一人娘。かつての王室の正当な血を持っている。


(何が不満なのよ)


 そのうち還って来るだろうと思っていたが、セディスは現れない。もしかして、何か誘拐などに合っていないだろうか?と思ったところで、窓から風が吹いた。


「あら? あんなところに塔があったのね」


 窓に駆け寄ると、ラブラミントは目を細めて景色を観る。もう夕暮れだが、その塔はちょうど城の裏手にあった。カモミール領には、アブない領主もいたという。封印されている場所も多いと聞いている。

 その50代当主のセディスは根っからのお気楽馬鹿だから、アブない部分はないが、いささか心配ではある。


「ラブラミント様」

「ちょっとだけ見て来るわ!」


 ティーセットを持った執事にぶつかり、「ごめんなさい!」と謝ってドレスの裾を抓んで、ラブラミントはひたすら城を走り、サロンを抜けた。


 集まっているお客が目を瞠るも構わずに庭を抜けると、塔までやって来た。それは、もう動いていない古い時計塔で門は閉まっていた。

 かなり老朽化が激しそうだ。蔦が巻き付いていて、お化けが出そう。そういえば、こちら側には来たことがなかったと思い返す。動かない時計塔は城の賑やかさとは光と闇ほどに違っていた。

 後ろにはたくさんの十字架があったりして。


「こ、怖いわ……こっちじゃないわね」


 なにやら話声が聞こえる。


「お化け……じゃなさそう。笑い声?」


 覗かなければよかった。

 しかし、ラブラミントはただ、セディスに逢いたかった。旦那にと決めた想いは嘘ではなかった。二つ上のセディスが眩しかった時期もある。馬車から降りて来たセディスは運命の相手だと思った。


「ラブラミント?!」


 焦ったセディスの声と掴んでいるものに、全ての想いがぶっ飛んだ。セディスは時計塔の下で、ラブラミントではない貴婦人の手を取っていたのだ。

 待っている間も、ずっとこの調子だったのだろう。


「なんで、こんな男……好きなんだろ……」


 顔を上げられない。

 セディスは確かに浮気性だ。それは知っていた。貴族の嗜みだと思って我慢していた。今日は時間を取ると言ったセディスを信じていたから。


「あんた、今日が何の日か……そのモーニングはわたしとの婚約のためにあったのではないの?」


「いや、違うんだ、ラブラミント」


 セディスはいつも慌てて弁解をする。分かっている。(わたしが、ハーノヴァーの娘だから)それだけだ。領主なのだから、束縛はしない。こんなのに恋をしている自分が悪い。


「……っ……ばか……」


 セディスは慌てた隙に、相手の胸の何かに引っかかったらしい。ビン!と動きが止まって、ブツっと何かの嫌な音がした。


「わらわの、ネックレス……!」


「わ。わわ、ごめん! えっと、いくらだ」


「すいません、わたしの夫が粗相ばかり」言いかけたラブラミントだが、その言葉も吹っ飛んだ。セディスはどこに手を置いているのか!確かに相手は巨乳だ。ラブラミントの中でも、嫌な音がした。


「どこに手を置いて謝っているのよ! どうせ私は普通のサイズよ! 物足りないんでしょうねえっ!」

「僕は胸だけではなくてね! お、なんか指に……」


 ボケた声の裏には青紫のオーラが見える。「わらわのネックレスと、魔法陣……が……」しかし向き合っているラブラミントとセディスには背後で青ざめている魔女など見える余地もなく。


「いや、愛しているんだって!」

「ウソばっかり!なら、それを今日全員の前で言えるの? あんたね、あたしがお腹が膨れていても、よその女の胸触ってるんでしょ!」

「お腹? いや、ラブラミントは抱く気はないけど」


 抱く気はないけど。


 嫌な音に蒸気が被る。


「だったら……」


「おまえたち……わらわの魔法陣とネックレス……」


 ラブラミントの絶叫と、魔女の絶叫が重なった。


「なんで婚約なんて言い出したのよ!!!!!」

「返せえええええええええええ!!!!!!!!!!」


 動かないはずの時計塔がわずかに動いたような? 時空の狭間の亀裂が城に走る。大きな亀裂だ。それも、この世界を引き裂くような。


「ラブラミント様! セディス様!」


(許さない。わらわの大切な魔法陣をネックレスを……これでは世界に還れない)


 時計が速度を上げて逆回りに回り始めるのをラブラミントは確かに見た。

 世界は大きく流転する。

 右回りの粒子の渦に飲み込まれるように、時計塔がまず崩れた。しかし、そこから透明の何かが城を包み込むように迫って来たのを憶えている。

 二人を見つけたらしく駆け寄る執事の姿、メイドたち、庭師にそばにいたじいや、そしてセディスとラブラミントは光の渦に飲み込まれた――


「ラブラミント! 離れるな!」


手を伸ばそうとしているセディスの胸に飛び込んだ時、体が何かに包まれて――。


***********


「魔女との火遊びの挙句にその魔法陣があんたにくっついたんだわ。いい気味」

「…………」


 さすがに反省したのか、セディスは呆けて聞いていたが、はっと正気を取り戻した。真面目な顔をすると美形だから女のほうが寄って来る。

 分かっているんだ。セディスは優しさで女性を相手にするって。


 しかし、そのセディスが女性になった。魔女の魔法陣のせいで。


(可愛いじゃない)とかはさておき。


「では、これは夢ではないのか! ここはどこなんだ!」 と叫ぶ姿は神の杖の天罰を食らったと思えば悪くはなかったが、ラブラミントは自身を見下ろす。


 なぜ、私は幼女になったのだろう。

 世界には変わった月が昇っていた。月は水色になって海辺を照らしていたのだから。幻想的な雰囲気の中で、セディスとラブラミントは立ち尽くしていたが、セディスは告げた。


「とりあえず、どうやって生きていくかを考えないと」


 お気楽野郎は生きる力も強い。しかし、今はそのポジティブさに頼るしかなさそうだった。

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