解任狂想曲 #1
プロサッカー界の監督達が必ず一回は経験するであろう「解任」
そんな解任劇をポップな話としてお届けしようというお話です。
サッカー好きの方ならどこかで見覚えのあるかもしれない失敗談となってます。
悲喜こもごもの解任劇をお楽しみください。
この話はフィクションです、実際の団体とは関係がありません。
全てのサッカーに携わる人に尊敬を込めて。
――FCノースロンドンパープル、トーマス監督を解任か?――
このような見出しの新聞が世間を賑わせているようだ。
「はぁ、一体何故こうなってしまったのか」
男は新聞記事を眺め、こう呟く。
この男はトーマス・シュミット、四十七歳、ドイツ国籍の監督である。
イングランドの名門、FCノースロンドンパープルの監督に昨シーズン途中からの就任となっていた。
昨シーズンのFCノースロンドンパープルは、苦難のシーズンを送っていた。シーズンの前半が終わった頃、チームのリーグ戦の順位は二十チームの中で十四位であった。
名門チームとして、この結果は許されざるものである。監督を解任し、チームが新監督に白羽の矢を立てたのがこのトーマス・シュミットであった。
トーマス・シュミット、彼は主にドイツの中堅チームでプレーをしている選手であった。センターバックとして三十七歳まで現役を続けた。
彼はドイツ代表の試合に三試合出場したが、お世辞にもスター選手というわけでは無かった。
そんな彼は、現役を引退して四年後に、かつてプレーしていた中堅チームの監督に就任。その三年後にチームを国内のカップ戦で優勝に導くことになる。
それからは監督業を一年間休んでいた。
ちょうどどこの監督もしていなかったことに加えてその実績を認められ、イングランドの名門チームの監督として招聘されることになり、後半戦の巻き返しの原動力として期待された。
トーマスは見事にその期待に応えて見せた。彼の分析によると、FCノースロンドンパープルの低迷の最大の要因は守備の弱さにあると見ていた。
解決策はもちろん見いだしていた。
実はこのチーム、センターバックの主力二人怪我で試合に使えなかったのだ。そしてトーマスが就任してすぐ、二人は復帰を果たした。
頼れる二人のディフェンダーが帰ってきたことでチームの守備力は上昇、失点が減れば勝つ確率は上がる。
トーマスの仕事は、センターバック二人が怪我無く残りの試合をこなせるように気を配ること。それがチームにとって一番重要なものとなっていた。
元々このチームは名門ということで優れた選手が揃っていたため、攻撃力はリーグでも高い方であった。
トーマス自身、攻撃についての作戦を細かく立てる必要は無く、守備の作戦さえしっかりと立てることが出来れば、チームが巻き返すのは必然のことであった。
終わってみれば、チームは六位まで順位を上げて前半戦からの挽回に成功したのだ。
トーマスは、次のシーズンに優勝争いに絡むという自信に満ちていた。
この守備力を一年間続けて発揮することが出来れば、確実のこのチームは強い。そう確信していたのだ。あの時までは。
「トーマス、まずは今回の結果は素晴らしかったよ」
トーマスに話しかけている男の名はジェームス、スポーツディレクターと言う役職に就いている者である。
スポーツディレクターとは、選手の獲得と放出、あとは監督を誰にするか、などの人事についてを決定する役割を担っている。
簡単に言うと、監督の上司に当たる人だ。
「ありがとう、ジェームス。来シーズンもこの戦力があれば優勝争いに食い込むことも出来ると思うよ」
トーマスはこう返す。
ジェームスは少し浮かない顔をしていた。
「どうしたんだい? ジェームス。何か不安なことでも?」
ジェームスは申し訳なさそうに告げる。
「トーマス、申し訳ないが、あのセンターバック二人を他のチームに売却することになった」
「えぇ? 何故だい? あの二人がいたからこそ、今回の結果に繋がったというのに」
「トーマス、申し訳ないが、このチームは今財政面で苦しんでいる。あの二人を売却すれば、多額のお金がチームに入ってくる。これしか無いんだ、もちろん、後釜の選手は取ってくるからさ」
プロサッカー界には移籍金というシステムがある。
シンプルに言うと、まだ契約が残っている選手が他のチームに移籍する際に、選手を取るチームが取られるチームにお金を払う必要があるのだ。
どのくらいのお金を払うのかは、お互いのチームが話し合って決めるのである。
このチームには問題があった。それは名門のチームという割にはお金が無いということだった。
選手達が良い成績を残せば残すほど、給料が上がっていく。
よって、お金のないチームはその選手達を全員雇い続けることが難しくなる。
選手にとって、給料の高さは評価の高さと繋がっている、より給料が高いチームに行きたがるのは当たり前のことである。
だから、一番評価してくれるチームを選びたがる気持ちはもちろん理解すべきことである。
今回、二人は他の国の強豪チームからの誘いを受けていた。このチームよりも強く、給料の規模も違う。
よって二人が出て行くのは当たり前のことであったし、今回ジェームスは、二人を他のチームに移籍させることで移籍金として多額のお金を貰おうとしていたのだ。
「ジェームスがそう言うなら従うしか無いな。後釜に良い選手を取ってきてくれるのを祈っているよ」
「すまない、善処するよ」
ジェームスはこの一件で、ある判断ミスをしてしまった。
今、このチームは主力のディフェンダー二人を放出した。よって、後釜となるディフェンダー、しかもあの二人と同等の力を持つ選手が望ましい。
もちろん、ジェームスもそのつもりである。
しかし、そのジェームスの思惑はもちろん他のチームにもバレている。
そうなればどうなるか。他のチームは当然こちらの足下を見てくる。
「今、お宅のチームは優秀なディフェンダーが欲しいのですよね? ならばこれくらいのお金は払ってくれますよね?」
という感じで、こちらの想定よりも高い移籍金を要求してくる。
財政面で問題を抱えているこのチームに、そこまでのお金を払う意思は無かった。
それで結果、何が起こったのか。
「ジェームス、聞いてた話と違うよ。後釜どころか、全然主力として計算しにくい選手二人を取ってきてしまっているじゃないか」
お世辞にも優秀とは言いにくい(もちろん、トップレベルの中ではという意味である)選手がチームに加わり、その選手達を取ってきてしまったからには使わざるを得ないことになったのだ。
「すまない、これしか選択肢が無かったんだ」
なんてジェームスは謝罪するが、現状は変わらない。
トーマスは次のシーズンを心許ない戦力で迎えることとなってしまった。
それからどうなったか、想像するには容易かった。
リーグが開幕してから四連敗。
チームの雰囲気も最悪であった。
そして、冒頭のシーンに繋がる。
いくら望んだ戦力を用意して貰えなかったとしても、さすがに四連敗は許されない。
すぐにトーマスの解任論が新聞記事のネタになった。
しかし、SNSにはこのような意見もある。
「センターバックの主力を二人抜かれた状態で勝てというのはあまりに厳しいのでは?」
「スポーツディレクターのジェームスに責任があるのでは無いか?」
「トーマスにはもう少し時間を与えるべきだ」
など、トーマスを擁護する意見もある。
一方で、「トーマスには攻撃の戦術が無い」なんて声も上がっていた。
トーマスは守備の作戦を立てるのが得意な監督であり、攻撃面は選手の力に依存することが多々あった。
世界中を見渡しても、攻撃と守備、どちらも完璧に作戦を立てられる監督はほんの一握りしか居ない。
どちらも苦手な人なら、よく見かけるのだが。
現状、いくらトーマスが守備の作戦を立てたとしても、その作戦を遂行できるディフェンダーは居なくなってしまった。
加えて、攻撃の作戦はあまり立てられない。
八方塞がりであった。
トーマスの解任は時間の問題である、これが世論であった。
もちろん、トーマスは諦めておらず必死に解決策を探していたが、監督は魔法使いでは無い。
1週間後、FCノースロンドンパープルはシーズン開幕から五連敗という結果をもって、トーマス・シュミット監督の解任を発表した。
トーマスには、色々なものが足り無かったのだろう。
実力も、運も。
しかし、まだまだ彼の監督としてのキャリアは続いていくはずだ。
彼のこれからの幸運を祈るばかりだ。